14 V-強襲、或いは噛みつきに来た忠犬
黄昏時の『フリアステム』を歩く、四人の姿。
その中にあって、夕日を受けて伸びるノーラの影は、どこか申し訳なさそうに揺蕩っていた。
「本当に良かったのですか?先ほどの方々……」
「ん、後でちゃんとお詫びしとくから、ノーラは気にしないで」
努めて何でもないように言いながらも、フレアは内心、あそこまで拒否することは無かったかと、若干後悔の念を滲ませていた。
(いやいやでも、センパイも市子もちょっと癖が強いというか、若干メンドクサイとこもあるしねぇ……)
特に、自分を解放しちゃいがちなこっちのセカイではそれがより顕著なものだから、ビギナーであるノーラといきなり邂逅させるのを躊躇っていたのだが。
(知り合いの知り合いって、微妙な距離よね……)
心の内でそんなことを気にするあたり、良く言えば気遣い上手、悪く言えばヘタレなフレアであった。
「ハーちゃん見てー、今日は屋台出てるよー」
「食べたいの?」
「食べさせて欲しい、かなー……」
「知ってた。ちょっと買ってくる」
「二人分お願いねー」
なおこっちの二人は、かくの如く全く以て平常運転。先の出来事など、すでに思考の片隅にすら留まってはいなかった。
「すみません、わたくしのために……」
「イヤイヤ、こっちこそゴメンね、変なとこ見せちゃって」
言葉通りの申し訳なさと同時に、何故か嬉しい気持ちも湧いてきたノーラであったが、そっちはどこか気恥ずかしくて、どうしてか言葉にするのが憚られる。
「流石にいきなり知らない人と一緒に遊ぶのも緊張しちゃうだろうし。ノーラがもう少し慣れてきたら、あの子も誘って一緒にやりましょ?」
「はいっ」
自分に向けられたフレアの配慮と、先にある新たな交流。どちらにも心を温かくしながら、さて今日は何から教わろうかと、ノーラは改めて隣を歩く友人の方へ視線をやり。
「……あら?」
その向こう側から、結構な速度で走ってくる人影を視認する。
「――ぅぅぅうおおおおおおおりゃあぁぁぁぁ!!!!」
――裂帛の咆哮。
あるいはそれすら置き去りにする勢いで(誇張表現)、その狩人は現れた。
「――ん?」
「がぶっ!!!」
「ぅおわっ!?」
人混みを駆け抜け、フレアのオレンジサイドポニーに大口を開けて齧り付く。
此度の強襲にも納得がいくしなやかなシルエットを、ブロンドの太い三つ編みが照らすその狩人は、憤懣やるかたないといった様子でフレアに文字通り食って掛かった。
「やっぱり新しいオンナじゃないっすかぁ!!!」
その姿はまさに、釣り竿にかかる大魚のごとし。
もしくは、投げられる前のフリスビーに食らいつく駄犬。
よくよく見れば、ガンスリンガーめいた格好のその少女には、テンガロンハットの下から覗く三角形の犬耳が。
「痛い痛いいたたたたたたっ!!」
「先輩のっ、女たらしっ、プレイガールっ、このっ、このっ!!」
他人の髪の毛を口いっぱいに頬張りながらも流暢に罵倒することが出来るのは、ここが仮想現実の世界だからこそであろう。
「ちょ、はなせっ、はな、はなっ」
「何?」
丁度買い物から帰ってきたハナは、はて呼ばれでもしたのかと短く返す。仮にも友人の危機に対して、あまりに投げやりな反応であった。
この時彼女は、本当に名を呼ばれたのかどうかすら碌に考えていなかった。言い換えるならば、どうでも良かったのである。
「呼んでない!!そしてこの子全然離れねぇ!!」
「ハーちゃん、ハーちゃん」
「何?」
一言一句違わないはずなのに、その声音に込められた愛情の差は、最早比べるのも馬鹿らしくなるほど。これが、いわゆる同音異義語というやつである。
「呼んでみただけー」
「私も好きー」
二人にとって名前を呼ぶということはすなわち愛情の発露であり、呼ばれたハナが私もと返すのは至極当たり前のことであろう。まあ、別に名前なぞ呼ばなくとも一挙手一投足が愛情表現に数えられるのだが。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
