122 V-亡者の再顕 再戦の行方は
群体系モンスター等に見られる、上位個体から下位個体へと連なる命令系統。
プレイヤー間におけるそれに強制力はないものの、それでも親個体の意思は、軽度の誘導性を帯びたまま子個体へと伝達される。
例え、大雑把な思考を示すに過ぎない繋がりであったとしても、ハナとミツにとってはそれで十二分以上。
好き勝手に暴れているように見えて、ハナの頭の中には常にミツの意思が介在しており。俊敏性において水をあけられたミツは、故にこそ一手遅れた視点から、自身らの動きをコントロール出来る。
細かなところまでは伝えられない。
先の魔術への対応だって、『教皇』がそれらしいモーションを取っていた為に、咄嗟に後退の意思を示しただけ。
いかな[HELLO WORLD]と言えども、完全な思考共有などそう簡単に許しはしない。
「いこっ、ハーちゃん」
それで結構。
ミツとハナにとってはそれだけで、言葉を封じられようとも息を合わせられる。
「ふにゃぁ」
歩幅はばらばら。
今まで意識して揃えてきたステータス値も、ゾンビ化と獣化の混在によって少なからず相違が出てしまっている。
「ここらで、畳みかけちゃおー」
「にゃぁっ」
けれども積み重ねてきた時間が、その凸凹を、美しいパズルのようにぱちりとはめ合わせる。
「――シャァッ!!」
三度の突撃。
またもや待ち構える、しかして先ほどよりも明らかに疲弊し焦りを見せる『教皇』と『聖女』の鼻の先に辿り着くまで、ほんの数秒程度。
「――――!!」
やはり『教皇』を狙って繰り出される直情的な攻撃を、前に出た『聖女』が迎え撃つ。
受け止めることはせず、錫杖でいなし、身を捩らせて躱し、時折『教皇』と入れ替わって身を守り合う。確かにこの戦法は、下手に反撃に固執しない分、被ダメージ自体は抑えられていた。
けれども、『教皇』らが防戦に傾いてしまうということは、元より攻めに優れる婦婦を、ますますもって勢いづかせてしまうということ。
「――フゥゥ……!」
『聖女』の腹部へ爪撃を繰り出そうと、ハナが上半身を沈める。同時、後ろに隠れていたミツがその背を踏み台に跳び、上から拳を振り下ろした。
「えーいっ」
ほわっとした声からはかけ離れた威力の左腕が狙うは勿論、『聖女』の頭蓋。
「――、――……!!」
身を捩って頭部陥没は凌いだものの、代わりにその左肩がばきぼきと音を立てて砕け散る。
取り落とした錫杖が地面に付くよりも早く、ハナの鋭過ぎるボディブローが肋骨ごと背骨を盛大にへし折り――
「――――――――!!!!」
怒りに叫ぶ『教皇』の両腕が、崩れ落ちる『聖女』の、骨の隙間から飛び出してきた。
「わぁ!?」
未だ宙に浮いたままのミツの両脚を鷲掴みにした『教皇』は、意趣返しとばかりにその左右の足首を握り潰さんと力を籠める。そうしながらも腕を振り下ろして、鈍痛に顔を顰めるミツを地面に叩きつけた。
「――フシャァァァッッ!!!」
「――――?」
つもりだった。
『教皇』が気が付いた時には既に、彼の両手首は腕から完全に分離していた。
握り砕いたとも、爪で切り裂いたともつかないぐちゃぐちゃの断面からは、骨の破片がぽろぽろと崩れ落ちていて。
「おっと」
茫然と自身の両腕を眺めていた――実際には、数秒にも満たない僅かな暇だったのだが――『教皇』が、聞こえてきた声に顔を上げる。
「ありがとぉ」
「にゃあ」
そこには、四つん這いになったハナの背にゆるりと腰を下ろした、ミツの姿が。
「とどめだー」
既に引き絞られていた左の拳を座したまま勢い良く突き出せば、違わず届いたその一撃が、『教皇』の顔面を粉砕し。
「――、――……」
ここでようやく、砕けた『聖女』も揃って、二体は地に倒れ伏した。
◆ ◆ ◆
「いやぁ、また勝っちゃったぁ」
「にゃあ」
