133 V-小さなお悩み
「――首領様、ご歓談中失礼致します」
時計塔の最上階、ソロ戦闘訓練→反省会といういつもの流れで駄弁っていた婦妻とクロノらの元へ、不意に『クロノスタシス』メンバーの一人が訪れた。
……因みに、クランメンバーたちのクロノの呼び方は、主だったりマスターだったり首領だったりボスだったり姉御だったりその他諸々だったり……まあ要するに、個々人の世界観に基づいたてんでバラバラなものであったりする。
「構わないわ。要件は?」
無駄に優雅な所作でもってティーカップを置きながら問うクロノ。
「――より『セカイ日時計』の使用権を行使したいとの申し出がありました」
背を伸ばして畏まる女性プレイヤーの言葉は、クロノやその側近二人にとっては既に聞き馴染んだものであり。小首をかしげ、少し考えるそぶりを見せたのち、クロノはハンとケイネシスへと視線を向けた。
「私は少し、婦婦と話したいことがあるの。悪いけれど詳細は二人で詰めておいてくれるかしら?余程の無茶でなければ、相手方の要望は通してしまって構わないわ」
「はっ」
「了解、了解っと」
主の裁量に異など唱えるはずもなく、むしろ仕事を任されたことこそが名誉であると言わんばかりの返答。
「ではお二方、失礼ながら本日はこの辺りで」
「ん。今日もありがとう」
「明日こそは勝ーつっ!」
「うむ。明日も楽しくなりそうだ」
クロノとハナ・ミツへと一礼し、スーツ姿の秘書と胡乱な白衣メイドは、伝達に来た女性プレイヤーと共にその場を後にした。
「――で、私たちに話って何?」
「あの二人には聞かせられないようなことなのー?」
目線での見送りを済ませた次の瞬間には、その二対の瞳は既にクロノの方へと移っている。
五人で歓談していた今の今まで黙っていたということは、側近たちには聞かせられない話――つまり、何やら面白そうな話題ということ。
あのクロノにしては珍しい。
が、表情から察するに、少なくともとんでもなく悪い話という訳ではなさそうだと考えるハナとミツ。好奇心を隠そうともしない婦婦に対して、反対側に座るクロノは、口を開くことを少しばかり逡巡している様子だった。
「……あー……」
「「……」」
「……実は、その……」
「「……」」
「……えー……」
「「……」」
早う吐け。
そんな無言の圧に押し負けてか、歯切れ悪くもようやっと吐き出される、クロノの言葉。
「……実は、ハンとケイネから、リアルで会いたいという申し出があったのよ……」
「「……あ、あぁ~……」」
さもありなん。
成程これは、さしものクロノも思い悩むはずだと、婦婦は何とも言えない声を揃える。
いやむしろ、クロノだからこそ猶更、といったところだろうか。
「そりゃまた、もの凄く好かれてるんだねぇ~」
「や、見てて分かってはいたけどさ」
敬愛する小さくも偉大なる主を、仮想のセカイだけでなく現実でもこの目に焼き付けたい。言動の至る所から危うげな好意が漏れ出ているあの二人がそんなことを考えるのは、ある種当然とも言えることなのだが。
問題は、その小さくも偉大なる主が、現実世界では特に小さくもなければさして偉大でもないという点。
「好意を抱いてくれているのは嬉しいのだけれど……現実世界での私は、その、世を忍ぶ仮の姿というか……あまりこちらでの私らしくはないというか……」
誰よりもロマンを愛し、それでいて、リアルでの自分は誰よりも平凡なOLだと自負しているクロノにとって、ハンとケイネシスの抱く敬意を現実世界に持ち込むというのは、何とも悩ましい話であった。
「……あちらでの私を見て、二人の熱が冷めてしまわないか……」
可憐な幼女でもなければ、時統べる女帝でもない。
そんな現実の自分を見て、二人は幻滅しやしないか。
好かれているが故の、それを自覚しているが故の、悩み。
「……うーむ……」
「んー……」
あの二人が今更、クロノへの敬愛を曲げることなどありはしないとは思うのだが。
とはいえやはり、中二病幼女というあからさまなキャラクターが生み出すリアルとの乖離は、どうしたって大きくなってしまう。
流石にクロノがガチの幼女であるなどとは婦婦も考えていないし、ハンだってその辺りは弁えているだろうが……
まさかあのロリコンに、中の人が普通のOLであることまで見透かされている、などとは、現時点では思いもしない三人であった。彼女の普段の言動が、あまりにもロリコンじみている所為で。
「……ま、まあ逆に、ハンさんは落ち着いてくれるかもしれないし」
現実を知れば、あの犯罪者めいた視線も大人しくなるのでは?
