130 R-冬休みは近い
ハロワの方でハンと戦い、少しずつ積み重なるその成果を、学院でのVR実習授業にも落とし込んでいく。
寒さを増す毎日の中、百合乃婦妻がそんなことを繰り返していく間にも、気が付けば百合園女学院では後期の中間休暇――つまり、冬休みが近づいてきていた。
秋の学院祭以降はこれといった学内行事もなく、また、冬休み前の後期中間考査ということもあって、休暇直前に設けられた各科目の試験もそう大規模なものでもない。夏休み前ほど必死になって備える生徒はあまりおらず、また教師側も、そこまで口酸っぱく言う者もいない。
かくて、冷たい冬の空気と相反するような緩い雰囲気の中で、学院の生徒たちは早くも、来る冬休みの予定なんかを話し始めていた。
例によって昼休み。
そんな女生徒たちのご多分に漏れず、華花と蜜実、未代と麗も、年を跨ぐお休み期間に思いを馳せる。
「二人は冬の間、どっか行ったりするの?」
「家に籠る」
「ハロワに籠る」
「……あ、そうですか」
また夏のように帰省でもするのかと問うた未代への返答は、婦婦揃っての引きこもり宣言という、ある意味でいつも通りのそれ。
むしろ、天気予報から雪の気配も近づいてきたこの頃にあっては、家籠りに対する二人の気概も、より一層強まっていくというものであった。
「初日でー食料買い込んでー」
「消耗品もストックいっぱい用意して」
「冬休み中はぁ、一歩も外に出なーい」
「二人でずっとハロワしてる」
「……クリスマスデートや初詣などには、行かれないのですか?」
「デートは家でも出来るし」
「なんで新年早々、寒い思いしながら人混みに揉まれなきゃいけないのー?」
正論といえば正論なのだが、余りにもロマンや風情に欠ける華花と蜜実に、麗も少しばかり苦笑いをこぼしてしまう。
……ほんの一瞬だけ。
「……確かにそうかもしれませんね」
まあ、一緒にいればそれだけで十二分な友人婦婦が、雪の降る聖夜に二人だけの家に籠っているというのも、それはそれで退廃的なロマンスを感じると言えば感じるだろうか。
ほとんど全肯定民と化している麗は、瞬きの後にはそんな風に考えを改め頬を緩ませていた。
「麗はほんと、二人に甘いよねぇ……ま、まぁ?そういうところも優しくて、あたしは良いと思うけどね?」
こちらも同じく『ティーパーティー』全肯定botになりかけている未代。
秋頃から投げかけられ続け、未だ順応しきることが出来ていない激甘全肯定台詞に、麗の頬は更に緩み赤らんでいく。
まだ若干のどもりが残る未代の方も僅かに顔を赤らめていて、並んで座る二人の空気感は華花と蜜実の目から見ても、端的に言っていちゃついているようにしか見えなかった。
「ま、暇だったら遊びに来なよ」
「お菓子用意して待ってるねぇ~」
言いながらも二人は、今回の休み中はまあ、来られて一、二回程度だろうと踏んでいた。
未代と麗の纏う雰囲気、更にはそれが『ティーパーティー』全体にまで伝播していることを考えると、いくら友人とは言えども、そちらをほっぽって頻繁に遊びに来るとも思えない。
きっと冬休み中も未代は、あれやらこれやら理由を付けて三人と交流を深めたりするのだろう。
それが一人一人別々か、全員まとめてかは定かではないが。
いつだかしたアドバイスが功を奏しているのかどうなのか、今ではすっかり甘酸っぱい空気を噴出するようになった未代たち。
近頃は自分たちが『時計塔周辺街』に入り浸りなものだから、ゲーム内での様子をあまり確認出来てはいないが……代わりにヘファがストーカーの如く『ティーパーティー』の様子を逐一観察しているようで、近い内にまとまった報告を聞くのが楽しみな華花と蜜実であった。
なお、『ティーパーティー』周りの変化を聞かされ殊更に未代へと冷たく当たるようになったエイトをなだめるのは、やはり専ら麗の役目であるらしかった。
「……あ、飲み物なくなっちゃった」
「わたしも買い足そうと思ってたし、ちょっと行ってくるよぉー」