そのやり取りを目の当たりにしていたノーラは、突如として感謝しだした。ハナとミツに、或いはこの世界にあまねく生きる全ての命に。
「やっぱ助けてハナ!!ミツでもノーラでもいいから!!」
HPが減少しているのではないかというほどの――つまりそこそこの痛みに耐えながら、助けを求めたフレアの目に映ったのは、自分の窮地には目もくれず妙な言動をする友人たち。
「嘘でしょ!?友達だと思ってたのあたしだけなの!?」
あまりにも無情に過ぎるその光景に、そんな悲しい台詞を口にしてしまうのも、致し方ないことだろう。
「やぁやぁフレアちゃん、今日もモテモテだねっ。おねーさん妬けてきちゃうぞっ☆」
そしてまた追加で、面倒くさそうなのが来た。
先の三つ編み少女に続いてその場に現れたのは、一言で表すならバニーガール。
自称する通り大人の色香を漂わせる豊満な肢体を、百人中百人が一目見てそれと分かるであろうコッテコテなバニーガール衣装で着飾った女性。白い肌と、それ以上に真白いショートカット、同色の長い耳と丸い尻尾、そしてそれらの中にあり際立って輝く真紅の瞳。
ここまで来ると最早、妖怪兎女とすら呼べるだろう。
「ウサちゃんさん、ちゃんとこの子抑えててくださいよ!!」
敬称に敬称を重ねるという胡乱な敬い方でもってウサギのお姉さんを出迎えるフレアの言葉尻には、少しばかりの怒気が含まれていたのだが……件のウサちゃんさんとやらは、それに全く堪える様子もなく、軽やかな足取りで隣に立った。
「えー、だってリンカちゃんったら、まるで自分が弾丸になったみたいに飛び出して行っちゃうんだもの。おねーさんには追い付けないぞ☆」
真の剣豪が人刀合一を果たすのと同じく、真のガンスリンガーは自分自身を銃弾と成すことすら可能なのである。多分。
「あんたウサギでしょうが!!」
「ごめんね~。許してっ☆」
「うぜぇ!!!」
冷静に考えてウサギは弾丸には追い付けない。しかし残念ながら、自慢のサイドポニーを齧られて冷静でいられるほど、フレアは器の大きな人間ではなかった。
「ええい、いい加減離せ!リンカ、ステイ!!」
「ガウッ!!」
遂に業を煮やしたフレアによるオーダー。それを受けてガンスリンガーガールは、今までの猛攻がまるで嘘のように、ぴたりと口撃を止めた。
悲しいかなその少女――リンカは駄犬寄りに狂犬気味な忠犬気質なので、ガチ目にステイと言われるとステイしてしまうのである。未だ不満げな上目遣いで、フレアを見上げてはいたが。
ちなみに本人的には、目いっぱい睨んでいるつもりであった。
「痛かったぁ……いきなりなにすんのよっ」
「さっき言ったじゃないっすか。今度会ったら噛みつくって」
「ホントに噛みつくヤツがあるか!」
「リアルじゃ出来ないことが出来るのが、こっちのセカイじゃないんっすか!」
「あら、リンカちゃんってば良いこと言うじゃないっ☆」
「ウサちゃんさんはちょっと黙ってもらえますぅ!?」
「や☆だ☆」
喧々囂々、やいのやいの。
言い争ってはいるものの、あまり険悪なムードは感じられず、それが故にハナとミツは、放っておいてもいいだろうと自分たちの世界から出てくる様子がない。
「あ、あの、皆さん落ち着いてください。こんな往来で騒いでは、ほかの方々の迷惑になってしまうのでは……?」
となると、正気に戻ったノーラが仲裁に入ろうとするのは、彼女の性格からしたら当然のことであろう。
「……そうだね。ちょっと目立っちゃってるから、場所変えましょっか」
狂犬の咆哮に始まった一連の騒動。
百合乃婦妻という有名人、バニーガールという視覚的に派手な人物の存在も相まって、彼女たち一団は、周囲の注目を少なからず集めてしまっていた。
次回更新は12月11日(日)を予定しています。
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