131 V-ちょっとだけ変わったセカイ
現実世界とは少しずれて、既に春先の暖かさが漂い始めている[HELLO WORLD]。
ゲーム内の時節など関係なくいつでも薄靄に覆われている『時計塔周辺街』を、ハナとミツは並んで歩く。
今日も今日とて向かう先は、この街の主であり今やセカイの時間をも掌握している小さな女帝の元。彼女の住処にして『セカイ日時計』そのものである時計塔は、二人の視線の先で、霧の中にも確かな存在感を示している。
――第十二次『セカイ日時計』簒奪戦にてクロノが掲げた褒賞である『セカイ日時計』の一時使用権は、かの戦いにおいて特に大きな活躍をした者に与えられた。
また、その内の幾人かは既にその権利を行使しており、ここ半年ほどの間、個々人の都合で(ごく短時間ながら)時間速度が変動させられるという珍事を、プレイヤーたちは既に何度か経験している。
当然ながら、ハナとミツもその権利を与えられてはいるのだが……特に良い使い方が思い浮かばないということで、二人は未だ、時の流れに触れることはしないでいた。
というか正直、半分そのことを忘れかけている婦婦……の歩く先、石畳の道の端で、何やら二人のプレイヤーが揉めている様子。
「「……?」」
街の雰囲気に、またそれ以上にクロノの配下に相応しく、示し合わせたかのようにローブで顔を隠す二人のやり取りは、談笑というには少々張り詰めた空気を醸し出してはいたものの。
「……まいっか」
「んー」
あのクロノの配下ということはつまり、彼らもまた相応に自分の世界観とやらを持っているということであり。言わずもがな妙な拘りの一つや二つや一ダースくらいは持っていて然るべき彼らが、時にはその拘りが故に小競り合いを初めてしまうなど、この街ではさして珍しいことでもない。
入り浸るようになってから、そのことを自然と理解するようになったハナとミツは、強いて止めに入るでもなくその場を通り過ぎようとした。
そも、赤の他人である二人がいらぬお節介を焼かずとも、決闘もかくやとまでにヒートアップしてしまえば、セカイは自ずと。
〈ぴぴーっ!そこのお兄さま方っ。市街地エリアでの許可を得ない決闘はめっですよっ〉
天使の姿をした警告を寄越してくれるのだから。
〈どうしても白黒つけたいなら、エリア管理者に許可を取るか、訓練所で模擬戦でもしててくださいっ〉
警告音(の声真似)と共にどこからともなく現れたシンが、頬をぷくっと膨らませながら言う。
以前までの無機質なアナウンスとはまるで異なる、小さく可愛らしい運営権限の化身。さしもの中二病プレイヤーたちもこれには思わず気勢を削がれ、素直に小さく頭を下げた。
〈……分かればよろしいっ。それでは今後も、ルールを守って楽しいハロワ生活をっ〉
そう言ってシンは、現れた時と同じようにすっと消える……直前に、横を通っていたハナとミツへとウィンクを一つ。
偶々その場に居合わせていたが為の行動。小さな小さな職権乱用に、二人の頬もたまらず緩んでしまっていた。
〈――あ、そういえば。お母さまが、今度うちに来た時にでも『百腕の単眼』の調子を確認したいって言ってましたっ〉
「「っ」」
過ぎ去ったと思わせての更なる置き土産に、二人は一瞬、揃って肩を跳ねさせてしまう。それが婦婦にしか聞こえないボイスメッセージであると分かり、小さく息を吐いた頃には、今度こそ悪戯な天使の気配は跡形もなく消え去っていた。
後に残るは頬の形が苦笑のそれへと変わった婦妻と、多少は気を落ち着かせた二人の男性プレイヤー。
改めて決着をつけるべく訓練場の方へと向かう彼らに倣って、ハナとミツもいつの間にか止めてしまっていた足を再び動かし始めた。
◆ ◆ ◆
気持ちを変え、戦法を変え、しかしだからといって、昨日今日で劇的に強くなれるほど、まだまだ二人は単独戦闘に慣れてはいない。
「……なんか、複雑な気分ね……」
ぼこぼこからぼこぼっ、くらいにまでは前進した婦婦の本日の奮闘を、いつもはいない人物が、言葉通り複雑そうな表情をしながら見ていた。
「お見苦しいところを~……」