ハンの捻じくれた性癖の本質――幼女のRPをする成人女性に興奮するというそれ――を知らないが故のハナの台詞。
「……そう、かしら……」
しかし言葉少なに返すクロノの表情は、どうにも寂しそうなそれで。
「ふぅ~ん?へぇ~?」
案の定、ミツが意地の悪い笑みを浮かべながらロックオンした。
「なんだかんだ言って~、やっぱりぃ~、満更でもないんだぁ~?」
「ぐ……」
ねちっこい言い回し、獲物を見つけた猫のような目線。
普段はあまり隙の無いクロノがたじろぐ姿に、ハナの方もにやぁ……と口角を上げる。
「確かにそうなると、熱が冷められちゃ困るわねぇ~」
「……相談相手、間違えたかしら……」
数分前の自身の選択を悔いるクロノのその姿は、あまりにも小さく煤けていた。
「あははっ、ごめんごめん」
「クロノちゃんが珍しく弱気だったから、つい~」
「はぁ……ま、いいわ。正直こうなると思っていたし」
友人婦婦の性格上、弱みを見せれば即座に煽り散らかしてくるだろう。そうと分かっていてもなお、クロノは眼前の二人に内心を打ち明けずにはいられなかった。
「……貴女達は恐らく、リアルの方でも会ってるのよね?」
「……まあ、うん。会ってるっていうか」
「同棲してるっていうか」
「どっ……え、あ、そ、そう……」
ここ最近の雰囲気で何となく察していた、向こうの世界での距離の近さ。いや、思っていた以上に近づきまくっていてちょっとビビったが……兎角そこに、クロノが二人を相談相手に選んだ理由があった。
「……怖くなかったの?幻滅されるかもしれない、冷められるかもしれないって」
見た目相応で、彼女不相応なか細い声。
本当に、珍しい姿だ。
そう思えばこそ、小さな友人を前にして、流石の婦婦も真面目に答えずにはいられない。
「……私たちの場合は、リアルで会えたのはほんとに偶然で、見た目とかもそんな、骨格レベルで違うって訳じゃなかったし」
「特にRPとかもしてないからねぇ。すんなり受け入れられたっていうか……出会えた喜びで脳みそバグっちゃってて、細かいことはどうでも良かったっていうか」
もう昔のことのようにすら思える、初めてのVR実習での出会い。
初めましてのような、やっと会えたような、昨日ぶりのような。
そんな不思議な感激に、ただただ抱き合ってはしゃいでいた。
「うーん、ごめん。クロノの場合とは、やっぱ色々違ってきちゃうと思う」
「……そう、よね」
申し訳ないと頭を下げるハナに、クロノは首を振る。
自分の理想、ロマンを詰め込んでこのセカイを楽しんできたことの弊害……なんて言うつもりは、勿論ない。
思うままにやってきたからこそハンに、ケイネシスに、ハナとミツに、同胞たちに出会えたのだから。それを害だなんて呼ぶつもりは、クロノには毛頭なかった。
「あんまり無責任なことは言えないけど、ていうか、さっき煽っちゃっておいてなんだけど……あの二人がクロノちゃんのこと尊敬してるのは、間違いないと思うよ」
「――ええ」
結局のところ。
側近二人からの申し出をその場で切り捨てなかった時点で、クロノにだって、もっと距離を縮めたいという思いはあったわけで。
「大丈夫、分かっているわ」
でも、これ以上仲を深めるということは。
もう一つの世界でも交流を持つということは。
本当の自分を曝け出すということで。
極めて平凡な一般女性であるクロノには。
「分かってはいるけど……」
今一つ。もう一声。
まだ、勇気が足りないのであった。
次回更新は1月27日(水)18時を予定しています。
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