124 V-見えた気がした
「――遅いっ!」
「うぐっ……!」
心臓へと深々と突き立てられた無骨なナイフが、朽ちてなお動いていたミツのHPを違わず奪う。
直前に振りかざされていた左の拳は虚しく空を切り、終ぞまともに触れることすら適わなかった紺色のスーツの端が、少しだけふわりと揺れた。
その向こう、歪む視界の先に、既に敗北を喫していたハナの顔を捉えながらも、力を失ったその身体はなす術もなく崩れ落ちていく。
「む、無念ぅー……」
嫌に芝居がかった言葉と共に、ミツのHPはそのまま全損。
手を下したスーツ姿の女性――ハンは、勝利の喜びなどよりもよほど大きな困惑を抱えながら、コンバットナイフを懐へとしまい込んだ。
「……あまり、素直には喜べませんね……」
そんな、『時計塔周辺街』は訓練場での、一幕。
◆ ◆ ◆
「貴女達が敗北する姿なんていうのも、中々貴重ではあるわね」
「「うっ……」」
単独戦闘の練習相手になって欲しい。
おもむろに訪ねてきてはそう頼み、そのまま立て続けにぼっこぼこにされた友人婦婦へと、小さな暴君の言葉がぐさりと刺さる。
白衣メイドなケイネシスが淹れた紅茶を手に項垂れる二人の、力強い姿を知っているからこそ、クロノは言わずにいられない。口の端から小さく覗く常以上に鋭い犬歯が、今の彼女が吸血鬼であることを物語っていた。
「本当に、デバフでもかかっているかのようになるのですね」
『百合乃婦妻』とではなく、ハナ、ミツそれぞれと1on1で戦ったハン。
連戦をものともせず2タテした彼女も思わず、驚きを通り越して心配すら含んだ声を漏らしてしまう。
速さ、重さ、精密さ、どれを取っても普段のそれとは程遠い二人の立ち回り。全身に重りでもつけているのか、はたまた彼女らだけ重力が二倍三倍にでもなっているのか。そう思わずにはいられないほどに、一人で戦うハナとミツは、弱々しく鈍重であった。
「面目ない……」
フレアやノーラ辺りの、そこそこやれる方のカジュアル勢相手であれば何とかまかり通った、敵を注視せず互いに見つめ合うという戦術も、ハンほどのヘビーユーザーを前にしては通用しない。多大な代償を払って得られる気休め程度の精神的安寧では、無慈悲に迫り来る無数のコンバットナイフを捌ききることなど、到底出来はしなかった。
……因みに件の『ティーパーティー』御一行様は、ぎこちなくいちゃつきながらどこぞの掃討戦にでも向かって行ったのだが。事情を聴きつけ嬉々としてストーキングに赴いたヘファが、ハナとミツに代わる今日のお目付け役となっている。
というのは、まあ、余談であろうか。
「……本来の力を発揮出来れば、少なくともこうも一方的な戦いにはならないと思うのですが……」
婦婦が戦っている時の動き、経験、ステータス、それらを加味すれば、たとえ一対一の戦いであっても自身と対等に渡り合えるくらいの能力はあるはず。
相手が幼女でなければ冷静かつ真っ当な判断を下せるハンは、だからこそ、二人の理想値と実際の姿にギャップを感じずにはいられない。
それほどまでにこの二人は、互いが隣にいることが当たり前になっているのかと。
「だと、良いんだけどねぇー……」
弱々しく、殊更に目尻を下げるミツ。
前途は多難と分かっていて、しかし二人は此度、ハンという強敵を相手に訓練をすると決意した。
「で、急に妙なことを言いだした理由、そろそろ聞いても良いかしら?」
そんなハナとミツの真意を、クロノが問う。
「この間の再討伐戦で、私が『獣化』を使ったんだけど」
「その時、なんていうのかなぁ……」
先の『教皇』らとの戦いの最中、ハナとミツのステータスには、ゾンビ化と獣化によって少なくない差異が生じていた。それに加えて言語コミュニケーションの禁止もあり、二人の立ち回りは完全にばらばらに。
けれども。だというのに。
あの瞬間、まるで足並みを合わせている時と同じような、しかしどこか新しい高揚感と一体感に、二人は揃って浸っていた。
