115 V-林の中の試練
『ティーパーティー』の四人全員が揃うのは何気に久しぶりで、であれば四人でイベントの空気を楽しもうと遊びに出るのは、まあ当然のことであるのだが。
「……」
いつもであれば、率先してコテージからみんなを連れ出そうとするはずのフレアは、美少女三人に囲まれそわそわと挙動不審な振る舞いが治る様子もない。いや、一人は単なる骸骨なのだが。
そのスケちゃんさんですら、歩いてみれば普段の無駄にセクシーな身のこなしは少しも衰えていないのだから、幾度となくそのバニーガール姿を見てきたフレアの脳内では、その豊満な肢体の肉付け皮張り完全再現などお手の物。屍人のくせにもうそ……想像力豊かなことこの上ないキョンシーであった。
「なんか、めっちゃ体が軽く感じるっ☆」
「そりゃ、骨以外何にも残ってないっすからね」
取り合えずイベント仕様のモンスターでも拝みに行くかと『アカデメイア』を出、かと言って渓谷の辺りは、今頃まさにスタンピード掃討の事前調査中だろうからと、向かう先はその手前の密林エリア。
「夜だから、アンデッドである我々にもバフがかかっている……というのもありそうですが」
「そ、そうねぇ、あはは……」
やはり静かなフレアのことが気がかりではあるものの……何か鬱屈とした問題を抱えているわけではないことくらいは読み取れる三人は、あえてその点には触れず、努めていつも通りに談笑を続けていた。
休日中、フレアの居ない間に行われた話し合いの末の結論として。
結局のところフレアだって、気になるあの子(複数形)に囲まれて嫌な気になどはなるはずもなく。中心人物がキョンシーらしく身体を固く強張らせている以外は、基本的に朗らかな空気で歩みを進める『ティーパーティー』御一行。
その少し後ろから、ハナとミツの二人が見守るようにして付いていく構図など、彼女たちにとっては、ここ数か月ですっかり身に馴染んだ陣形になっていた。
骸骨、小悪魔、ホッケーマスク、彼女らに囲まれ目を泳がせる呪術系ゾンビ。見るも奇怪なお茶会を、影を踏まぬ程度の後方から追うゾンビ婦婦の気分は、さながら引率の先生か何かであろうか。
まあ先行くこの四人、児童生徒というにはいささかこんがらがった人間関係を形成しているものではあるのだが。何かにつけて後ろをちらちらと見やり、助力を乞うような視線を投げかけてくるフレアの様子などは、先達に縋る子供のように見えなくもない。
(……そろそろ、話聞いてあげたほうが良いかなぁ)
(そうねぇ……面白いからもうちょっと眺めていたかったけど)
半月も過ぎた月明かりに照らされながら、時折ぶつかる視線に苦笑する婦妻。愉悦の切り上げ時を見定める二人の内心では、いい加減可哀想だからという理由以上に、もう一つ。
(今のフレアをエイトが見たら、滅茶苦茶おもしろ……もとい、大変なことになるだろうし)
(ねぇー)
他人の色恋沙汰に関しては妙に鋭い嗅覚を発揮するエイトであれば、今のフレアの立ち振る舞いから、その心中をうっかり読み取ってしまうかもしれない。
そうなってしまえばもう、『固定カプ狂祖』の名が示す通り、かの教祖はその神器でもって、フレアを合い挽き肉よろしくミンチにしてしまうことだろう。
(流石にそんなもの見ちゃったらー……)
(うん……)
友人の惨殺死体を前にショック死するか、喜劇が過ぎて過呼吸で死んでしまうか。
いずれにせよ自分たちが甚大なダメージを受けてしまうのは間違いないと、二人は顔を見合わせて笑う。
(三人がいない頃合いを見計らって……いや、もうこっち見てるのはバレてるだろうし、いっそ堂々と……)
(話は聞こえない程度に、距離を取って……)
事情聴取の算段を立てるハナとミツ。
二人の考え通り、フレアが彼女たちに幾度となく視線を送っていることなど、『ティーパーティー』の他の面々にはバレバレであった。
(――フレアさんは、何か、お二人に相談事でもあるのでしょうか?)