今日は先にぼこられていた方のミツが、今しがたぼこられたばかりのハナを膝枕しながら呟く。
「や、アンタらが望んでやってることなら、別にとやかく言ったりはしないけど」
無粋な口出しなんぞはしないが、けれどもやはり、ずっと見守ってきた推し婦婦が一人ずつ敗れていくさまは、見ていてあまり楽しいものではない。
(ま、まあこれが、今後の二人の為になるわけだし……うん、言うなればこれは溜め回……百合乃婦妻ガチ勢たるアタシに課された試練みたいなもの……)
己が心にそう言い聞かせ、何とか自分自身を納得させる赤髪の女性――ヘファは、取り合えず横で繰り広げられている婦婦の戯れを見て精神力を回復させていた。
「すみませんね……私としても悪意はないのですが」
「ん。分かってるわ、大丈夫よ……それよりも」
こちらも少し気まずそうにしているハンに頷き、気を遣わせるのも悪いと話題を変えるヘファ。そも、彼女がハナとミツを追って時計塔を訪れたのは、この話の為であった。
「『ティーパーティー』、正直見てて滅茶苦茶面白いわよ」
「「やっぱり?」」
「ええ」
ストーキングしていただけなのに、何故かこれ見よがしのドヤ顔を作るヘファ。
いや、ハナとミツの方も何故だか得意げな顔をしているものだから、最早雁首揃えてドヤ顔合戦な様相であった。
「ていうかあのフレアって子は、何か女に好かれやすい電波でも出してるの?」
「うーん……ぱっと見は普通の明るい女の子なんだけどねぇ」
「なーんか妙に、同性から好かれやすいっぽいのよね」
私たちにはよく分かんないけど、と声を揃える二人の級友への評価は、良い意味で普通の女子高生(顔は良い)。そんなフレアを取り巻くここ最近の女性事情は、やはりヘファの琴線に大いに触れるものであったようで。
「好感度は高いのに妙に初々しいあの感じ、昔のアンタたちを見てるみたいで懐かしいわ」
ガチ修羅場の無いハーレム物は好きだ。
彼女の顔にはでかでかとそう書かれていた。
「けどまぁ……正直アタシからしたら、あの子の葛藤なんて滅茶苦茶可愛く思えるんだけど。そっちの方じゃ結構大変なコトなのかしら?」
複数人を同時に囲うことは、彼女らの文化圏ではそんなにも珍しいのだろうか。自身にはよく分からないその感覚を、リアルでも知り合いだというハナとミツに問うヘファ。
「うーん……まあ、法的には重婚は認められてないけど」
「事実婚でなら無問題じゃない?多分。ハーレムって概念も普通に浸透してるし」
当人が聞けば、「や、別に結婚とかそういう話じゃないから!」とか叫びそうな婦婦の返事に、ここまで聞き役に徹していたケイネシスも乗っかってくる。
「ワタシのいる地域では、複数人との交際を殊更制限する制度はないけれどもね。むしろ世間的には、相応の器がある人物は囲えるだけ囲うもの、みたいな風潮すらあるよ」
「それはそれで凄いわね……」
喜び勇んでクロノの軍門に下ったのは、そういった文化的背景もあるのだろうか……などとヘファが分析するのは、彼女がこの幼女とロリコンと天才のカップリングにも、密かに目を付けていたからである。言うまでもなく。
「こちらではお二人の所と同じく、法規上は一対一の婚姻制度が採用されていますが……恐らく実情としては、余力のある者や権力者などは愛人を何人も囲っているのでしょうね」
「多夫多妻を禁じている国でも、案外実態はそんなものなのかもしれないわね……」
ハンの言葉に意味深な頷きを見せるクロノだったが、ぶっちゃけリアルでの彼女はごく普通のOLであり、富裕層の真実など知ったことではなかった。
(ていうかハナもミツも『ティーパーティー』とやらも全員、同郷だろうしなぁ……そりゃあそのフレアって子も、自分がハーレム願望持ちだなんて自覚したらパニクるよね……)
心の声だけは極めて真っ当なクロノこそが、もしかしたら、この場で最もフレアに同情している人物なのかもしれない。
次回更新は1月20日(水)18時を予定しています。
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