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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
秋 百合乃婦妻とお祭り騒ぎ
120/326

120 V-亡者の再顕 再会は拳で祝おう


 今回の再討伐戦、ハナとミツは声を揃えて、自分たちが『教皇』『聖女』と直接戦うことを希望していた。

 実力、地形の都合、前回討伐及びリスポーン個体発見の功績などから、それに異論を唱えるプレイヤーもおらず。


 谷底の細道に至り、不死の軍勢とコスプレ集団(プレイヤーたち)の長く伸びた戦闘域の最奥で二組四人は既に、珍妙なVS系B級ホラーアクションめいた攻防を繰り広げていた。


「っ!」


「――――!」


 久方ぶりに顔を合わせたというのに、時節の挨拶も碌すっぽせず。言葉の代わりに交わされるのは、青ざめた拳と朽ちかけた錫杖。


 不可視超常の力を発揮する『霊石』は今、一度敗れた『聖女』の額からミツの首元へと渡ってこそいるものの、しかしゾンビとしての特性故に、彼女もまた大半のスキルは使用不可となっている。


 そうなれば必然、今日この日の二組の再戦は、よりシンプルな暴力のぶつけ合いにならざるを得なかった。


「――、――!!」


 『聖女』のエンチャントは『教皇』の、いや、それだけでなく、彼女自身の身体能力をも大幅に向上させている。不可視のナニカという強固な防御能力を失った代わりに、そこに割かれていたリソースは今、『聖女』自身の戦闘参加という形で活かされていた。

 或いはそれは、先の戦いでの仇敵の戦闘スタイルを模倣してのことか。


 兎角、揃いの錫杖を構え肩を並べる『教皇』と『聖女』。


 対するハナとミツは、いつもの婦婦剣すら持たずに、ただその拳でもって迎え撃つ。

 モンスターとしては、アンデッド種の中でも最も原始的な行動パターンで知られるゾンビ。当然のことながら各武器種の適性は軒並み低く、その代わりに、高いSTR値とノックバック耐性及び『痛覚反映(フィードバック)』鈍化という、インファイトに優れた死体(にくたい)を有する二人は、既に拳で語り合うステゴロ戦術に順応している。


 当人たちの元々のステータスのおかげか、ゾンビ系にしてはAGI値も高い水準をキープしていた婦婦の打撃は、まさしく速く重い剛拳の嵐。


「おらぁー!」


「――、――!!」


 緩やかな荒々しさを叫びに乗せながら、ミツが左の拳を振るう。馬鹿正直に『教皇』の頭蓋(急所)を狙うその一撃は速かれども見え透いていて、割って入った『聖女』の錫杖の先で、あっさりと受け流されてしまう。

 しかし、たたらを踏むミツの腹部に迫る『教皇』の反撃もまた、踏み抜かんばかりのハナの脚撃によって、地へと叩きつけられた。


「はぁっ!」


 そのまま足を踏みしめ、繰り出した右手の裏拳。

 踏みしめてしまったが故に、左脚を乗せていた錫杖を無理やりに持ち上げられてしまえば、狙いは逸れて『教皇』の肩を掠めるに留まる。


「――――!」


「おりゃっ!!」


 お返しとばかりの『聖女』のローキックに、ミツは臆せず自分の左脚をぶつけに行って。鈍い音と共に、四人の動きが一斉に止まった。


 特殊能力など一切付随していない四肢と錫杖が交差する超至近戦。

 その中にあっては、硬直もまたほんの一瞬。


 息つく間もなく繰り出されたハナのボディーブローが、元より息などしていない『教皇』の肋骨を一本へし折った。

 背骨ごと右半分全部を折ってやろうという目論見の外れたハナの舌打ちよりも先に、錫杖を離した『教皇』の右手が彼女の顔面へと迫る。


 慌てて後ろに跳び退るハナのゾンビらしからぬ身体能力は、彼女が正しくは猫人間(ワーキャット)であったからだろうか。


「おっとぉ」


 一拍遅れてミツもバックステップ。

 直後には、彼女がいた場所に錫杖が二本、突き出されていて。

 一瞬とはいえ援護の見込めない状況では、その後退も致し方ないことだろう。


「――ッ――――!!」


「――――!!」


 ここを攻め時と見てか、『教皇』たちは勢いのままに踏み込んでいく。

 声なき声を揃えて錫杖を振るうその姿は、前回のスタンピード時よりもよほど活き活きとして見えた。


「ちょ、あぶなっ」


 ただでさえ青い顔をさらに青ざめながら、執拗に自身だけを狙ってくる長物の先を躱すハナ。ミツも的確に横やりを入れ、致命足り得る軌道は反らせてはいるものの……エンチャントによって大幅に強化された二振りの錫杖は、ハナの身体に少しずつ、浅い傷を刻んでいく。


