119 V-二度目の討伐、その道中で
未代による麗、市子、卯月への無自覚再攻略が始まったのと、ほとんど時を同じくして。
アンデッド巣喰う渓谷の再攻略もまた、『教皇』らがリスポーンしてから、そう間を置かずに行われることとなった。
そもそも元がスタンピード、放っておけば彼の配下たちが渓谷から溢れ出て、『アカデメイア』の至近にまで至る可能性は十二分にある。その点への考慮、また、周年イベントのお祭り騒ぎによって常以上にプレイヤーたちの熱量が高まっていることも相まって、攻略隊の再編から作戦決行までが迅速に行われ。
「まだ、この密林までは出てきてないみたいだねぇ」
「ね。早いうちに攻めに行けて良かったわ」
今まさに、集められたプレイヤーたちが渓谷へと向かっている最中であった。
「未代たち、やっぱ今回は不参加みたいね」
「まあ、正直あれはねぇー……」
伸びる行軍の最前列で歩を進める華花と蜜実。
その脳裏に過るのは、先に待つ『教皇』ではなく、今この場にいない友人たちの顔であった。
「ちょっとの間は、戦闘とかそれどころじゃないかもねぇ」
「みんなしてテーブルに突っ伏してたし」
アドバイスを経てとんでもない口撃力を得てしまった未代を前に、『ティーパーティー』の面々が揃って撃沈していたのは、二人の記憶に新しい。
「……いや、にしても「曲線美が素敵な肋骨ですね」って何なのかしら……」
「あれで喜んじゃうスケちゃんさんも、スケちゃんさんだよねぇ……」
友人の意味不明な誉め言葉に呆れを口にする二人だが……その実、内心でハナは(でも蜜実の指の骨は多分無限に舐められるけど)とか思っているし、ミツは(華花ちゃんの背骨もすらっと伸びてて撫で甲斐があるけどねぇ)などと考えている。
行軍中であるため、顔には出すことはなかったが。
「面白いことになってるみたいね、『ティーパーティー』とやらも」
素知らぬ顔でアブノーマルなことを考える婦婦の右隣、心中などつゆ知らず、ローブを纏った半透明なヘファが二人へと声をかける。
前回、無様に担がれながら逃げ帰った彼女が、何故再び婦妻と共に谷の底へと向かっているのか。
その理由はただ一つ……というか何故も何も、先のストーキングから変わらず、彼女の目的は一貫して友人婦婦の観察ただその一点にある。
同種には視認されてしまうという欠点はあれども、混戦の最中は敵から狙われにくいという特性もあることだし、大人数で出張る今回は良い感じにヘイトを他人に擦り付けられるだろうと、ヘファは今一度、谷底へ同行することに決めたのであった。
情けない悲鳴を上げていたことなどとっくに忘却の彼方、向かう途中の密林でハナとミツと雑談に興じるほどに、彼女は余裕をかましていた。
「まぁねぇ……ヘファちゃんは、ノーラちゃんとフレアちゃんとしか、会ったことなかったよねー?」
「今度、皆と顔合わせてみる?」
「是非お願い」
面白そうな匂いを感じ取ったヘファに、その申し出を断る理由などないだろう。
……なお言うまでもないことだが、呑気な世間話に花を咲かせる彼女に、戦闘に参加する気などは一切ない。そんな心構えでは、他のプレイヤーから反感の一つや二つくらい買いそうなものなのだが。
「あの『偏屈鍛冶女神』が前線に出てくるなんてな……」
「ここで目に留まれば、あたしも何か作って貰えるかも……!」
技量と偏屈さでもって有名な生産職であるが故にか、むしろその場では、彼女の同行を喜ぶ声の方が多く上がっていた
「……足手纏いは、戦場に出てきて欲しくないのですが」
一人、彼女を根っから疎んでいる修道服の女性を覗いては。
「悪かったわね」
ハナとミツの左隣、反対側でぼそりと呟かれたエイトの言葉を、ヘファは悪びれもせずに鼻で笑う。
前回同様、ハナとミツに助力をと馳せ参じたエイトの瞳には、冷やかしのように付いて歩くヘファの姿は、目障りなことこの上なく映っていた。
「言っても分からぬ愚か者が……精々、今回は一人で逃げ回っていてくださいね。くれぐれも、女神様方のお手を煩わせることのないよう」