例えそれが、ゾンビ化による意思伝達能力を加味した、補助輪付きなものだったとしても。
それでも、垣間見えた気がした。
これまでの延長線上にあって、これまでとはまた一味違った、二人の新しい戦い方が。
見えてしまえば、欲しくなる。
二人はそういう性分なのだから。
「ばらばらな動きが、ばらばらなのに噛み合ってたっていうか」
「今までとはちょっと違うけど、これはこれで面白い戦いだったっていうかー」
新たな高揚感の肝は獣化でもゾンビ化でもなく、それらによって乱れたはずのリズムが、どうしてか新鮮で心地良いものだった点にある。二人は揃って、そんな風に考えていて。
「要するになんか良い感じだったから、戦術に組み込めないかなって」
「そういう話ー」
「成程ね」
周年イベント中のお遊びで終わらせるには勿体ない手応えを感じたからこそ、スキルの影響に拠らず、敢えて足並みを乱す術を身に付けたくなった。
その下地としてまず、個々人での動きをより向上させるべきではなかろうか。
学業の為という嫌々ながらの理由から、新しい戦術の模索という自身らの内より湧き出る欲求へ。
転化した個人戦闘への意識が、より大きな壁を求めて、二人の脚をこの時計塔へと運ばせた。
例によって新戦術という言葉が大好きなクロノが、友人婦婦の頼みを断るはずもなく。
「――アシンメトリーな調和、と言ったところかしらね」
異なるスタイルのプレイヤーが協力して戦うだなんて、さして珍しい話でもない。
雑把に言うなら、前衛後衛で別れたバディ。或いは近接職同士でも、タンクと遊撃に役割を振り分けたり。
そんなことは、多くのプレイヤーが実践している基本戦術のうちの一つ。
ドヤ顔で宣うクロノの言葉は、当たり前なことを格好付けて言っているだけ。
しかしそれを、ハナとミツが行ったら。
同系統のステータスを有し、完璧な同調すら可能な『百合乃婦妻』が、その技量そのままに、意図的にリズムを崩す術をも体得したら。
いかに多彩な戦術が見られるのだろう。
どれほどに美しい舞踏が繰り広げられるのだろう。
その未来を乳白色の左目に幻視したからこそ、クロノは協力を惜しまない。
戦友婦婦が何度も地を転がるさまを見せつけられようとも、その先にある更なる強さの礎となれるのなら。
秘書でも何でも、気の済むまで相手をさせてやろう。
……例えこの変態が、見返りに何やら妙なことを望んでいようとも。
「……ところで、結局戦ってる間は分からなかったんだけど。ハンさんて何のコスプレしてるのー?」
服装も含めて、外見は普段と全く変わらないハン。ミツの問いに彼女が首を大きく振れば、その頭部が丸ごと、ごとりと外れて落ちていき。
「デュラハンです」
床を転がるハンの顔面は、寸分違わぬ精密さでもって、クロノの足元で停止した。
「……そこから見上げても、広がるのは闇だけよ」
「暗闇の中にこそ真理は潜んでいるものなのです。我が主」
黒塗りで潰されたクロノのスカートの中を、それでも見通してみせんと情熱を注ぐハンの目付きは、控えめに言って犯罪者のそれであった。
「因みにワタシは、何やら首の長いヨウカイとやらだよ」
同じく、外見と主へのぎらついた眼差しだけは変わらないケイネシスが、言葉通り首を長く伸ばし、ハンに続いてクロノの深淵を探求しだす。
「……最初の頃は、貴女はもう少しまともだと思っていたのだけれどね……」
「何を言うんだいマスター。これは知的好奇心に基づいた、極めて真っ当な行為だとは思わないかな?」
痴的好奇心の間違いじゃないかと思わずにはいられない、従者共の愚行。
「す、凄いねぇ……その、ブレなさとかが……」
「これが首ったけってやつ、なのかしらね……」
それらを野放しにして、婦婦に憐憫の目で見られることになろうとも。
クロノは協力を惜しまない。
「……はぁ……」
惜しまないったら惜しまないのだ。
次回更新は12月19日(土)18時を予定しています。
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