136 P-写真を撮るということ
[HELLO WORLD]最大の自由都市にして、多くのプレイヤーに慣れ親しんだ初期スポーン地点、『フリアステム』。
「はいハナちゃんっ、撮って~」
「おっけー、動かないでねミツちゃん……ん、よしっ」
その商業区は小さな鍛冶屋の一室で、二つの人影が向かい合っている。
片や金髪碧眼、女性らしい体格にウェーブがかったロングヘアが、ゆるりとした雰囲気を感じさせる少女――ミツ。
片や銀髪蒼眼、すらりとしたシルエットに、高く結ばれた長いポニーテールが良く映える、大人びた少女――ハナ。
拵えたばかりの新衣装に袖を通し、軽くポーズを取るミツを、ハナが凝視――もとい『視覚転写』で撮っていく。
何枚か撮影し、攻守交替。
その後は肩を寄せ合い、俯瞰視点でツーショット。
布地をベースに、四等級鉱石を用いた鉄の軽鎧が部分部分に散りばめられたその服装は、二人にとって初めての、お揃いかつガチ戦闘服をコンセプトにした新衣装であり。揺れるロングスカートの魅せる可愛らしさとは裏腹に、今の二人に持てる最高位の素材を用いた逸品であった。
少女然としたデザイン、肌露出の少なさとアーマー部分が醸し出す程良い硬派さ。それらが絶妙にマッチした衣装の完成度に、ハナとミツは勿論のこと、そばにいたその製作者――ヘファもご満悦な様子。
「お気に召したようで何より」
「うん、すっごい可愛いよー!ありがとぉヘファちゃんっ!」
「それに強そうだしっ。ほんと、ヘファありがとうっ」
ツナギに無地のTシャツという普段着でもあり仕事着でもある格好で腕を組み、得意客を見やるその鋭い瞳は、三つ編みにまとめられた長髪と同じく、燃えるような赤色をしていた。
「……どうも」
表面上はつんけんとしたこの鍛冶師 兼 服飾デザイナーが、眼前の光景を密かに『視覚転写』しているなどと、互いにあちこち触れ合い出来の良さを称賛するのに一生懸命なハナとミツには、気が付く余地もなく。
音もなく激写するヘファを尻目に、二人も再度スクショタイムに突入する。
肩を組んだり腕を組んだり、精一杯恰好付けたつもりのポーズを取ってみたり、無邪気に戯れる仲良し二人組の姿に、ヘファの心の口角は無尽蔵に上がっていった。
「全く、子供みたいね、ホント……」
みたい、どころか実際の二人の年齢は、ティーンエイジャー然としたアバター姿よりもなお幼いものである。しかしそのことに未だ確証を持てていないヘファの口は、今はそんな小言を吐くに留まっていた。
(ホントたまんないわねこの二人……仲良過ぎでしょ……あー眼福、眼福……)
うっかりすると、少なからず気持ちの悪い本音が漏れ出てしまいかねないが故に。
(こんだけ仲良くて、しかもそこそこ強いっていうんなら、それこそ注目を集め始めるのも時間の問題だったわね……)
サービス開始から二年余りが経過し、自由過ぎるこのセカイにおいても一応のセオリーや定石、攻略チャートなどが確立しつつあるこの頃、とみに優れた実力を持つ一部の者たちが、プレイヤー間で噂になり始めるのも、オンラインゲームとしては当然の流れであり。
やたら仲の良い少女二人組がその一角に名を上げられ始めているのもまた、初期からこの二人を見守ってきたヘファにとっては、当然のことだと思える話。
しかししかし、当然ではあれど承服はしかねるのもまた、厄介オタクの厄介たる所以だろう。
(変に有名になって、二人の時間が邪魔されたりしなければいいけど……っていうか、アタシ以外に知られる必要なくない……?)
