117 R-友人?関係アドバイザー
フレアの心身を追い込み、決定的な言葉を引き出すことに成功したハナとミツ。
取り合えず今はそれだけ聞ければ十分と、程なくしてノーラたちと合流し、素知らぬ顔で密林探索を再開した二人の面の皮の厚さには、フレアも呆れと感心の混ざった複雑な気持ちを抱かざるを得なかった。
彼女自身が、より一層どぎまぎと挙動不審な態度を取ってしまっていたが為に。
そうしてあらかたの探索を終えた後、今日のところはお開きに。
いつも通りの解散の流れだが、しかし、ハロワからログアウトした後にも、未代が婦婦の追及から逃れることは出来なかった。
〈やっほー〉
〈ほら、話の続きをするわよ〉
むしろ、今度こそ他の三人に気を揉む必要がない分、遠慮も容赦もなく。
食事も入浴も終え、油断しきっていた未代にコールをかける華花と蜜実の第一声からは、そんな気概がありありと浮かんでいた。
〈マジかぁ……〉
同じく諸々を済ませ、既にベッドの上でごろごろとくっ付いている二人。
枕をクッション代わりにして壁にもたれ掛かりながら、華花はいきなり本題に入る。
〈んで、未代はあの三人全員が好きって話よね?〉
〈すっ……!……や、ちょっとドキドキすることがあるだけっていうか、ほら、三人共顔が良いわけだし、いや、顔だけじゃなくて勿論内面だって良いのは間違いないんだけど、とにかく好きとか何とかっていうか、単純になんかいいなーってなるだけって話しで、そんな大層なもんじゃないっていうか……〉
長文早口言い訳三昧。
何とも分かりやすいリアクションであった。
〈そもそも、三人同時に好きになるとか、そんな、不誠実なコトあってたまるかって話でして、常に誠実さを胸に生きているこの未代さんがそんな、そんな馬鹿なことを……ねぇー?〉
〈ふぅーん……じゃあやっぱり、誰か一人のことが好きなのー?〉
〈いやだから、好きとかじゃないから。マジで〉
どの口が言うのか、と突っ込みの入りそうな台詞を続け様に放つ未代に、蜜実は早くも呆れ顔で。自身に背中からもたれ掛かる彼女の、その表情一つにすら、華花はうんうんと同意して見せる。
〈じゃあ、百歩譲って、未代の言い分を信じるとして〉
〈それ信じてないのと同義じゃん〉
〈その、三人を見ててどきどきするーって話を、なんで私たちに相談したいと思ったのー?〉
〈そ、それは……〉
そう、何故かと聞かれれば、言葉が詰まってしまう。
この未知の騒めきの正体を知りたくて、華花と蜜実に救難信号を送っていたのだから。二人の主張を吟味もせずに切り捨ててしまっては、相談の意味がない。
……そも、そんな風に考えてしまっている時点で、好きなのではという二人の言葉に、内心納得しかけているということでもあるのだが。
素直にそれを認められるようなら、初めからこんなことにはなっていないだろう。
〈わたしたちにこういう相談をしてきたってことは、ホントは自分でも好きだって思ってるんじゃないのー?〉
恐らく、未代の知り合いの中では、恋愛面で最も先に進んでいる華花と蜜実。
その二人に助けを求めたこと自体が、未代の抱いている感情が恋心である証左なのだと、蜜実は言う。
……華花の胸元へと、後頭部をすりすりと擦り付けながら。
〈……でも、やっぱ、三人を好きになるとか、常識的に考えて有り得ないし……〉
デバイスの向こう側などいざ知らず。
けれども、赤くなった顔を、誰にでもなく隠すように膝に抱える未代が、否定の言葉を呟き続ける最たる理由が、それ。
こっぱずかしいとか、自分の気持ちが分からないだとか、それ以前に。
三人は、有り得ないだろうと。
齢十数年、培われてきた彼女の中の真っ当な部分が、それを認めちゃ常識人としてお終いだと、警鐘を鳴らしている。
通話の先のどうしようもないバカ婦婦ですら、互いに互いだけを想い合うという点では、極めてまともな恋愛をしているというのに。
その二人に突っ込みを入れる側なはずの自分が、非常識極まりないハーレム願望持ちだったなどと。
決して、決して認めるわけにはいかないのである。
だからこそ、あくまで仲の良い三人にちょっとドキドキしてしまっているだけ、ということにしておきたい。
しかし一方で、そのドキドキをそのまま放置しておいては、心の安寧は得られまい。
故に、かように曖昧な態度での、相談事。
〈常識的に、ねぇ……〉