「このぉー!」


 より動物めいた俊敏性に勝るハナを疲弊させ、攻めの手を削ごうという『教皇』らの目論見に、彼女の感染源たるミツが怒りを覚えないはずもない。

 純粋種であるが故のゾンビ性の強さ――つまり、よりノックバックに強いという点――に任せて、無理やりにハナの前に割って入る。


 打撃も刺突も混じった幾重もの攻撃を身一つで受けHPを減らしながらも、そのうちの一本、『聖女』の持つ錫杖を掴み取ることに成功した。


「――――!?」


 膂力に任せて『聖女』を右側へと振り回し、同時に、ミツの背中から飛び出したハナが拳を振るう。ローブに覆われた『聖女』の胸骨を割り砕く――寸前で、無理やりに差し込まれた『教皇』の錫杖に阻まれた。


「はっ……!」


「――――!!!」


 ばきぃっという小気味の良い音と共に錫杖が中ほどからへし折られ、けれどもその持ち主はカタカタと笑う。

 まるで、そうでなくては面白くないとでも言わんばかりに。


 二本の短杖とかした折れた錫杖を両手に持ち、軽く振って具合を確かめる『教皇』。


「ふぅ……」


 その僅かな(いとま)に、ミツとハナは素早く周囲の様子を確認する。

 こちらに近づいてきている敵は、或いは味方はいないか。

 周辺全体の戦況は如何ほどか。


「「あっ」」


 そうして巡らせた瞳の先、丁度二人の視線が重なった地点には、ローブを翻し駆ける亡霊の姿があった。




 ◆ ◆ ◆




「――ちょっと、何やってんのよ!」


 先の偵察の時とよく似た、けれども心情の180度異なる声と共に、満身創痍で膝をついていたプレイヤーの前へと飛び出すヘファ。

 今まさに止めを刺さんとしていたスケルトンたちが、眼前に現れた半透明な彼女をロックオンした。


 霊魂(レイス)は隠密能力には優れているものの、そのままだと戦闘面では心もとない。

 アンデッド(同種)としてそのことを知っていたスケルトンたちは、無謀な横やりを入れた無粋者を袋叩きにしようと、脇に逃げるヘファを追いかける。


「ほら、こっちよ!」


 幾分か馴染んできた滑るような身のこなしで、骸骨共を瀕死のプレイヤーから引き離すヘファ。咄嗟にタゲ取りをして、けれども自分では倒せないそのモンスターたちを。



「ほら、喜びなさい宗教家!入団希望者よ!!」



 偶々目に入ったいけ好かない修道女へと、一切の遠慮もなく押し付けていく。


「はぁ?急に出てきて何を――チッ」


 ちょうど目の前の一群をすりつぶし終えたばかりのエイトが、耳障りな叫びに振り向くと同時、彼女の横をヘファがすり抜けて行く。その背後から追い縋る数体の白骨死体を見たエイトは、口をへの字に歪め、あまりお上品とは言えない舌打ちを漏らした。


 ほとんどMPKにも近いようなヘファの暴挙に、縫い目だらけのその顔も不機嫌一色に染まる。


「うちは駆け込み寺ではないんですけどねェ!!!」


 後方へと逃げ去った馬鹿女への罵倒を叫びながら、既に振りかざされていたスケルトンたちの拳をその身で受けるエイト。

 STR値とVIT値に全振りされた彼女の今のステータスをもってすれば、その程度の攻撃など僅かなノックバックすら起こりはしない。


「教導ッ、救済ッ、信仰ォッ!!」


 臆せず反撃、激情のままによく分からない言葉を吐きながら、神器『1/1スケール百合乃婦妻像』でアンデッドを地に還していく。


「うわぁ……やっぱヤバいわね、あの女……」


 一体一体丁寧に骨を割り砕き、手ずから骨粉を生み出していく職人の拘りに、安全な物陰から観察していたヘファは引き気味な声を漏らしていた。




 ◆ ◆ ◆




「あの二人は、もう……」


「仲が悪いんだか良いんだかー……」


 ヘファとエイトの一幕を垣間見た婦婦が、嬉しそうな苦笑いをこぼす。


 基本的には水と油、犬と猿な二人であるはずなのに、ごくまれに奇跡的な噛み合いを見せるのだから、人間関係というのは分からないものだ。

 エイトが生み出し、ヘファが打った婦婦剣を思い起こしながら、歩調の合わない友人たちの姿に感化され、ミツとハナもひとつ、互いに提案をしてみる。


「ねぇハーちゃん」


「ん。私も、ちょっと考えてた」


 折角のこの仮装(コスプレ)、楽しめる分だけ楽しむのが、祭りの作法というものだろうから。


 そうして、犬歯が覗くほどに獣めいた笑みを浮かべながら、ハナは宣言する。

 それは、彼女に僅か残った理性を捨て、揃えられた婦妻のステータス(足並み)を乱す一歩。



「――『獣化(ビーストアウト)』!!」



 ハナの、猫人間(ワーキャット)としての権能。


 次回更新は12月5日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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