129 V-訓練は続くよ
「うぎゅぇ」
あまりにも乙女らしからぬ悲鳴と共に、ミツが地を転がる。
近頃はすっかり恒例となった、時計塔での模擬戦。
ハンが両手に握るコンバットナイフとの攻防に夢中になっていたミツに、眼下から迫る足払いに気が付く余裕などあろうはずもなく。
あっさりと転ばされた彼女へと、淡々と、しかして欠片も容赦などなく、ハンが刃先を突き立てる。
「……ほう」
シンプルに急所を狙った心臓への一突きは、けれどもギリギリで翳された『連理』の柄に引っ掛けられる形で阻まれていた。
「そう、貴女達はやはり、そうでなくては……!」
高ぶる声音の示す通り、ハンは続けざまにもう、一本のナイフを頭部へと振り下ろす。
「ぅ、くっ……!」
首を大きく捩り何とか二撃目も回避したミツだったが、続けざまの無理な体捌きのせいか、未だ一撃目を受け止めたままの左腕が、ハンの右手に押され始めていた。
「く、ぐぅぅぅっ!」
呻きを上げながら耐えるミツ。
盾代わりの『連理』は既にべったりとその胸元にまで押し返され、貫けぬのなら押しつぶしてやろうとばかりに、馬乗りのハンは圧を強めていく。そうしながらも再び掲げられた左手が、頭部への第三撃に向けて引き絞られる。
次の一撃は避けきれない。
「っ――『咆哮』!!!!」
「!!」
なればこそ、スキル――発声に伴う衝撃波――によってミツは、自身を組み敷くハンを、一瞬だけ硬直させることに成功した。そのまま右脚を大きく捻り、ハンの背中を横から思い切り蹴飛ばす。
「ぐっ……!」
堪らず体勢を崩すハン、なんとかその下から転がり出るミツ。
片膝をついて起き上がり、そのまま立って攻勢に移ろうと――
「――ぁ」
とすん、と。
投擲されたナイフが、あっさりと首に突き刺さって、ミツは声もなく絶命した。
◆ ◆ ◆
「ぐわぁぁぁ今日も負けたぁぁ~……」
今日も今日とてハンからの個別指導によってぼこぼこにされたハナとミツ。
ひとしきり戦った後は、クロノの私室で成果確認のティータイムと洒落込むのも、すっかりおなじみの流れとなっていた。
「二人とも、動き自体は段々と良くなって来ていますよ」
ミツもハナも、以前ほどあっさりとやられてしまうことはなくなり、それこそ先のような決まったと思わせてからの競り合いなどは、ここのところよく見られる光景であった。まあ、足払いや投擲といった不意打ちに対応が追い付かないのは、相変わらずのことだったが。
兎角、八周年を過ぎたあたりから始まったこのソロ戦闘訓練も、最近は少しづつ成果が表れつつある、ということだろう。
本当に、ほんの少しづつではあるが。
「良く、というか……本来のものに近づきつつある、といった感じかしらね」
「でも負けは負けだもぉぉん~……!」
ハナの膝に乗せた頭を揺らし、後頭部をぐりぐり押し付けながら、ミツが悔しそうな声を絞り出す。
ある種のハンデのようなものを負っているとはいえ、ここまで連日負けが込むのは、下手をすればドが付くレベルの初心者時代以来かもしれない。
『百合乃婦妻』としての強さの自負から来る負けず嫌いが、呻きとなってその口から漏れ出ていた。
「戦い方も癖も、よく知ってる相手っていうのがまた、ね……」
旧知の友人であり、連日戦い続けていてもなおこの体たらく。
揺れ動くミツの前髪を指先で弄くりながら、ハナもまた苦笑いが止まない。
(でもまぁ、悔しいと思えるようになった分、良いのかもしれないねぇ)
(そう、かもね)
これまではただ、一人で戦うだなんて考えられない、無理、しんどい、病むと否定的なことばかり口にしていたものだが。今では負ければ負けるほど、悔しさという名の燃料が互いの心に次々と投下されていく。
「……ま、明日もまた頑張ろう」
「うん」
無論、最終的な目標は『無限舞踏』の更なる発展なのだから、結局のところ二人で戦う為であるという点は、全くブレてはいないのだが。
……更に言うと、相も変わらず『敵を注視せずに互いを見つめ合う』戦術などという欠陥だらけの戦い方から抜け出せてはいないのだが。
「……やはりどう考えても、戦闘中の相手を注視しないというのは、無茶があると思うけれどね」
「「うぐっ」」
クロノのそばに控える大天才様からの至極真っ当な意見に、ハナとミツは、また気色の違う苦い顔をする。
「それでも、そうしないよりはマシっていうのは、一体どういう原理なんだろうか」
極めて不合理な事象に首を傾げるケイネシス。才女とはいえ戦闘に疎い彼女ですら当然と分かる程に、その戦い方はやはり、戦い方として成立していないはずなのである。
「だって、どうしても……独りで戦ってるって思うと、心細くて……」
