138 P-物珍しいヒト
『フリアステム』に『アカデメイア』、ポータルで結ばれたいくつかの街。
取り合えずささっといけそうなエリアには足を運び、商業区を中心にざっと見て回りはしたものの。
やはりというべきか思いの外というべきか、流石に撮影に特化したアイテムをわざわざ作っているようなもの好きはおらず。或いは、そんなことをしている変わり者が、主要な街になど居付いているはずもないのだろうか……なんて、ミツとハナが笑い合っていたのも、もはや昔のこと。
元より限りなく薄かった当てが完全になくなってしまえば、後は行動の指針も何もなく、適当にセカイ中を探して回るしかないなどと考え出す二人の愚直さは、その幼さ故のものだろうか。
レベリング、普段あまり行かない場所の観光、そのついでという形での科学技師探し。
そんな心持ちで、『フリアステム』からは少なからず離れた場所にある街や自然地帯を適当に歩いて回ること、幾日か。
『セカイ日時計』の試験運用によって現実世界とはズレてしまった時間の進みにちょっとばかり戸惑いながらも、親友との二人旅に上機嫌だったハナとミツが、そのプレイヤーを見つけたのは。
葉の賑わいすら無い、枯れ木林の奥深くだった。
「――貴女に危害を与えるつもりはありません」
腐り落ちた木々の残滓が、湿った空気に当てられやがて沼になる――そんな未来を思わせる土気色のセカイで、静かな女性の声がする。
ニットセーターに枯草色のロングスカート、それらの上から白衣などという、まあまあ場違いな格好をしたそのプレイヤーが見やる先は、木陰に身を隠したハナとミツの二人……ではない。
「そもそも私は、所謂戦闘系のプレイヤーではありませんし、更に言うなら、VRゲームに関してはずぶの素人です」
苔むした岩に腰を下ろした、もう一つの人影に対して言葉を投げかける女性。長い金髪の、真っ直ぐに切り揃えられた前髪の下で閉じっぱなしの両目からも、言葉通りの敵意の無さが見て取れた。
「…………」
対面するもう一人は、聞こえているのかいないのか、何の反応も示すことなく、ただじっと女性の方を眺めている、の、だろうか。
およそ明確に眼球と呼べるものが見受けられないその顔からは、その真意を読み取ることなど出来はしなかった。
「そして恐らく貴女も、私と敵対する意思はないのだと見受けられます」
シルエットは人型で、サイズや曲線の度合いから女性らしさが、岩の上にちょこんと腰掛けるその仕草から少女らしさが漂ってはいるものの、それは間違いなく、紛れもなく、モンスターと呼称される個体であった。
顔は能面のようでいて、僅かな凹凸かはたまた模様か陰影か、うっすらと目・鼻・口らしき部分があるようなないような。全体的に白く、ともすればうっすら発光しているようですらあり、それこそ背中の機械的な翼と頭部に浮くリングなどは、天の御使いが如く淡い光を称えている。
(……天人種、だよね。あれ……)
(うん、多分。初めて見たぁ……)
女性とモンスターのどちらからも少し離れた朽ち木の影から様子を窺うハナとミツは、初めて目の当たりにする希少種に驚きの言葉を交わしていた。
天人種。
この[HELLO WORLD]のセカイで、恐らく今現在、最も発見報告の少ないエネミーの一群。
付けられた総称の通り外観が人型かつ、いわゆる天使のような雰囲気、特徴を備えている非常にレアなモンスターであり、サービス開始から今日に至る二年程での目撃例は、セカイ全体を通して僅か十件にも満たないほど。
直接見ることが出来たプレイヤーすらそう多くはない希少なモンスターが、目の前に佇んでいる。
そんな状況にあって、好奇心旺盛なお年頃のミツとハナが、勢い任せに飛び出していかなかったのは、ひとえに、もう一人の女性プレイヤーの存在があったから。
「であれば少し、私の話を聞いてはくれませんか?」
(……なんであの人、モンスターに話しかけてるんだろぉ……)
