13 R-無自覚鈍感系サイドテール
麗が[HELLO WORLD]のセカイに飛び込んだ翌日、の、放課後。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いえ、そんな」
今日も引き続き、四人で麗のティーチング(と言えるほどのものでもないが)をする予定であったのだが。
「あのセンパイさん?」
「そうそう」
ホームルーム後、未代は今日一日をかけて大量に届いた『センパイ』とやらからのメッセージに返事をしていた。
「にしても凄い来てるねぇー。お喋りさんなのかなー?」
「直接話すときはそうでもないんだけどね」
無論、休み時間等にちょくちょく返事はしていたものの、それでも片手間ではとても追いつかないような量なのである。
正直その膨大さに……というかなんならそれ以前から、件のセンパイに対して若干ストーカーめいた気質を感じていた華花ではあったが、当の未代が全く気にしていないのならと、特に突っ込むことはしないでいた。
基本的に華花は、蜜実に対して以外は結構ドライである。
「最近あんまり絡めてなかったからさ」
気にかけてくれるなんて良いセンパイだよホント、なんて言いながらあらかたの返事を終え、立ち上がって伸びをする未代。
「おまたせっ。そんじゃそろそろ帰り――」
「せーんぱーいっ!」
と、廊下から、そんな彼女を先輩と呼ぶ声が。
「ありゃ、市子?」
二年二組の生徒たちは下級生の登場に少しばかり驚いたものの、目当てが自分ではないと知るや、すぐにみな視線を戻す。
「失礼しまっす!」
小柄ながらも引き締まったスポーティな雰囲気を醸し出すその少女は、扉の前で一礼すると、物怖じという言葉を知らないかのように未代の下へと駆け寄って行った。
「こんなとこまでどうしたんさ」
「構ってもらいに来ました!」
赤茶けたポニーテールをぶんぶん振り回すその少女――日向 市子は言葉通り構ってほしがる犬のようにして、髪と同じ色の大きな瞳を未代へ向ける。
「あー、悪いけど今日はちょっと……」
その様子に未代は、少しばかりばつが悪そうに返した。
「えぇー、先輩そう言って、こないだも遊んでくれなかったじゃないっすか!」
「ゴメンゴメン。また今度、なんかおごったげるからさ」
「むぅー……先輩は、釣った魚に餌をあげないタイプのヒトなんすね」
「いやおごったげるって言ってるじゃん……」
「そういうことじゃないっす!」
「じゃあどういうことなの……」
不満げな後輩には申し訳ないが、今日はもう先約が入っているのである。
「んー……なら夜!夜向こうで遊びましょっす!」
向こうとは言うまでもなく、ハロワを示しているのだが。
「いや、夜も……というか夜まで向こうで何やかんやありまして」
「だったら自分も混ぜて欲しいっす!」
そうしてあげたい気持ちもあるが、でも初心者の麗をいきなり知らない人と絡ませるのもなぁ……と、未代が渋るのも無理からぬことであった。
「そんなぁ……あ、もしかして、また新しいオンナ引っかけてきたんすか!?」
「いや言い方、言い方!!」
どこか悲痛さすら感じさせる市子のその言葉を受けて、騒めきと共に、教室中の視線が再び彼女の元へと集まる。正確には市子と、彼女が絶賛糾弾中の未代に向けて、であるが。
「女を引っかける!?」
「あらまぁ、聞きました奥さん?」
「ええ。しかもまたですってよ?」
「陽取さんったら、見かけによらずお好きなんですのねぇ……」
「ひゃっはぁ!新鮮な百合修羅場だぁ!!」
「大変、百合修羅場厨が暴れ出したわ!!」
「不埒、不純、ふしだらです!百合は固定カプこそが至高だというのに……!!」
「え、なに急に」
「粛清!邪なる異教徒は粛清せねば!!」
「うわ、アンタもしかして『教徒』なの……?」
喧々囂々、瞬く間に修羅場めいたアトモスフィアの完成である。
「ほらもう、一瞬でメンドクサイことになった!!」
「どうなんすか先輩!」
「いやそういうのじゃないから!」
しどろもどろになりながら弁明する未代。
矛先が向いては可哀想だからと具体的な言及は避けつつも、その視線はちらちらと麗の方へ向いており。
それに気付いた麗も、申し訳なさと同時に妙な気恥ずかしさを覚え、伏し目がちに未代へ視線を送っていた。
「あ、ちょ、ちょっと待って、ステイ!」
……と、まるでその場の空気に恐怖するように、未代の多機能デバイスが震えだす。
「あ、センパイから電話ダー。イヤーセンパイからだからナー!コウハイとしては出ないわけにはいかないナー!」
これ幸いと言わんばかりに未代は、デバイスを取り出し通話ボタンをタップ。今の彼女にとってセンパイの声は、救済を告げる天使のラッパさながらであった。
「この状況で電話に出る胆力は尊敬できるわね」
「鋼メンタル、もしくは朴念仁ってやつだねー」