「独りでやるしかないんなら、せめてハーちゃんのことを少しでも感じていたくって……」
その疑問に、婦婦は揃って窄まる言葉尻でもって返す。
伺える事の本質はやはり、隣に最愛の人がいない喪失感を誤魔化すための手法である、ということ。
「一人でいる事の精神的な悪影響が、視覚情報を捨てるデメリットよりもなお大きいということ、かな……」
ふぅむと唸ったケイネシスは、そのまま静かに、少しばかり考えごとに浸りだした。彼女がクロノの傘下に入ってからここまで、既に幾度か彼女の助言に助けられているハナとミツもまた、黙して大人しく彼女の言葉を待つ。
今まで自分たちが感覚的に捉えていたことを、分かりやすく論理的に、筋道立てて再認識させてくれる。
「……そうだね、では……」
婦妻やクロノ、ハンらからそう高く評価されているケイネシスは、やはり今回も、開かれたその口から新たな視点を提供してくれた。
「……いっそのこと、『一人で戦っている』という感覚を捨ててみてはどうかな?」
「「……んー?」」
ハナとミツが首を傾げ、真意を読み取らんとする間にも、ケイネシスはつらつらと自身の意見を述べていく。
「勿論ソロ訓練なのだから、実際に剣を振るうのはどちらか片方だけになるのだけれど。それを見守っている方も、ただ見ているのではなく戦場に共に立っているという意識を、二人で共有するんだよ」
意識、感覚、そういった曖昧なものの話を、けれどもケイネシスは軽んじることなく語る。むしろ、ステータス的には個々の能力値も申し分ないはずのハナとミツだからこそ、メンタル面が重要なファクターであるのだと。
「二人で共に戦う時にだって……そうだね、例えば……どちらかが矢面に立つ間に、もう片方が一歩引いて相手の出方を見る、なんて状況はあるんじゃないかな?」
「……うん。確かに、そういうことは結構あるかも」
「ことっていうか、瞬間ー?って感じだけど」
「そう。だったら一人で戦うというのも、その『瞬間』の延長でしかないと考えるんだ」
戦っている、見守っている。そんな分け隔たれた間柄ではない。
片方が剣戟の最中であっても。
その間もう片方が、ただそれを見ているだけだとしても。
どうあったって二人は、二人で戦っているのだと。
そう考えてみてはどうだろうか。
ケイネシスが言っているのは、そういうこと。
今まで二人で戦ってきたからこそ、どちらか一方だけが剣を振るうことを、『二人の戦い』として捉えることが出来ていなかった。
一人が戦い、一人が見守る。そんな身を裂かれるような事象であると、勘違いしてしまっていた。
だが、いやさしかし、事実として二人は今まで、二人で戦ってきたじゃないか。
その前提を置けばこそ、間違いなく、二人は常に、いつだって、二人で戦っているのだと。それこそが紛れもなく、たった一つの真実なのだと。
そう、自分たちに言い聞かせるという手法。
「……それって、ソロ戦闘って言えるのかなぁ?」
「それを言うならそもそも、飽きもせず見つめ合い続けている時点で、ソロ、とは言い難いと思うけれどね」
「うぐっ……まあ、そうね……」
「必要なのは意識の改革。むしろ心的な繋がりを強く意識出来てさえいれば、どれだけ離れた場所にいたって『共に戦える』はずじゃないかな?」
君たちほどのおしどり婦婦なら、なおのこと。
「「……なるほど……」」
離れていても心はひとつ、だなんてシリアスな恋愛ものなんかでよく聞くけれど。それを戦闘という場面に当てはめて心の安定を図る。
ケイネシスが言っているのはおそらく、そういうことなのだろう。
「「……」」
思い出されるのは、今はもう遥か昔のようにも感じられる、自分たちがリアルで出会う前の頃。
つい去年までは二人の関係はゲームの中だけのもので、けれども二人とも、日常生活のふとした合間にすら、互いの想いが繋がっているのだと根拠もなく確信していた。
事実それは間違いではなかったし、あの時一人でも寂しくなかったのは、それこそケイネシスの言う通り、離れていても共にいると信じていたからだろう。
その気持ちを。
四六時中一緒にいるようになって、幸せ過ぎる日々に少しばかり埋没してしまっていた想いを、今度はこの仮想のセカイに持ち込んでみようか。
戦闘中の、ほんのちょっとのあいだだけ。
「……うん。なんか、ちょっと分かってきたかも」
「その……すぐに、きっちり意識を変えるっていうのは、流石に難しいけど」
さらに先へ進むための、次なる一歩。
その糸口が、見えた気がした。
次回更新は1月13日(水)18時を予定しています。
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