135 V-思い出を切り取って
イベント事も過ぎ、あとは緩やかに年の瀬を過ごすのみとなった華花と蜜実。
まったりハロワに浸る二人は今一度、アイザからの誘いにより『隔離実験区域02』へと赴いていた。
「年を跨ぐ前に、またお姉さま方とお会いできて嬉しいですっ」
「だねぇ。まあシンちゃんの方は、ちょいちょい見かけてるんだけどねー」
にこにこと笑む天使の顔を、プレイヤー側は何かと見かける機会が多い。
とはいえ、職務ではなくプライベートな時間に顔を合わせられるのは、やはり友人としては嬉しいものだろう。
「って言っても今も、警告やらチュートリアルやらの仕事はしてるんでしょ?大変ねぇ」
「いえいえっ。むしろ、たくさんのプレイヤーさんと関わることができて、シンは楽しいですっ」
ハナが口にした『今』とは文字通り、今この瞬間のことを指している。
人間基準での並列作業のレベルなど軽く超越した同時処理を、こうして歓談を交えながら事も無げに行えるのは、やはり彼女の本質が高性能な人工知能だからであろう。
そんな娘の笑顔に優しい視線を向けながら、この隔離区域の主であるアイザもまた微笑んでいた。
前回と同じく、テラスで顔を合わせるのは住人たるアイザ、シン親子とハナ・ミツの四人のみ。けれども前回と違い、此度の婦婦のストレージには、本来入っていてはいけないはずのとあるアイテムが収納されている。
「――さて、私も先に仕事の方を終わらせておきましょうか」
「りょーかい、はい、どうぞー」
短いやり取りを経てアイザに渡された――むしろ返されたとも言える――そのアイテムこそ、高性能一眼レフ型撮影用アイテム『百腕の単眼』。
高性能過ぎて使用に制限が課されているこのカメラ、及び素材となった『変性物質』の製作者は、何を隠そうこのアイジア・アウス・シミュラその人である。
その高過ぎる撮影能力から、『百腕の単眼』は原則として、百合乃婦妻プライベートルーム内にある撮影室から持ち出すことを禁じられているのだが。
そのオーパーツを作成した張本人が状態を確認したいというのであれば、運営が特例措置を取るのも頷ける。むしろ運営側としても、唯一プレイヤーが保持している『変性物質』の、創造主を介した現状把握は重要な事柄だといえよう。
無論、持ち出しに際してハナとミツが諸々の契約事項にサインしたのは、言うまでもない。
そんな常ならぬ特殊なアイテム。
見た目にはごくありふれた一眼レフでしかない『百腕の単眼』を、浮遊機能を切り手に持ったまま、アイザはひとつ頷く。
「……ふむ……」
ぱしゃり。
「……お母さま、今なんで撮ったんですか?」
「シンが可愛かったもので」
「……」
ぱしゃり。
「……」
「ピースサインお願いします」
「……ピースっ」
ぱしゃり。
「可愛いポーズで」
「……はいっ」
ぱしゃり。
「アンニュイな表情など」
「……はぁ……」
ぱしゃり。
「カッコ可愛い系で」
「……きりっ」
ぱしゃり。
「母に甘える感じで」
「……お母さまぁ♡」
パシャパシャパシャパシャパシャッ!!!!!
