118 R-陽取 未代の逆襲
「おはよ、麗っ。きょ、今日も綺麗だねっ」
「!!??!?!?!?!!??!??!?」
どうしてこうなった。
((なぁにこれ……))
教室の戸をくぐった未代の第一声に、華花と蜜実の目が点になる。
突然どストレートな称賛を食らった麗などは、とても令嬢がするものとは思えないような驚きに満ちた顔をしていた。
もう、顔面驚愕塗れと言っても差し支えないだろうか。
「えっ、へっ?っっえぇっ、えっ、えへぇっ??」
スタッカートを利かせた麗の返答は、陽気な朝の挨拶とは程遠く。
いや、ちょっと褒められた程度でこんなに動揺するなと、彼女の頭の片隅でセルフ突込みが入ってしまう。
確かに今までも、未代が麗を……というか、誰かれ構わず軽率に褒め落とすのは、さして珍しいことでもなかったのだが。
今日この日の陽取 未代には、今までと違う点が一つだけ。
それ即ち、言った彼女自身が、恥ずかしげに顔を赤らめているということ。
たった一点、しかして一線を間違いなく画しているその表情の裏にあるのは、昨夜友人婦婦に貰ったアドバイスであった。
美人なクラスメイトにドキドキするのは当たり前。
当たり前なのだから、慣れようと思えば慣れられる。
慣れるためには、その魅力を肯定していくべし。
=口に出して伝えていこう。
そんな思考回路でもって、例によってその行動力を遺憾なく発揮してしまった第一歩が、つい今しがたのストレートに過ぎる右ストレートであり。だけどもやっぱり恥じらいは捨てきれず、その結果として麗の瞳に映るのは、気恥ずかしげにはにかみながら自身を褒めちぎる未代の姿。
「朝から麗の顔を見れて、ホント眼福って感じ、ぅ、うん」
僅かにつっかえる言葉の切れ目、微差に揺れ動く瞳。
なんというかまあ、もうそれはそれは滅茶苦茶にガチっぽかった。
故にこその、前代未聞な破壊力。
跳ねる鼓動に苛まれて逸らしそうになる両の目を、どうにかこうにか麗へと向け続けるその様子の、なんといじらしいことか。
「って、クラスメイトなんだから当たり前かー、あは、あははは」
「――」
困惑と衝撃と歓喜と、それから、熱視線を介して伝播した羞恥でもって、麗の思考回路がショートしてしまうのも、無理はないだろう。
否、麗だけにあらず。
「「「…………!!!??!?!?!?」」」
衝撃に言葉を失ってしまっているのは、他のクラスメイトたちも同じであり。
その中でも特に、理念成就に打ち震えるクラス委員と、未代の真意を見極めようと思考を巡らせる百合修羅場厨の表情は、対極的でありながらどちらも筆舌に尽くしがたい壮絶なそれであった。
(……いや、うん。成程ね?)
(あぁーうんうん、そういうことねぇー?)
分かっていないことがよく分かる頷きを見せる、華花と蜜実。
いや、昨夜のアドバイスを未代なりに実践しようとしているのは、伝わってくるのだが……
(流石は未代ちゃん、ってことだねー?)
(多分そういうことね?)