未代が婦妻のファンになった、という誤解は無事に解けたノーラだったが、であればもう、未だ彼女がハナとミツへ視線を送り続けている理由など、そんな漠然としたものしか考え付かない。
まあそれで概ね合ってはいるのだが、その内容の如何、自分たちではなく友人婦婦である理由など根本的なところが分からない故に、どうも釈然としない気もしてしまう。
(かもしれないっすねぇ)
(おねーさんたちには出来なくて二人にはしたい相談事……うーん、分かんない☆)
(より高度な、ハロワに関するなにがしか……などでしょうか)
自分で言っておきながら、それはここまで挙動不審になる程のことなのかと、やはりどこかしっくりこないノーラ。結局当人を前にしても出来ることは、三人であーだこーだと確信には至らない予想をするに留まっており。
……そんな、中心にいるフレアを囲い込むような視線のやり取りに、当の本人は気が気ではなかったのだが。
(な、なんか三人でめっちゃアイコンタクト取ってる……あたしには言えないことなのかな……)
自分の挙動不審っぷりが招いた出来事であるにも関わらず、勝手に蚊帳の外感を覚え勝手に凹みだす辺り、中々に厄介な精神状態になりつつあった。言えないというならそれこそ、今の彼女の心境の一つでも自白してみれば、ノーラもリンカもスケちゃんさんも揃って小躍りする程度には喜ぶのだろうが。
「……去年も思ったっすけど、トレントがカボチャ被ってるのってめっちゃシュールっすよね」
「一見雑なように見えて全部個体差あるのがまた……☆」
「まあ、現実のお祭りだって、皆さん意味もなくお面など付けがちですし……」
意味ありげにホッケーマスクをかぶるノーラの言葉に気を害したかのか。密林の比較的浅い場所で、熱帯系トレント(ハロウィン仕様)が数体、彼女たちを出迎える。
先程のアイコンタクトなどまるでなかったかのように、モンスターと相対したプレイヤーにとってはさも当然のこととして、三人は足並み揃えてトレントたちに挑んで行き。
「あ、あたしも――」
「はーいフレアちゃんはこっちー」
「――うきゅっ!?」
「何その悲鳴」
一歩遅れて踏み出そうとしたフレアを、百合乃婦妻が確保する。
後ろから引っ張られた彼女の驚きなど全く意に介さず、少し離れた所にいたモンスターの一群まで、二人はフレアを拉致しつつ向かって行った。
「ちょ、ちょ、ちょっ……!」
急に何!?と言いたいところだが、さっきから彼女たちに視線を送っていたのは自分の方なため、あまり強気にも出られない。
そんなフレアの心境を察するかのように、ハナが小さく囁いた。
「なんか話したいことがあるんでしょ?」
「まぁ大体の予想は付いてるけどねー」
続くミツが言いがてら、飛びかかってきた狼の頭部を蹴り砕く。
「なんっ……!」
なんでそれを、だなんて、勿論言えるはずもない。
安堵やら緊張やら戸惑いやら、様々な感情を乗せ七変化するフレアの顔を横目に見やり、口の端をヒクつかせながら、ハナは復讐に来た追加の二頭の頭部を左右の手で鷲掴みに……しようとして、勢い余って握り砕いてしまった。
続く四頭目、ハナの真似をしようと試みたミツの両腕が、万力のようにして第四のカボチャを粉微塵に。
「……っ……!」
不意を突くような二人の言葉と、突如として始まった残虐ファイト。
視聴覚両方からの情報過多にパンクしそうになりながら、それでもフレアは何とか、言葉を絞り出そうとして。
「……、えっと、実はその」
「あ、ただで聞いてあげるとは言ってないから」
「そうだねぇ……残りのモンスター、全部ひとりで倒せたら相談に乗ってあげてもいいかなぁ~」
「――~~っ!?」
ここに至っても遊び心を忘れない婦婦が課した試練に、喉を引きつらせる。
「……分かったわよ、やってやるよっ!その代わり、ぜーったい話聞いてもらうからね!?」
やけくそ気味に叫びながら、残った数頭の群狼や、騒ぎを聞いて寄ってきたトレントたちを睨むフレア。
死地に赴くが如きその気迫、けれどもその死地とやらは、眼前のモンスターの一群を指すのか、はたまた秘めたる想いを友人婦婦に曝す羞恥を指すのか。
まあ、多分両方であった。
次回更新は11月18日(水)18時を予定しています。
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