蜜実の頬に指を這わせながら、呟く華花。
重要なのは常識や周りがどうこうではなく、本人の意思に正直になることなのだが。
華花も、華花の指先を唇で追う蜜実も、その正直にというのが存外に難しいことを知っている。
〈……まあとりあえず、未代ちゃんはそのドキドキをどうしたいのー?〉
現時点で、感情の正体の追及は押し問答。
なので一端、相談の方向性を変えてみる。
〈どうって言われると……何ていうか、こう、落ち着けたい……みたいな?前みたいに、普通に顔とか見れるようになりたい、かなぁって……〉
未代の表面上の望みは、元に戻ること。
友人として屈託なく笑い合えるように、自分の変調を元に戻すこと。
少なくとも、まともに顔も見つめられないような現状を何とかしなければ、流石に彼女たちに勘付かれてしまうだろうから。
もうとっくに怪しまれていることなど気付く由もなく――碌に目も合わせられないのだから当然と言えば当然だが――未代はただ安寧を取り戻したがっている。
〈ふーん……ってなると、そうね――〉
友人の言葉を飲み込み、考え、返答を形作るまで、ほんの数秒。
それから、ひとしきり唇を弄んだ指先で蜜実の顎を上向かせ、逆さの瞳を見つめる華花。そんな彼女の喉元をつむじでくすぐりながら、共有した思考の元、蜜実はなんてことのないように口を開いた。
〈無理やり抑え込むよりも、そのドキドキに慣れるのが手っ取り早いと思うよー〉
〈な、慣れる……?〉
戸惑い、というよりも、そんなことが出来るのかという思いから、未代の返事はあまり芳しくはない。
この胸の騒めきに、全く未知のくすぐったさに、順応する、だなんて。
〈案外簡単よ?少なくとも、無かったことにするよりは〉
しかし続けざまに、華花も言う。
〈例えば、友人の顔が良くて眼福だなぁとか、一緒に居られてラッキーだなぁとか〉
〈顔が良いんだからそりゃあドキドキもしちゃうよなーとか〉
〈顔が良い相手にときめくのなんて普通のことだよなぁとか〉
〈ドキドキしちゃうのなんて当たり前だよなーとか〉
〈そんな風に考えて、今の状況に順応していくと良いんじゃないかしら〉
〈逆に、全然ドキドキしてないーとか、全然好きじゃないーとか、変に自分に嘘ついちゃうと、どんどんフラストレーションが溜まっていっちゃうよー?多分ー〉
〈……成程……いや、別に好きではないけど……〉
思いの外真っ当なアドバイスに、感心したように頷く未代。
先程までの人をおちょくっているような物言いとの落差も相まって、いかにも真面目に助言しているように聞こえてくるものだが……
実は華花と蜜実が交互に口にしたその思考法、かつて二人が『友達以上恋人未満 以上 恋人未満』な頃に行っていたそれであり。
〈ドキドキに慣れれば、普通に三人と話せるようになると思うし〉
つまるところ、表面上は友達として仲良くしつつも、無意識下に相手への想いや一緒にいることの心地良さを募らせる術であった。
〈確かに、慣れちゃえば元通りに戻れるか……〉
〈〈そうそう〉〉
うまく誘導出来たことにほくそ笑む華花と蜜実。言葉に合わせて頷けば、二人の唇は掠めるようにして逆さまに行き来する。
〈お友達と仲良くしたいなら、相手の素敵な部分は、友達としてちゃんと認めておくのが大事だよぉ〉
意味深な蜜実の言葉選びに、しかし未代は気が付かない。
〈……分かった、頑張ってみる。いや、まさかこんなまともなアドバイスが貰えるとは思ってなかったわ……〉
友人の良いところは素直に認める。
そこにときめくのは、別におかしなことじゃない。
至極真っ当な助言に未代が冗談めかしながら礼を言えば、婦婦も笑ってそれに返す。
〈いえいえ。そっちがぎくしゃくしてるの、なんか見てて変な感じするし〉
〈頑張ってねー。また何かあったらいつでも相談おっけーだよー〉
〈ん、今日はありがと。じゃあまた明日、学校で〉
優し過ぎるほどに優しい二人の気遣いに、助言を貰ったばかりの未代が疑いの念など持つはずもなく。
〈じゃ〉
〈ばいばーい〉
通話の切れるその時まで親切な友人を装っていた華花と蜜実の、直後の言葉。
「「……誘導成功っ」」
声を合わせた次の瞬間には、その唇までもが合わさっていた。
次回更新は11月25日(水)18時を予定しています。
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