「単に追及から逃れたいだけなのではないでしょうか……?」
呆れ、苦笑、気恥ずかしさ、三者三葉の視線を一身に受ける未代の過ちは、テンパっていたがために教室を後にせず、その場で電話に出てしまったことだろう。
「お疲れさまですセンパイ!どうしたんですか?」
ありがたやありがたやと、にこやかに会話を始めた未代であったが……
「え?あ、いえ、すいません、今日はちょっと……いやま、それはそうなんですけど……」
すぐにその額から、再び冷や汗が噴き出ることとなった。
「違いますって!女遊びって、なに言ってるんですか!?いやナニじゃなくてね!?」
何人かの生徒の吹き出す音が教室に響く。
こうなってしまえばもうその声に救いなどはなく、むしろ一種の終末の音色ですらあると言えよう。
「いやほんとに、ちが、今度埋め合わせしますから!」
通話先の声は聞こえないものの、何やら只ならぬ雰囲気のようだというのは、この場にいる全員が感じていた。
百合修羅場厨は興奮しすぎてぶっ倒れ、固定カプ信者は粛清粛清と怒り狂う。狂乱に華花は口角を引くつかせ、蜜実はそんな華花を愛おしそうに見つめていた。
まさしく地獄絵図。
しかし、かくも世紀末めいた風景の中でも一部の民草が平常心を保てていたのは、この状況下にあって決して恋人つなぎ&腕組みを止めない華花と蜜実に、平穏な日常の面影を見ていたからであろう。
神はいつだって、すぐそばにいるのである。
「え、イヤイヤそういうことでは……いやコワいコワいコワい!!!」
それはそうと、ヒトはテンパっている時ほど言葉の頭に否定形が付きやすくなるとかならないとか。
「――ちょっと先輩、自分が目の前にいながら、また別のオンナっすか!?」
「アンタはちょっと黙ってて――あっいえ、なんでもないです、ホントに!」
市子の言葉に生来のツッコミ癖を刺激され、通話中にも関わらずついリアクションを取ってしまう未代。案の定、通話先のセンパイとやらに感付かれた。
「なに言ってるんですかぁ、今話してるのはあたしとセンパイの二人っきりじゃないですかぁ!嫌だなぁもう!」
それを取り繕おうと、ついに電話の先に向かって媚びへつらい始めた彼女の姿に、おざなりに扱われ続けた市子は思わず涙目になってしまう。
「せんぱぁい、構ってくださいっすよぉ……」
「ええいやめろそんな目で見るな!心が痛くなるでしょうが――いえいえいえっ、とにかく、また今度ってことで、ね!」
これ以上は多方面にマズいという高度な戦略的判断から、未代はやや強引に、センパイとの会話を打ち切った。
「じゃ、そんな感じでアレがソレなんで失礼します!お疲れさまでーすっ!」
通話終了。激動の数分間であった。
案の定、寸暇もないうちに再びかかってきたので、心苦しくも素早く電源を切る。
……後で掛け直してフォローしよう、などと思いながら(たらしポイント)。
「うわ、センパイさんかわいそ」
「未代ちゃんひどーい」
「外野共が、好き勝手言いよって……!」
関係ないが故に好きにヤジを飛ばせるのは、修羅場における外野の特権である。
「とにかく今日はもう予定が埋まってるから、しょうがないの!」
それは先の通話だけでなく、目の前でいまだ駄々をこねる市子に向けた言葉でもあった。
「せんぱぁい……」
「な、泣いても無駄だぞ、それで何回騙されたコトか……!」
潤んだ瞳でこちらを見上げる後輩を、未代は心を鬼にして突き放す。
……自分が原因で泣かせてしまったことには変わりないのだから、明日の放課後にでも埋め合わせしよう、などと思いながら(たらしポイントその二)。
「う、ぐぅ……せ、先輩の……」
粘りに粘った市子だったが、泣き落としでも曲がらぬ強固な意志に、さすがに折れざるを得なくなり。
「先輩のバカー!無自覚鈍感難聴系女たらしー!今度会ったらサイドテール齧ってやるから毛先までキューティクル全開にして待ってろっすーー!!」
大声でそんなことを叫びながら、持ち前の健脚で教室を走り去っていった。
「変なこと言いながら出ていくな!!少なくとも難聴ではないわ!!」
「無自覚鈍感系女たらしは認めるのね」
「はっ!?いやちが、全部違うから!!」
「鈍感が移ったら困るから、あんまり華花ちゃんに近寄らないでねー」
「陽取さん、優しい方だと思っていましたのに……」
今度は三人だけでなくクラスメイトも、それどころか廊下で騒ぎを聞きつけた他クラスの生徒たちまで含めた、非難めいた視線が未代の胸に突き刺さる。
「や、やめろ……!そんな目で、あたしを見るなぁぁーー!!」
無自覚系らしく、難聴以外は概ね事実であることを全く自覚していない彼女であった。
次回更新は11月27日(水)を予定しています。
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