「…………ふむ。変質も問題も特に見られませんね。完成時から全く変わっていません」
「……そっかー」
「……そっかぁ」
唐突に始まった撮影会で何が分かるというのか。
いやむしろ、動作確認という点では今ので問題ないのか。
どこか釈然としない気持ちを抱きながら、婦婦はあっさりと返された『百腕の単眼』を受け取る。
実際のところアイザは、それを手に取った瞬間から運営権限&製作者権限によってアイテムのデータそのものを確認していたのが。そうと察してはいてもやはり、傍目には溺愛系バカ親が娘の写真を撮りまくっているようにしか見えない彼女の振る舞いであった。
「やはり、アイテムとして完成した時点で、『変性』は完全に止まっているようですね」
才女としての風格を取り戻そうとでもするかのように、すまし顔でのたまうその強かさ。むしろそれこそが、常軌を逸した才覚を発揮し『天災』に名を連ねる者たちに見られる、余裕の表れなのか。
何にせよ優雅にティーカップを手に取るアイザの様子に、ハナとミツは曖昧に頷くしかない。
「もう撮影用アイテムとして以上の進化はないってことー……で、良いんだよね?」
「まあ、五年以上何も無かったんだから、何となく分かってはいたけど」
「『変性物質』の可変性は、素材としての間のみ発揮される。運営側の調査結果とも合致しています」
「プレイヤー所有のものであっても、性質は変わらないみたいですねっ」
このセカイに生成された『変性物質』の内、そのほとんどは運営側が回収し、今日に至るまで調査や実験がなされてきた。その実験結果と、自然環境下――運営曰く、プレイヤーもハロワにおける自然の一部である――での状態が同じであるということに、アイザが太鼓判を押す。
「完成……ていうか生成?されてから、今までどこにも流通してないってことは、やっぱり『変性物質』はまだ、本実装はしないつもりってことなのよね?」
「ええ。実験の副産物とはいえ、広く一般化するにはまだ、過ぎた代物……と、現時点で運営側は、そう判断しています」
偶発的に発生した『変性物質』製アイテムの所有者であるハナとミツにのみ伝えられる内部事情。
ここまでは伝えても良い、ここまでしか伝えてはいけないと指示されていた為に、アイザもあっさりと答えて見せた。
まだ一般化出来ないということは、逆に言えばハロワの自然環境、文明、技術がより発展した末に解禁される可能性もあるということで。さらに言うなら、先の周年記念イベントにおけるあの現象は、[HELLO WORLD]の自然環境レベルを引き上げる為の先触れでもあるのだが……
「取り合えず、お二方の『百腕の単眼』に関する守秘義務契約は、これまで通りという事で」
「んー」
「了解」
知ってたとばかりに頷く婦婦が如何に旧知の仲だとしても、流石にそこまでネタバレは出来ないアイザであった。
運営として、そして何より、このセカイを楽しんでもらいたいという思いもあって。
「……でも、この子も私と同じ、まだ生まれて五年ちょっとなんだって考えると、何だか親近感が湧いてきますね……」
そんなアイザの視線の先、テーブルに置かれた『百腕の単眼』を指で撫でるシンの表情は、さながら妹を思う姉のよう。
シンと違い、規格外とはいえ間違いなくただのアイテムである寡黙な一眼レフが、そうと分かっていても家族のように見えてならないその想いは、AIらしからぬ無為な思考回路か。それとも、同じデータ存在であるが故の共鳴なのか。
「……」
そんな娘を眺めつつも、無理に問うことはしないアイザ。
(かっっっっっわっっっっっ!!!!)
何故なら、お姉ちゃんぶるシンの様子が、あまりにも可愛過ぎたからである。
「「……ふふっ」」
だらしなく崩れたすまし顔の残滓に、ハナとミツも思わず笑ってしまい。
笑顔のままに思い出されるのは、そんな旧友が、まだ母ではなかった頃の記憶。
実験、と。
ただ純粋にそう言っていたアイザの、真っ当にクールだった頃を知っていればこそ、今の子煩悩全開な彼女に、微笑まずにはいられない。
「ねえ、アイザさん。今日はまだ時間あるんでしょ?」
「……?ええ、まあ」
「じゃあさぁ、折角だし、ちょっとした思い出話でもしようよー」
「思い出話、ですか?」
「うん。題して、『シンちゃん誕生秘話 ~こうして彼女は、母になった~』」
「わぁっ!お母さまとお姉さま方の、昔の話っ!シン、聞きたいですっ!」
「何度も語って聞かせて来たでしょうに」
「何言ってるんですかお母さまっ。何度だって聞きたいんですよっ」
目を輝かせてテーブルに乗り出すシン。
言いながらアイザの方も、口の端を上げ語りだす気満々であった。
思い出話は何度だってしたいし、何度だって聞かせたいのだ。
それが、最愛の娘が生まれるエピソードだというのなら、なおのこと。
何よりも今日はこの場に、その立役者たる、感謝してもしきれない友人婦婦までいるのだから。
次回更新は2月3日(水)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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