114 V-鈍感ウィルス感染中
「骨ね」
「骨だねぇ~」
「せめてスケルトンって言って☆」
――それは、完全無欠の骸骨であった。
ひび割れも欠けも骨粗鬆もない、芸術品のような骨格。
皮も肉も体毛も眼球も、骨以外のあらゆる体組織を綺麗に洗い流されたかのような、まっさらな細身の長身。
骨盤の歪みなど僅かたりとも見受けられない堂々たる立ち姿は、リン酸カルシウムの白が映える漆黒のローブに包まれている。
白色赤眼のバニーガールは今、真に白一色と呼べる意志ある骸骨へと、その美しい肢体を転じさせていた。
コテージめいた『ティーパーティー』の拠点内、一目見て異形と分かる骨人間が木椅子に腰かけている様子は、中々にシュールな絵面といえよう。
「しかしこうなるともう、『白ウサちゃん』じゃないような気もする」
「ウサギ要素完全に消えちゃってるしねぇ……」
さすれば残った白だけが、彼女を彼女足らしめるものなのだろうか。
そんなことを考えながらハナとミツが呟けば。
「……実は、イベント中はスケさんとお呼びする、という事が昨日の時点で決まっておりまして」
「せめてスケちゃんにして言ってるでしょ☆」
休日の内にその姿を目の当たりにしていたノーラが、当人の要望など意に介さずあだ名を決めてしまっていた。
「成程。よろしくお願いします、スケさん」
「スケさんよろしく~」
「ちゃんを付けろよ先輩だぞ☆」
「「スケちゃんさん?」」
「うん、もう……それでいいや☆☆」
吹かし慣れていない先輩風は、今の彼女の身体には少々沁みるようである。
「まあ、ちゃんさんの方が言い慣れてるってのは、正直あるっすよね」
「そうねぇ」
カタカタと笑う頭蓋骨を眺めながら、対面に座るフレアとリンカも言葉を交わす。
……交わしているのはもっぱら言葉のみで、フレアの視線は白く綺麗なスケちゃんさんの額辺りから動いていなかったのだが。理由は言わずもがな、見た目が骸骨だからドキドキしなくて済むという、ヘタレたものである。
逆を言えば、特に隣に座るリンカなどは、今のフレアには少しばかり直視に耐えない格好をしているということでもある。
「でも、いきなりケモミミとかなくなったら、違和感凄いっすよね」
「めっちゃ分かる☆」
元はケモミミ付きという共通点でスケちゃんさんと頷き合うリンカ、その頭部には、いつも生えているはずの三角犬耳に代わって、小さな硬質の角が生えていた。
人間のそれと同じ位置に、ピンと尖った小さな耳が。
肌は青く、闇夜に溶け込むかのようで。
元々低めな身長は、更に縮んで子供サイズに。
犬の尻尾とは似ても似つかない黒く細長い尻尾は、けれどもいつもと同じようにゆらゆらと揺れて、彼女の感情を如実に表している。ついでに蝙蝠めいた小さな羽も、連動するかのようにぱたぱたと動いていた。
耳も尻尾も残ってはいるものの、普段のものとは全く趣の違うリンカの姿は、さしずめ小悪魔とでも言うべきだろうか。
「先輩先輩っ。普段の自分と今の自分、どっちが可愛いっすか?」
「え、や、どっちも良いんじゃないかな、うんっ」
小悪魔らしく(勿論無自覚なのだが)問うリンカに、けれどもやはりフレアは、視線を向けることもなく返す。
「適当過ぎるっすよ先輩っ。ほら、もっとちゃんと見てっ」
おざなりにしか聞こえないその返答に、リンカの方は当然ながら不満げで。頬を膨らませながらフレアの顔に手を伸ばし、無理やりにでもこちらを向かせようとするのだが……
「うわぁ、ちょっ、リンカっ!?」
フレア的に、それは非常にまずい。
何せこの小悪魔とやら、妙に可愛らしい衣装に身を包んでいるのだ。
黒を基調に、フリルのあしらわれたドレスのような装い。けれども脚やらへそやら二の腕やら、健康的なリンカの肢体を存分に鑑賞出来る程度には、布面積が絶妙に調整されている。背中の方など、肩甲骨の下あたりから生えている羽を考慮してか、ぱっくりと開かれ青い肌が露わになっている始末。
