125 V-八周年当日、重大発表……?
そうこうしている内にやってきた、[HELLO WORLD]サービス開始八周年記念日当日。
運良く休日だったこともあり、ハナとミツは運営からのアナウンスを心待ちに、朝からハロワに入り浸っていた。つまりいつも通りであった。
何事もなく午前中が過ぎ、昼後からインしてきた『ティーパーティー』のメンバーと合流。
そこからさらに四半日程ずれて、ヘファが顔を出す。推しの婦婦と最近面白くなってきたクランを同時に鑑賞出来てご満悦な彼女が、少し後に現れたエイトの顔を見て口の端をへの字に曲げたのは、まあ、これもいつも通りであろうか。
巧妙に隠されてきた『ティーパーティー』の現状――すなわち、フレアのたらしっぷりが突然変異を起こしていること――を遂に目の当たりにした結果、エイトが鬼の形相でキレ散らかすのも、誰が予期していた逃れ得ぬ運命というものであろう。
8人も集まればさすがに少し手狭な『ティーパーティー』の拠点で、そうやってワイワイやっている内に。
遂に、その時が来た。
<――日頃より[HELLO WORLD]をお楽しみ頂きありがとうごさいます。定刻となりましたので、これより[HELLO WORLD]運営から八周年を記念しまして、心ばかりではありますが、アナウンスを行わせて頂きます>
いつものワールドアナウンスと同様に、女性のような合成音声が流れ、運営の制御下に置かれたセカイ中のモニターには、文字に起こされた文言が無機質に表記されていく。
「始まったねー」
「ね」
果たして重大発表とやらは行われるのか。期待に胸を膨らませながら、セカイ中のプレイヤーたちが、その平坦なアナウンスに耳を傾ける。
<まず初めに、本日こうしてサービス開始より八年目を迎える事が出来たのは、ひとえにこのセカイを楽しんで下さっているプレイヤーの皆様のおかげでございます。心より、感謝の言葉を述べさせて頂きます>
お堅い物言いでの感謝の言葉、ここまでは例年通りのテンプレートのようなもので、プレイヤーサイドも各々歓声を上げて祝うに留める。
<我々[HELLO WORLD]運営はこれまで、プレイヤーの皆様に対して可能な限り事務的に接することを旨としてきました。今後もそのスタンス自体は維持していく所存ではありますが、長年のご愛顧を賜ってきたこのセカイをこれからも発展させていく為にも、プレイヤーの皆様には、我々運営をより身近な存在として感じて頂きたいと考えております>
続く言葉は、これまたまどろっこしい物言いによる、運営側からの意思表明のようなもの。
その声自身が言っているように、今まで比較的淡白なアナウンスをすることが多かったハロワ運営にしては珍しく人間味がある、というか。
長くハロワを楽しんできたプレイヤーほど、そう思ってしまう言葉であった。
<つきましては、我々[HELLO WORLD]運営に対する皆様のイメージを、『漠然とした運営組織』から『確固たる意志ある者』へと転換すべく、八周年を迎えた本日より、運営の意思表明を代行するキャラクターを公表致します>
「……意思表明を代行するキャラクター……どういうことすか?」
「……看板キャラ、的な?」
「マスコットキャラクター、ということでしょうか?」
「つまり運営組織の擬人化ってことね☆」
持って回った言い草に、首を傾げる『ティーパーティー』ら。
毎年の周年記念アナウンスを聞いてきたエイトとヘファも、何とも言えない不思議そうな顔をしている。
「また妙なことを考えたものですね……」
「悪くはないけど、なんで今更って感じ」
ただ無機質な声でアナウンスをするに留まっていた運営が、明確なキャラクターとして今後プレイヤー側と関わっていく。アバターだろうが何だろうが『顔』が見えるようになればその分、親近感や信頼感も沸きやすくはなるだろうが。
「周年記念で発表するような事かっていうと、うーん……」
「よく分かんないねぇ……」
ゲーム運営において、有効ではあれども同時にありきたりでもあるマスコットキャラの起用。それは、八周年記念当日まで勿体ぶっていた重大発表とやらにしては、どうにも肩透かし感は否めないものであった。
<長々としたお話になってしまいましたが、それではこれより、当運営アナウンスの権限を、件のキャラクターへとバトンタッチさせて頂きます>
不満というほどではないが、今一つプレイヤー側の盛り上がりに欠けたまま、合成音声の最後の役目が果たされ、同時に、字幕が映し出されていたモニターが暗転する。
<――あー、あー、聞こえていますか?>
そうして、一瞬の静寂を置いて再びセカイに姿を現す[HELLO WORLD]運営。
<わぁっ、映ってるっ!――よしっ!初めまして、プレイヤーの皆様方!わたし、本日より[HELLO WORLD]運営アナウンスを仰せつかりました、シンと申します!これから末永く、よろしくお願いいたしますねっ!>