「……分かってるわよ」
「うん、わたしたちも今回は、サポートしてあげられないと思うからー」
「討伐、っていうか、再戦第一で動くつもりだし」
「了解。出来るだけ隅っこで縮こまってるわ」
情けない……と小さく零すエイトだがしかし、今日のところは、嫌味はこの辺りにしておく。何せ今、このいけ好かない鍛冶師などよりもよっぽど重要な案件が浮上しているのだから。
「……それにしても『ティーパーティー』の現状が、かように悍ましいものとなっていようとは……」
「おぞましいって……」
苦笑するハナとミツからしたら、そんな表現をするほどかと思わずにはいられない。けれどもエイトにとっては、まさしく冒涜的でこの世ならざる恐ろしいナニカと同義なのである。
ハーレム、などと言う言葉は。
「あの女騎士には、今一度、神の威光と裁きというものを見せて差し上げる必要がありそうですね」
それはあくまでエイトが信奉する女神像の威光であって、ハナとミツの意向ではないのだが。
濁った瞳で虚空を見やる固定カプ狂信者には、そんなこと理解出来ようはずもない。
「別に良いじゃない、仲良さそうで」
「……あァ?」
それどころか、対岸から聞こえてきた信じがたい言葉に、ますますその目を鋭くすぼませる始末。
「……常々碌な女ではないと思っていましたが、遂にそこまで落ちましたか……まさかハーレムを肯定するなどとは……」
火に油を注がれた形のエイトは、今度こそ失望の眼差しでもってヘファを見やる。
気に食わないが、恋愛模様に関しては正常な感性を持っていると信じていたのに。それすらまともではないダメ女なのか。
そんな侮蔑の意をありありと乗せた胡乱な眼差しに、されどもヘファは胸を張って返す。自身の中に確固としてある価値観に基づいて。
「本人たちが幸せそうなら、一対一だろうがハーレムだろうが何だって良いわよ」
ヘファはイチャラブ純愛厨である。
基本的には百合乃婦妻のような一対一の関係性を好んではいるが、過度なギスギスや鬱展開等がないのであれば、ハーレム物もいける口。
無自覚鈍感系女子が周りの子たちの魅力に気付き、心揺さぶられ、どぎまぎしながらも、その魅力に向き合っていこうと奮闘する。
そんな彼女の言動に、皆もますます色付いていって。
照れ照れし合いながら距離を縮めていく。
そんなんもう、最高やん。
「アドバイス程度ならともかく、他人の恋愛事情に無理やり介入して矯正しようだなんて、無粋にもほどがあるんじゃないかしら?」
『ティーパーティー』との顔合わせという新たな楽しみに心を躍らせながら、ヘファはすまし顔でエイトを嗜める。
「矯正ではなく、教導です。愚者を正しき方向へと導く、善なる行いなのです」
まあ、この手の熱心過ぎる輩に、正論など通じるはずもないのだが。
「はぁ……これだから、頭のイっちゃってる宗教女は困るのよね……」
「黙りなさい、悪魔の思想に染まった馬鹿女が。これ以上口を開くと馬鹿が露呈しますよ」
「アタシが馬鹿なら、アンタは救いようのない頭でっかちね。大丈夫?頭、自分で支えられるかしら?」
やはりどこまで行っても交わらないヘファとエイト。
恋愛嗜好一つ取っても致命的なまでに噛み合わない二人が、同じ空間にいて仲違いせずにいるだなんて、土台無理な話なのだろう。
「……戦闘が始まったら、前だけでなく背後にも気を付けることですね」
「やってみなさいよ。その時は、イカレPK女だって大声で言いふらしてやるわ」
「……あァん?」
「……チッ」
友人婦婦を間に挟んで、鍛冶師と教祖は睨み合う。
「あぁー、なんか、すっごいバチバチ感じるねぇー……」
「もう真冬だからね……静電気的なアレかな……」
ハロワのセカイでは既に冬も真っ盛り。
その割に、両サイドから轟々と燃える盛る熱量を感じずにはいられないミツとハナであった。
次回更新は12月2日(水)18時を予定しています。
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