(……しかも、話し方とかめちゃめちゃ丁寧だし……)
武器も持たず、構えも取らず、ただ言葉を重ねてモンスターと相対するそのプレイヤーは、ただ異質の一言に過ぎる。
モンスターとは戦う相手、狩る相手。
今までそうとしか認識していなかったし、それが当たり前だと思っていたハナとミツにとって、闘志を全く感じさせない女性の立ち姿は、下手をすれば天人種というレアモンスターと同レベルで珍しいものとして見えていた。
珍しいモンスターと珍しいプレイヤーが相対しているという謎の状況に、二人が思わず陰から推移を見守ろうとしてしまうのも、無理からぬことであろうか。
戦えない、そしてそれ以上に戦わない、そんな意思をありありと示しながら、女性は臆することなく目の前のモンスターへと声をかけ続ける。
「天人種と言って伝わるかは分かりませんが……兎角、貴女が類する敵性プログラムが、別種のそれよりも高レベルの思考回路を組まれていることは知っています」
「…………」
天人種という呼称や種別は――他のモンスターも同様のことだが――プレイヤー側が定めたものである。
天使のような姿をしており、
システム上はプレイヤーにとっての敵性存在、つまりモンスターと呼称される存在であり、
他のモンスターと比べてもより高度な知能、思考能力が備わっており、
付随して、高い戦闘能力を有しており。
これまでに観測された天人種の共通点は、概ねそのようなもの。いや、その程度のもの、と言った方が正しいだろうか。
それ以外の部分、すなわち、実際の行動パターンは、その個体それぞれによって大きく異なっている。
ある個体は、PVPを繰り広げるプレイヤー同士の間に割って入り、両成敗とでも言わんばかりに双方のプレイヤーをボコボコにし。
ある個体は、地形をも乱しかねない変異種との死闘を繰り広げるプレイヤーの一群に、声もなく加勢し。
ある個体は、ハロワ史上初めて起こったプレイヤー同士の大集団戦を、黙してただ高空から観測し。
自立思考プロセスに、常ならぬ乱数が存在しているのか。
はたまた、端っからそういった役割を持ったモンスター種なのか。
両手の指で数えられる程度しか発見されていない各個体一つ一つが、全く異なる行動パターンでもって、プレイヤーとの邂逅を果たしている。
それはまるで、天上よりプレイヤーを見下ろす理外の存在のような。時に人類を助け、時に見守り、時に罰する上位存在のような、そんなモンスター群。
故に、天に住まうマレビト。
未知と畏怖と畏敬を込めて、天人種と。
セカイ中のプレイヤーたちがそう呼ぶ、ある意味で他のモンスターとは隔絶された存在に対して、けれども白衣の女性は、やはり一片の緊張すらなく言葉を重ねていく。
「姿勢、顔の向き、身体全体の弛緩具合等から鑑みると、貴女は、私の言葉に耳を傾けようとしているように見受けられます。察するに、プレイヤー側の用いる言語を理解出来ているのではないですか?」
(え……そうなの?天人種って、プレイヤーの言葉が分かるの……?)
(ど、どうなんだろぉ……すんごい賢いって話は、よく聞くけどねぇ……)
「…………」
小さな天使は黙して語らず、陰から見守るハナとミツの疑問に、答えられるものはいない。
ただ女性プレイヤーだけが、自身の推論に半ば以上の確信を持ちながら、声をあげ続けるのみ。
「無防備な私に攻撃をしてこない事からも、貴女の行動指針は『観測』を軸としたものであると考えているのですが……」
テイムもしていないモンスターと対話を試みるなどという奇人変人の極みのような振る舞いを見せる彼女は、次の瞬間にはもう。まるで何でもないことのように、更に常人の理解を超える台詞を吐いていた。
「……より高度なセカイの『観測』を実現する為に、私と共同研究を行う気はありませんか?」
次回更新は2月13日(土)18時を予定しています。
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