139 P-大人の自由研究
(きょーどーけんきゅー……?)
(何言ってるんだろう、あの人……?)
いや、流石に言葉の意味くらいは分かっているのだが。
共同ということは対等な立場として協力し合うということであり、仮にその研究とやらを論述するなんてことにでもなれば、末尾には両者の名が同格のものとして載せられる。
リップサービスでも誇張でも何でもない、完全な協力関係。
それを、モンスターと結ぼうと、その白衣の女性プレイヤーは言っているのだ。
(もん……え、も、モンスター、だよね?)
(??、え、うん、……うん?、うん……??)
岩の上に座る少女らしいそれは、実はちゃんと中に人が入っているプレイヤーなのだろうか。
そう考えて改めて凝視しても、やはりその外観は、人型でありながら決してプレイヤーではない、モンスターとしての姿形をしている。
(……えっと……?モンスター……っていうか、人工知能の手を借りたいってことなのかなぁ……?)
(確かに、天人種はそのあたり高性能とは聞くけど……いや、でも、共同研究……?)
例えば、プレイヤーの配下となったテイムモンスターなんかは、強化や訓練などにより自立思考プログラムが成長していく。そうして野生種よりも高性能になったそれらを従えることは、人工知能の手を借りると表現して差し支えないだろう。
そもハロワ内に限らずとも、現実世界では各種職業から日常生活の種々においてまで、軽度の人工知能程度であれば、今日日そこら中に溢れているものであり。それこそ若者世代にも馴染み深い多機能デバイスだって、内蔵されたプログラムが使用者に合わせて機能を適宜最適化していく訳で。
いわゆるAIと呼ばれるものを諸々の補佐として用いるのは、誰もが半ば意図せずともやっている、ごくごく当たり前のこと。
だからこそ、ハナとミツにも、何となく分かってしまう。
「貴女は思う存分……いえ、きっとそれ以上に。本来であれば遥か先にあったはずの未来さえ、観測する事が出来る。私はそんな貴方を観察し研究する。そんな、所謂win-winな実験計画が、あるのですが」
この白衣の女、ぱっと見は賢そうだけど、なんか変なこと言ってるぞ、と。
人工知能に相互利益を説く人間が、果たしてこの世界に何人いるだろうか。
どう見ても、変人だ。変な人だ。
飛び切りの変人がこのセカイに一つの変革をもたらしたのは、今からまだ、一年もしない内のことだった。
ということは、つまり。
今目の前にいる、モンスターに声をかけ続ける変な人も、何かとんでもなく面白おかしいことをしでかしてしまうのではないか。
しでかして、くれるのではないか。
二人の、興味と興奮のベクトルが変わっていく。
天人種なんていう激レアモンスターを使って、この女の人は何をしでかそうっていうのか。
いつの間にか、ハナとミツの身体の向きは、モンスターから女性の方へと変わっていた。そんな二人の存在に(少なくとも女性の方は)未だ気が付かないまま、会話……というか、一方向からの発言は続いていく。
「――人工知能の自己学習に限界点、或いは停止点はあるのかというのが、私が少し前から考えていた疑問でして」
白衣の女性が語るのは、彼女が現実世界で取り扱っていた研究テーマ。正確には、取り扱おうとしていた、というべきだろうか。
「まあ、それを調べて何の実利があるのかですとか、要求予算額に対してどの程度の利益を得られるのか想定しづらいですとか、若造が調子に乗るなですとか、学会の方で袋叩きにされてしまいまして」
曰く、学習成果や学習後のスペックをこそ論ずるべきであり。
曰く、到達点を知るだけの研究では、予算を下ろすには少々弱く。
曰く、分かりやすい利がなければ、スポンサーは金を出し渋るだろう。
彼女よりも長く研究に携わっている者たちは皆、成果を円滑に利潤へ変えられる研究でなければ、予算は下りないことを良く知っていた。
「尤もな言い分ではあるのですが、やはりどうにも、利潤が絡むと自由な研究など出来ようはずもないと、痛感させられてしまったものです」
一つの研究機関が活動を続けるには、金が必要であり。金を工面するためには、研究成果から更なる金を生めることが、出資者の目に明確でなければならない。
研究者気質に過ぎる若い彼女では、その当たり前の理に順応出来なかったという、ただそれだけの話。
ここまでで終わっていれば、巷に良く聞く、芽吹かなかった天才の末路であったのかもしれない。
だが、彼女は出会ってしまった。
「そうして現実世界でやる気もなく呆けていた時、偶然にも、この[HELLO WORLD]というセカイを知りました」
自身の突飛な才を、狂乱と狂騒を呼ぶ災へと昇華させ得る箱庭と。
「そしてこのセカイで、『セカイ日時計』なるアイテムが生まれるまでの経緯を、小耳に挟んだのです」
[HELLO WORLD]は、広く、自由だ。
それこそ、サービス二年余りにして、もう一つのセカイとすら囁かれるほどに。
けれどもその広大さ、自由さは、当然ながら[HELLO WORLD]という箱の中でだけの話。
恐ろしく自由で、膨大で、果てがないこのセカイは、しかしあくまで[HELLO WORLD]というコードで括られた物でしかない。
広く自由だけれども、どこまでいってもそこは、一つの箱庭の中。
故にこそこのセカイは、仮想実験に適している。
(技量さえあれば)加える変数をある程度自由に設定出来つつも、根本的な実験環境が、ゲームシステムによって統制されている。
それでいてプレイヤーが、運営さえもが、セカイを巻き込んだ好き勝手を許してくれる。
先の『セカイ日時計』誕生及び、それを巡る簒奪戦の様相から、そんなセカイの気質がありありと浮き彫りになった。
「あのアイテムの存在は、一つの重大な運営方針を、我々に教えてくれました。不正なアクセスでさえなければ、ゲームシステムそのものへの干渉すら許されるという事を。それはつまり、規約に反してさえいなければ、相当な無茶をしても許されるという事です」
最初の『天災』が行った、セカイの根本原理へと管理者権限を介さずに干渉する実験であったり。
「『セカイ日時計』は文字通り、このセカイの時間に直接干渉する事が出来る。ゲーム内時間での一日を、現実世界での数百年分にすら変える事が出来る。つまり、このセカイでの数百年先までの環境情報を、一挙に閲覧する事が出来る」
その結果生まれたアイテムを元に、この白衣の女性が行おうとしている、本来であれば途方もない時間を要するはずの実験であったり。
「『セカイ日時計』を用いる事で自然環境を高速で循環させ、それを観測する人工知能が、どのような学習を遂げるのか。その最果てに至るまでにどれだけの時間を費やせば、人工知能は学習に区切りを見せるのか。或いは、何をもって区切りと自己判断するのか」
予算やら規模やら、大人の事情やら。
若さと才覚と熱意だけでは実現出来なかった大人の自由研究すらもが、このセカイでは許されるのだから。
「そんな観測実験を、私は行いたいのです」
人工知能に対して、究極の高速学習を、限界値に至るまで、セカイのルールに則ったまま課す。
それこそが白衣の女性プレイヤー――アイジア・アウス・シミュラの目的であり。
その目に宿る、ただただ純粋な好奇心は。
「――なんか……なんか面白そうっ!」
「――うん、よく分かんないけどっ!」
遂に困惑と興味の拮抗が崩れてしまったハナとミツが、声をあげてしまうほどであった。
「……え、誰ですか、貴女方?」
次回更新は2月17日(水)18時を予定しています。
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