132 R-年末の制服納め
「ただーいまー」
「おかえり。ただいま」
「おかえりぃー」
両手に一杯の買い物袋をぶら下げながら、華花と蜜実が帰宅する。
冬休みを翌日に控えた今年最後の放課後、二人は冬籠りに備えた買い溜めの第一波を済ませていた。
食料品類は明日、冬休み一日目に溜め込むとして、先んじて買ってきた消耗品の類を手早く棚にしまっていく。一気に収納を済ませてリビングの暖房をオン、部屋が温まる間に寝室で部屋着にコスチュームチェンジ。
そんな冬場の一連の流れをいつもの如く済ませるその途中、制服を脱ごうと手をかけたあたりで、華花は蜜実の、何やら熱の籠った視線に気が付いた。
「……」
「……どうかした?」
「……やー……よく考えたら、今日で今年の制服姿は見納めなんだなぁって」
「……まあ、確かに」
休み明けは次の年になるのだから、当然と言えば当然のことなのだが。年末の制服納めだなんて、案外大半の学生は意識もしないもの。そこに目敏く気が付いた蜜実の表情は、瞬く間に怪しげなそれへと変わっていった。
「ねぇ華花ちゃん……折角だし、今日は……」
ゆらりゆらりと近づいてくるその姿、その声音に、華花もすぐさま、彼女の言わんとすることを読み取る。
「……折角って、何がどう折角なのよ……」
「だって、どうせクリーニングに出すんだから、ちょっとくらい汚れちゃっても大丈夫かなーって……」
やる気満々な蜜実に対して、華花は例によって上辺の態度だけは常識人ぶっている。健全なる学徒の象徴たるセーラー服で、そんな、あれやらこれやらだなんて、と。
「ねぇねぇ華花ちゃーん、いいでしょー……?一緒に制服納め、しようよぉ……」
「で、でも……」
少しのやり取りの間に華花のすぐ目の前まで近づいていた蜜実。
右手で自分の胸元に咲くリボンタイを、左手で華花の胸元のそれを軽く引っ張りながら、顔を寄せる。
「ねぇーえー……」
短く小さく、その分甘く濃縮された囁きが、華花の自制心を容易く溶かして。
「……わ、分かった……」
こてん、と、あっさり首を縦に落とした。
「やったぁっ――」
「……ただしっ。夜になってから、ね?」
申し訳程度に、時間稼ぎをしながら。
「えぇー……」
どうせ休みが続けば昼も夜もなく求め合っているというのに、今更お天道様の顔色なんて窺おうっていうのか。
そんな不満で顔を膨らませる蜜実の熱っぽい瞳を、華花は直視出来なかった。
今目を合わせてしまったら、本当に時間も何もなく呑まれてしまいそうだったから。
◆ ◆ ◆
「――あれ?」
気が付けば夜だった。
ハロワにインして、夕飯を食べて、ハロワにインして、シャワーを浴びて、ばっちり湯船にまで浸かった。
そんないつも通りの時間が、殊更に早く過ぎていったような。
首を傾げる華花だが、彼女は既に、夕方帰宅してすぐに脱いだはずの制服に、再び袖を通している。
冬に相応しく長袖、厚手な濃紺のセーラー服。
流石にインナーは夜用のものに変えてはいるが、制服はおろか黒タイツまでそのまま着直すだなんて。
蜜実の強い主張によって、今日着ていた一式を再び身に纏う羽目になった華花。洗濯もしていない衣類に袖を通すことに、妙な気持ちが芽生えずにはいられない。
「ほ、ほんとにこの格好でするんだ……」
「もちろんっ」
ばっちり着直しておいて何をいまさら、とでも言わんばかりに、蜜実は熱の籠った声を返す。
日も沈まないうちからおっぱじめるのもどうかと思い、夜まで時間を稼いではみたものの……実際、小さな明かりだけが灯る夜の寝室で、制服を着てベッドに寝転んでみれば、こっちの方がよっぽどイケナイことをしているように気になってしまう華花。先程以上に瞳をぎらつかせる蜜実の様子からも、自身の策は完全に逆効果だったと思わざるを得ない彼女だった。
とはいえ、獣と化す一歩手前のその蜜実の方だって、同じように濃紺のセーラー服に身を包んでいるわけで。
まかり間違っても学び舎ではないこの場所で、自分と蜜実が学生らしい装いをしていることに、華花の理性も思わずくらりと傾いでしまう。
「ふふ……」
獣らしく四つん這いになって、蜜実もベッドへと上ってきた。小さな笑みは枕元の灯りに照らされて、一層妖しく見えてくる。
「……っ」
いつものように覆い被さってくる……かと思いきや、蜜実はそのまま華花の足先へと顔を近づけ……
「んぅー……」
「――!?」
タイツで覆われた右足の裏側に、その唇を押し当てた。
「ちょっ、ちょっと蜜実っ、っ……!?」
冬場とはいえ。