首領が倒れたことで統率を失ったのか、或いは何らかのバフが消えたのか、渓谷に湧き出ていたアンデッドたちは、程なくしてその全てが討伐された。
帰路に就くプレイヤーたちの中ほどでドヤ顔を見せるミツと、その左腕にしがみつき頬を擦り寄せるハナの姿に、いがみ合っていたエイトとヘファの頬も思わず緩んでしまう。
「にゃぁ~」
「わぁ、くすぐったいよぉー」
未だ続く獣化によってにゃあしか言えないハナだが、にしたって猫になり過ぎなその様相。あくまで言語によるコミュニケーション手段が失われただけであって、実際には理性知性人間性そのどれもが健在なはずなのだが。
「にゃぁあぁぁ♪」
「おぉーよーしよしよしよし~♪」
完全なるネコ……もとい猫。
普段の(少なくとも上辺だけは)クールぶった諸々など一切合切が消え去り、尻尾は上機嫌にゆらゆらと揺らめいている。
いつだか街中でいちゃつき散らかしていた際の、猫人間だからという言い訳のさらに一段階上、『獣化』中だからという完全無欠最強無敵理論によって、ハナの脳髄から自重という概念は消滅していた。
だって猫だし。
しかも感染源と感染者なんだし。
撫でられれば撫でられるほど、甘えたくなっちゃうのも、仕方ないことだし。
『獣化』中だから理性消えてるんですー(消えていない)。
下位個体は上位個体には逆らえないんですー(逆らえる)。
そんな言い訳の言葉を溶け落ちた脳髄の海に揺蕩わせながら、蕩けきった笑顔と鳴き声でミツにぴたりとくっ付くハナ。
向けられる方のミツだって、そんなもの耐えられるはずもない。
「ハーちゃ~んは~可愛~いねぇぇぇぇ~~~♡♡♡」
常以上に緩みまくった言葉と、無限に上がり続ける口角。
猫コスなんて定番中の定番であり、定番中の定番ということはつまり王道の中の王道であり、王道の中の王道とはすなわちベストオブベストなのである。
嫁の猫耳をくすぐりながらそのことを再認識したミツは、既に現実世界でも猫耳を取り寄せる算段を立て始めていた。
最近どうにも、ハロワでぐっと来た要素があれば、すぐ現実にまで持ち込もうとしてしまっている気がする。
直近だと噛み付きプレイとか。
そんな自身の節操のなさに自分で呆れながら、だけどハーちゃんだって乗り気だしなぁと、誰にともない言い訳。
結局、耳の付け根を愛でられ蕩けるハナの瞳を見てしまえば、にゃあにゃあと節操なく自分を求める声を聞いてしまえば、ミツに自重や我慢なんてことが出来るはずがないのだ。
仮想の睦み合いと現実での秘め事がぐるぐると渦を巻き、二人の間を際限なく循環し。
その結果として生まれた熱量が、婦妻を目の当たりにした人たちに、激甘いちゃらぶ空間として認識される。
「眼福だわ……」
「ええ……」
それこそ、婦妻と合流するまで口汚く罵り合っていたはずのヘファとエイトすらもが、そのささくれだった心を癒され和解するほどに。
「これは是非とも、是非とも布教しなければ……」
「はぁ……?自分の網膜だけに焼き付けるに決まってるでしょうが……」
訂正、瞬く間に火種が生まれた。
「……」
「……」
「にゃぁあぁぁ~」
「ほわぁぁあよぉしよぉし~」
「……」
「……」
「……永久保存版、という形でどうでしょうか……」
「……まあ、今回はそれで許してあげるわ……」
ところがどっこい、それすらも鎮火してしまうのだから恐ろしい。
最早自分たちがどんな会話をしているのかすら碌に認識出来ないまま、犬猿の二人は帰路の間中、一秒たりとも推し婦婦から目を離すことはなかった。
恐ろしいほどの破壊力。
恐ろしいほどのバカ婦婦。
『教皇』らとの再戦に勝利してしまうのも、当然のことだと言えよう。
……いうほど言えようか……?
次回更新は12月12日(土)18時を予定しています。
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