可愛らしくもやはり要所要所で小悪魔的なそのドレスを、普段は露出度の低いガンスリンガーなリンカが纏っている。
小さくも引き締まった肉体が常ならざる夜色に染まっていることも相まって、どこかこう、倒錯的な魅力を感じずにはいられない。
少なくとも、動揺しきりの今のフレアにとっては。
「ほらっ、どうっすか先輩っ。可愛いっすか!?」
「い、いい良いと思うよっ、うん!?」
ぷんすかぷんと膨らんだその頬までもが、何とも小悪魔的で可愛らしい。
直視に耐えない後輩の魅力にフレアは、おろおろと視線を彷徨わせながら返答するしかない。
「まだ適当じゃないっすか!」
まあ、そんな態度では当然、リンカが納得などするはずもないのだが。
「このぉ、ちゃんと見ろっすー!!」
「あぎゃぁぁぁ!?!?」
添えるに留まっていた両手に力を籠め、むんずと掴んだフレアの頭を自身へと近づけるリンカ。痛みと動揺と胸の高鳴りに耐えかねたフレアの口から出てきたのは、恐ろしく可愛さに欠ける悲鳴と、それから。
「あーっ、可愛いから!可愛過ぎて直視出来ないからっ!!」
ぽろりと零れ落ちた、本音のようなもの。
「そ、そうっすかぁ?えへ、えへへへへぇ……」
言わせておいていっちょまえに照れるリンカと、それ以上に顔を赤らめるフレア。
お前本当にキョンシーかと疑いたくなるほどに血色の良くなった彼女の身体は、けれどもしっかりと、キョンシーであること以外の理由でもって、ガチガチに固まってしまっていた。
(いや、ほんと、凄い変わりようね……)
少し離れたソファから見ていたハナが、フレアの初心過ぎる反応に呟けば、隣に寄り添うミツも、同じく視線を向けながら小さく頷く。
(うん……でも、まあ……それ以上に凄いのは……)
しかして、婦婦が何よりも目を見張るもの。それは。
((ほんっとに、誰も気が付かないんだなぁ……))
こんなにもあからさまな態度を示すフレアを目の当たりにしてもなお、他三人が誰一人として、その真意に思い至らないということ。
美白を極め過ぎてしまったスケちゃんさんも、今まさにフレアをどぎまぎさせた張本人である小悪魔リンカも、残った一席に座り、じっと考えを巡らせているノーラ(ホッケーマスクとチェーンソー付き)も。
取り囲む『ティーパーティー』の誰も彼もに、やはりフレアの鈍感が移ってしまったかのような。
何かがおかしいとまでは勘付いているものの、その原因まで思考が至らない。
正直今のフレアなら、この三人が押しまくれば落とせるのではないか……と、そう思ってやまないハナとミツなのだが。
残念ながら当人たちが、無敵だった頃のフレアを意識し過ぎていて、暖簾を押すその腕を上げるそぶりすら見受けられない。
どうせそんな程度では、この鈍感女は落ちやしないだろうと。
かつてはフレアの鈍感っぷりによって。
今は三人の思い込みによって。
やはり妙に空回る『ティーパーティー』の恋愛模様。
(フレア……自覚してもなお、罪深い女ね……)
(これはある意味、今までの鈍感を洗い流すための、禊なのかもしれないねぇ……)
介入すべきか否か。
やはりここはひとつ、休み明けからどこか助けを求めるようにこちらに視線を送っていたフレアの、相談にでも乗ってみるべきか。
うーんでもやっぱり、もうちょっと見ていたい。
振り回す側だった人間の、振り回される姿というものを。
どちらにせよ極めて自分達本位な考えを巡らせながら、ハナとミツはフレアを見やる。
SOSの籠められたフレアの視線に今はまだ気が付かないふりをしながらも、やはりどうしても堪え切れない憐みの念が、その二対の瞳には宿っていたのだとか。
次回更新は11月14日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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