自身は身を清めているとはいえ。
半日ほども履いていたのだ。
半日ほども、履いていたのだ。
そんな、お世辞にも綺麗とは言い難い黒タイツの足裏に、愛しい蜜実がキスをしている。驚愕と背徳が入り混じり乱れる華花の思考。右の足から伝わってくる柔らかな息遣いも合わさって、否が応にも声が上擦ってしまう。
「ふぁにぃ~……?」
何故そんなにも、余裕綽々なのか。
慌てふためく自分とは対極にある蜜実の笑みに視線を向け、けれどもそれが自分の足先によって遮られているというあまりにインモラルな絵面に、華花の顔は瞬く間に紅潮していった。
「さ、流石にそこは、汚いっていうか、その――ふぁぁっ……!」
「聞こえなーい」
あろうことか、ぱくりといきやがった。
黒く包まれた足の指先を、その黒タイツごと、ぱくりと。
「ぁ、ぁぁぁ……な、舐めないでぇ……」
桜色の唇の内側で火照った舌が蠢くたびに、柔らかさと粘性が足の指を責め立てる。タイツ越しであるにもかかわらず――否、その薄布一枚を隔てているからこそ、ごく僅かに生まれる摩擦係数が、じっとりとした熱量を際限なく高めていくような。
今までにない蜜実の舌先の感触に、ぴくんぴくんと華花の脚が震えていた。
――もしかして蜜実は、結構な変態なのではないだろうか。
熱靄に侵された頭で、今更ながらにそんなことを考える華花。しかしそれが嫌な気持ちには全く繋がらない、むしろぞくぞくとどうしようもなく心身が震えてしまう辺り、自分も大概変態なのかもしれないと、次の瞬間にはそう思ってしまっていた。
「ん、ぷはっ」
ひとしきり右足の先を味わった蜜実は、ようやく五指を開放して。
「んれぇぇー……」
けれども唇は決して華花の足から離さず、そのままタイツの繊維をなぞるようにして、舌先でゆっくりと右脚を登っていく。
「っ、……ぁっ、ふぁ……」
生地を這うごく僅かな音を立てて、濡れた道筋を描きながら、足の甲、脛、膝の下へ。
「ふふっ……」
内腿をちろりとひと舐めして、今度こそ唇を離す。
小さく身を震わせる華花をようやく組み敷き、よじ登り、顔同士を間近にまで近づけて。
「……今、キスするのはイヤ……?」
悪戯っぽく囁いた。
「……っ」
閉じた唇の隙間から垣間見える真っ赤な舌先。
つい今の今まで自分の足の指なんかを舐め回していたその軟体を、今の華花が拒めるはずもない。
「――んっ」
ウォーミングアップも何もなく、唇を合わせた次の瞬間には、舌先同士を擦り付け合う華花と蜜実。もう十二分に出来上がっていた二人の心は、早く、もっととせがむように、舌と舌を擦り合わせた。
どろどろに熱せられた唾液を混ぜ、舌先どころか根元まで絡ませたいと、互いに唇を押し付ける。
ぐちゅぐちゅと遠慮のない淫らな水音、時折鼻から漏れる甘く上擦った声。これまた執拗なまでに擦り付け合う体同士の間で、制服が鳴らす衣擦れの音。
どこまでも不健全なそれらが激しくなっていく毎に、二人の制服に、皺が刻まれていく。
「ん、んぅっ、っ、っ……ぷぁっ」
「ふっ、ふぅぁっ……れぁぅ……」
やがて息が持たなくなって、どちらからともなく唇を離す蜜実と華花。
けれどもまだ足りなくって、舌同士だけは名残惜しげに睦み合ったまま。
唇という蓋を失いぽたぽたと垂れ落ちる唾液が、華花の胸元のリボンタイを濡らしても、そんなことは構わずに舌と舌を絡め続ける。
けれどもやはり、一心不乱に自身を求める華花を見れば、つい意地悪したくなってしまうのが蜜実の性、加虐性とでも言うべきものだろうか。
「れぅっ、んぅぅ~……はぁっ」
「――ぁっ……」
絡みもつれた華花の舌から自身のそれを引き抜いて、ほんの一拍間をおいてみる。
寂しげに濡れる視線を引き付けて、再び身体を脚の方へと。舌先を伸ばしたまま胴の上を下れば、とろりと垂れ落ちる唾液が銀の跡になって、華花の制服を汚していった。
「ぁ、ぁ、シミになっちゃう……」
華花が嬉しそうにそう呟くあいだにも、蜜実の顔はどんどん離れていく。
また足の先を舐られるのだろうか。そんな呑気なことを考えていた華花の太ももを、蜜実が両手でしっかりと抑え付けて。
「こっちにも、いっぱいシミ、付けちゃおっかなぁ?」
くしゃくしゃに乱れていたスカートの中に、顔を埋めた。
「!?ひゃっ、あっ、っぁぁあっ――!」
――それから夜更け過ぎまで、二人が制服を脱ぐことはなかった。
次回更新は1月23日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。