「そう?ありがとう。じゃあお願いしちゃおうかな」
と、歓談の合間、空になったペットボトルを受け渡しながらそんなやり取りをする華花と蜜実。
要望など聞くまでもなく立ち上がり、売店へと向かっていく蜜実が教室を出るまで、座ったままの三人の目はその背を追っていた。
「ほんと、そっちもそっちで変わってきたっていうか」
そっちも、なんていう言葉を付ける辺り、自身らの変化にも幾分か自覚的ではあるらしい、未代の言葉。
「ですね」
短く同意する麗。
二人の言う通り、少し前まではこんなこと、考えもしなかっただろう。
「そうかな……?……そうかも」
最後に華花自身も納得してしまうほどの変化――つまり、華花と蜜実の四六時中べっとりくっ付き合っていた物理的な距離感が、この頃少しばかり、落ち着きを見せてきているということ。
「……あ、言っとくけど別に、倦怠期とかじゃないからね」
「いや、うん、それはもう」
「十分に存じ上げています」
一緒にいる時には相も変わらず腕を組み、肩どころか全身を寄せ合っている友人婦婦の姿を見れば、正しい意味での倦怠期など有り得ないことくらいは、未代と麗にもよく分かっている。
しかして他方。
以前までであれば、どちらかが席を立った時には必ずと言っていいほどもう片方も追従していたこのバカップルもといバカ婦妻が、ちょっとした買い出しとはいえ別行動をとるだなんて。
「これも訓練の成果ってやつ?いや、それともこれ自体が訓練の一環だったり?」
なんだかんだ言って、特訓だの訓練だのというあちあちなワードが嫌いではない未代の目も、心なしか輝いているように見える。
「うーん……そうとも言えるような、そうでもないような……」
だが言葉を返す方の華花本人にも、その辺りはどうもよく分かっていないようで。
「何だろ。『一緒にいるって思えば一緒にいる』って……そう考えればちょっとの間くらいは離れてても平気っていうか……いや逆に、最近はちょっとくらい離れてても大丈夫になった気がして、それが『一緒にいるって思えば一緒にいる』おかげだって気付いたっていうか……」
卵が先か鶏が先か、というわけではないが。
「ふむ、意識改革を意識したからこそ意識が変化したのか、意識の変化を感じて初めて、意識改革の効果を意識出来たのか……」
「ごめん麗、流石にその言い回しは頭痛くなってくるわ……」
一文の4分の1近くを占める意識という言葉に、未代の意識も思わず混乱しだす。
「まあとにかく。休み時間中のちょっとした買い出しくらいなら、どっちかだけ行けばいいかなって、そんだけの話よ」
人目に付く場での物理的距離が落ち着いた(当社比)分、誰の目にも憚られない自宅や『愛の巣』などでは、以前にも増して熱烈なスキンシップが無尽蔵に行われているのだが……そして、そんな状態で画策される冬休み丸ごと家籠り計画が、健全なままでいられるはずもないのだが……そんなこと、当の二人が黙ってさえいれば誰も知る由がない。
「勿論それはそれとして、蜜実とくっ付いてるのが最高なことには変わりないんだけど」
内に静かな愛情を燃やしつつ、何故かは分からないがドヤ顔でそう締める華花。
「わたしもだよぉ華花ちゃ~んっ」
はいはいご馳走様、と未代が言うよりも早く、買い出しから帰ってきた蜜実が後ろから華花を抱きしめた。
椅子に座った華花を上から抱きすくめる遠慮も容赦もない抱擁に、された方も顔を大いにだらけさせ、蜜実の腕をぎゅうっと抱き返す。
愛情、噴出。
「……はいはい、どうも。毎度ご馳走様です、っと」
肩を竦めながら今度こそ言う未代。
その隣では麗がすこぶるサティスファクションといった面持ちで昇天しており、何ならいつも通り様子を窺っていたクラスメイトの大半も、彼女と同様に浄化されていた。
次回更新は1月16日(土)18時を予定しています。
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