モニター、ホログラム、ゲーム内のあらゆる映像媒体に映った彼女は、まるで天使の姿で、天使のような声音をしていた。
「おー、可愛い」
率直な感想を漏らすフレアの言葉通り、シンと名乗った少女は、非常に可愛らしいアバターをしている。
年の頃は十代も始め辺りだろうか。白磁の肌、前髪ぱっつんな白金ショートボブと同色の目、その毛髪と瞳にはどちらも、天使の輪とでも呼べるような純な輝きが浮かんでいる。
淡い灰色のワンピースの上から白いカーディガンと、装いまでもが天の御使いのような清廉さ。
「また、えらく出来の良いアバターね」
感心したように言うヘファの言葉通り、白くシンプルながらもその少女――シンの外観は、極めて精緻かつ見事なバランスで形作られていた。
キャラメイクの精巧さなど今更言うまでもないこのハロワのセカイにおいても、純粋な造形美という点では相当な完成度を誇るシンの姿は、成程確かに、運営の意思を代弁するキャラクターとして非常に好ましいものと言えるだろう。
「しかしこの雰囲気……どこか天人種に近いものを感じますね」
エイトが、ヘファの後に続いて呟く。
自身の記憶との微妙な相違に首を傾げながら、ではあったが。
「え、天人種って、なんかめっちゃ珍しいって噂のあれっすか?」
聞いたことくらいはある種族。リンカを始め『ティーパーティー』の面々にとって、その言葉はほとんど噂の域を出ないものであった。
ごく一部の希少種モンスターが属する天人種は、その名の通り天使をモチーフとした種族なのだが。廃人たるエイトですら過去に数回遭遇した程度の、[HELLO WORLD]全体で見てもそもそもの個体数が非常に少ないレアモンスターであった。
「ええ。とはいえ以前見た個体は翼とリングが付いていましたし、そもそも造形自体がもっとモンスター然としてはいましたが」
人型とは言えモンスターはモンスター、モニターに映る少女のような、人間そのもののような姿形ではなかったはず。
だがしかし、どうにも雰囲気が似ているような気が、しないでもない。
「ふむ……」
首を傾げるエイト同様、今この時にもセカイ中では、特に長期プレイヤーを中心としてシンなる少女の天人種(或いはその近縁種)説、更にはそこから飛躍してかの希少種のプレイアブル化説等々、中々の盛り上がりを見せていた。
<実は結構前から準備を進めてはいたのですが、今日遂に、こうやって皆様の前に姿を現すことができましたっ!不束者ですが、これからどうぞ、よろしくお願いいたしますねっ!……あれ、これさっきも言いましたっけ?>
「よく分かんないけど、兎に角マスコットとしてめちゃ良い感じではあるわね☆」
「ええ。朗らかで、可愛らしくて、今までのアナウンスよりも親しみやすい気がしますね」
何故八周年のこのタイミングで?という疑問が残りつつではあったが。とにかくその見た目が良いことと、明るくフレンドリーな性格でもって、シンという少女の登場は、プレイヤーたちにとって素直に歓声を上げるに十分なイベントであった。
「「…………」」
衝撃に、あんぐりと口を開けている百合乃婦妻を除いては。
(――シ、シンちゃん、何してるのぉ!?)
(しばらく連絡がないと思ったら、がっつり運営側に付いてたのね……)
エイトが口にした、天人種に近いという言葉に、婦婦は内心で揃えて首を振る。
近い、どころではない。
彼女は、シンは、正真正銘の天人種なのだから。
(この感じだと、多分アイザさんも……)
(どうりで、メッセージ送っても返ってこないはずだよぉ……)
音信不通がデフォルトであった旧知の友人たち、その一人の姿をまさかこんなタイミングで見かけることになろうとは。
そんな驚きと混乱で言葉も出ない二人へと、まるで見計らったかのように、一通のメッセージが届いた。
<親愛なる百合乃婦妻様
セカイも真冬を通り過ぎた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。さて、恐らくお二人は今、我が愛娘の晴れ姿をご覧になり、大層驚いていることかと存じます。つきましては、可能な限りではありますがこちらの現状をお伝えすべく、お二人を我が『隔離実験区域02』へご招待したいと考えております。ご婦婦揃って都合の良い日など、ご連絡頂けますと幸いです。久しぶりに顔を合わせられることを楽しみにしております。
アイジア・アウス・シミュラ>
「「…………」」
<わたし、これからたくさん、皆さんと仲良くしていきたいですっ!どうぞ、よろしくお願いいたしますっ!……これ、もしかして三回目ですか?……えへっ>
可愛らしくウィンクするシンの眼差しは、間違いなく自分たちを捉えている。
モニター越しであれど、そのことを確信するハナとミツであった。
次回更新は12月23日(水)18時を予定しています。
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