まさかこれほどまでに、ストレートかつ混沌を呼ぶであろう行動をとってくるとは。
(ど、どやっ)
魂が抜け帰ってこない麗を尻目に、二人へと密かに親指を立てて見せる未代。
恥ずかしいけど頑張るよ。
助言の通り、やってみるよ。
そんな意気込みに満ちた彼女のジェスチャーが、しかし、婦婦へと与えたものは、更なる狂乱と喜劇の予感でしかなかった。
◆ ◆ ◆
少し経ってお昼時。
いつものように卓を囲む華花と蜜実、麗、未代の四人であったが……
「……、……」
「麗ちゃん、大丈夫~?」
「……じゃ、ないっぽいわね」
ここに至るまでに、既に麗のHPはほぼ全損状態にあった。
朝の一幕から始まり、授業の合間の休み時間のたびに、雑談にかこつけて未代が自身のことを褒め散らかしてくるのだから、それは無事でいろという方が酷な話でもあろうが。
「……もぅ……無理、です……」
弁当を広げる余力すらなく、机に倒れ伏す麗。
赤い顔で机に額を付けるそのお嬢様らしからぬ姿に、いくら未代といえども、流石に思い至るところはある様子。
「ごめんごめん、ちょっと言いすぎちゃったかも」
やっぱり麗も、褒められ過ぎると恥ずかしくなってきちゃうんだなぁ、と。
いや発言元がお前だからだよと、クラス中から総突っ込みの入りそうな思考だが、一応、称賛の嵐に耐えかねているという点は理解出来ているようであった。
何なら、茹でだこのように顔を赤らめるその姿さえも可愛らしいと先程から思っていたのだが。それを言うのは流石にどうかと、内心で本日幾度目かの逡巡をし……
「でも、照れてる顔も可愛いよ、うん……ぁっ」
……ている内に、普通に口を滑らせてしまっていた。
「~~っっ」
死体蹴りめいた追い打ちに、最早びくんびくんと体を震わせるしかない麗。
これ以上の辱めを受けないために、より一層背を丸め、机と腕で顔を完全に隠してしまったその姿は、さながら危機に瀕して身を守ろうとするアルマジロのようであった。
勿論言った方の未代も、未だに恥じらいから来る顔面の赤方偏移は健在であり。
今、この二年二組の教室では、顔の良い庶民派な少女が顔を赤くしながら、顔の良い令嬢の顔を赤くさせるという、怪奇現象が多発しているという状況。
(見誤ってたわ、未代のこと……)
(うん、まさか、ここまで根っからの女たらしだったなんてねぇ……)
自分たちのアドバイスを、ある意味で極限まで有効に生かして見せた未代のその適応能力の高さは、さしもの百合乃婦妻ですら予想も出来なかった。
恥じらいを覚えてもなお、ときめきに目覚めてもなお、陽取 未代という少女の天然たらしっぷりは不動であるのだと、婦婦は思い知らされる。
事情を知っている二人ですらそうなのだから、何も知らないクラスメイトたちからしたら、未代がガチで麗を落としにきているようにしか見えず。
委員長の顔はもう、解脱寸前の澄み切った表情で固定されているし。
百合修羅場厨の瞳は、困惑と失望と、まだ一縷の希望を乗せた濁った光を宿しっぱなしであった。
(昨日今日で一体何が……み、未代さんが何を考えているのか、さっぱり分かりません……!)
麗の思考回路は、未だ完全にショート中。
最近は何となく読み取れるようになっていたはずの未代の言動、しかして今再び、全く予想の付かない原理でもって迫り来るその攻勢に、復旧の見込みがまるで立たない彼女の今の頭では、防御も反撃も叶うはずもなく。
(分かりませんけど……その表情はっ、ずるいですってぇ……!)
ただ分かるのは、顔を赤らめはにかむ未代の誉め言葉は、これまでのそれとは比べ物にならないほどの破壊力を有しているということ。
四半日程度の接触でこれなのだから、今日一日……いや、今後もこれが続くのであれば、自身の心身は湯立ち過ぎて蒸発してしまうのではないか。
(恐らく、お二人が何か関わっているとは思うのですが……)
申し訳なさそうな、けれどもまあこれはこれでと言わんばかりの複雑な表情でこちらを見やる華花と蜜実に、麗は腕の隙間から、同じく複雑な視線を投げかける。
(も、勿論、嬉しくない訳は無いのですけれど……)
嬉し恥ずかし過ぎて耐え難い。
故にこそ恨み言を口にする気にもならない。
でもやっぱり、何に対して何をどうアドバイスすれば、こんな事態になってしまうのか。
やはり真相には思い至れない、オーバーヒート寸前の麗は、それでも何とか、一つのアクションを起こす。
(取り合えず、警告しなければっ、伝えなければっ……!)
わずかに残った気力を振り絞り、放課後に先んじてクラメンたちへ。
今日の未代はヤバい。
気を付けろ、と。
次回更新は11月28日(土)18時を予定しています。
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