心配半分、独占欲半分の複雑な感情を抱きながらも、決して表には出さない。
何故ならハナとミツにとって自分は、クールで気難しくて頼れる鍛冶師なのだから。
よく分からない自負に基づいて、努めて仏頂面を維持するヘファ。
「――ねぇねぇヘファちゃん」
「――んぁ?」
そんな彼女の意識を現実に引き戻すのもまた、スクショタイムにひと段落を付けたミツとハナの二人であった。
「ハロワって、カメラみたいなアイテムとかないの?」
「カメラぁ?」
小首を傾げるハナにつられるようにして、ヘファも同じように頭を傾ける。
「いや、写真ならデフォで撮れるじゃない」
写真が撮りたいというのなら、それこそ今やっていたように『視覚転写』なり俯瞰撮影なりをすればいいのではないか。
至極当然なヘファの言葉だが、しかしどうも二人が言いたいのは、そういうことではないらしい。
「や、いまお互いを撮ってて思ったんだけど……もっとこう、写真撮ってます感が欲しいっていうか」
「ぱしゃぱしゃっ、いいよいいよー、はいここでポーズっ……みたいなのがやりたくなったっていうかー」
「……はぁ……?」
この二人が時折、妙なことを言いだすのは今に始まった話ではない。例えば、鍛冶師であるはずのヘファに当然のように服飾まで頼んでいたりだとか。
とはいえ今回のそれは、これまた一風変わったリクエスト。
「わたしのおとーさんがね、デバイスで写真を撮るときにそんな感じのことするんだぁ。ぱしゃって音が出るようにして、いちがんれふ?っていうのの真似って言ってたー」
「一眼レフ、ねぇ……正直、そんなアイテムがあるなんて話は聞かないわね」
リアルの世界においてですら、撮影専用の機器など置いてある家庭の方が珍しい昨今。カメラなどという、一部の好事家がしか持っていないであろうアイテムを、まだ生まれて二年ちょっとのこのセカイで、わざわざスクショ機能を置いてまで作ろうなどと言う物好きが、はたしているのだろうか。
「そっかー……」
「……ヘファって、そういうのも作れたりしない?」
落胆、からの間髪入れない期待の眼差し。
「いや無理。電子機器系は流石に畑違い過ぎるわ」
「「……そっかー……」」
とんぼ返りに再下降するミツとハナの表情に少しばかり心を痛めながらも、ヘファはきっぱりと否定の言葉を口にする。
鍛冶にしろ手芸にしろ、自身のロールプレイにおいて、近代以降の科学技術に寄らない世界観を構築しているヘファには、残念ながらその辺りに関する技量の覚えはない。
「ま、アタシたちが知らないだけで、探せば案外見つかるかもしれないわよ?そういうアイテムも」
自身は期待に沿えず、それが故にせめてもと口にした、希望的観測に基づくフォローに、如何ほどの効果があったのだろうか。
「そうだねぇ……それかいっそ、電子機器系に強い人に頼んで、作って貰った方が早いかなぁ」
無いなら造るが基本の、この[HELLO WORLD]。
カメラだってなんだって、造ろうと思えばやってやれないものではないはず。
「まぁ、そんな知り合いいないんだけどね」
「ねぇー……」
問題は、二人の狭い交友関係の中にその手の、いわゆる科学技師とでも呼ぶべきジョブのプレイヤーがいないこと。
「そんなに、カメラを使うのが大事なわけ?スクショじゃダメなの?」
「写真がどうっていうよりも、撮影するって行為そのものを楽しみたいっていうかー」
「ミツちゃんのお父さんの話を聞いてたら、なんか面白そうだなぁって」
漠然とした、既知にして未知なる行為への興味。
原動力なんてそんな程度のもので、けれども年若い二人にとっては、好奇心こそが何よりのモチベーション足り得る。
「……よぉし、探すかぁーっ!」
「……そうだねっ、探そっか!」
聞いていたヘファが呆れてしまうほどに、あっさりと。
誰とも知れない、居るかも分からない、一眼レフ有識者系クリエイターを求めて、ハナとミツはハロワ内を探して回ることに決めた。
フレンドは少ないが特段排他的という訳でもない二人にとって、新たな交流の輪を広げることに、躊躇いなどあるはずもなく。
「……そ。まあ、精々気を付けなさいよ。変な奴に絡まれないようにね」
二人のお抱え生産職を(密かに)自称していたヘファにとっては、ちょっとだけ面白くない話であった。
次回更新は2月6日(土)18時を予定しています。
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