113 R-形勢逆転?
ハナとミツが『教皇』との再会を果たしたその日のうちに、『視測群体』のアナウンスによって、ボスモンスターのリスポーン現象が周知されることとなった。
これによりハロワ内はすわ新要素追加かと更なる盛り上がりを見せ、プレイヤーたちの間に広がるお祭りめいた雰囲気は、より一層熱を帯びていくこととなるのだが……
残念ながら、休みも明けた百合園女学院には既に、学院祭のおの字すら残ってはおらず。
切り替えの早い教師陣によってあっさりと霧散させられた熱量の、それでも余韻と呼べるものがあるとすれば。
それは今、華花と蜜実の前で所在なさげに視線を彷徨わせている未代の心変わりくらいであろうか。
「――てわけで、多分近いうちに『聖者の妄執』の再討伐があると思うわ」
「取り巻きたちは前の時と同じ感じみたいだけど、『教皇』と『聖女』はステータスも上がってるっぽいねぇ」
例によってお昼時、サンドイッチを頬張りながらの華花と蜜実の言葉。
「……成程、うんうん……」
視線をやり、真摯に耳を傾けているように見えて、その実、対面する未代の心境はスタンピードなど欠片も意識してはいない。
二人の方を漠然と向くその両目は、けれどもどこか気まずげに、気恥ずかしげに絶えず揺れ動いていて。希求していたはずの都市伝説への手がかり(になるかもしれないし、ならないかもしれない)すらも耳を通り抜けていくその様子は、やはりどこか、快活な彼女らしからぬ姿と見えた。
理由は最早言わずもがな。
隣に座る麗を、どうにもこうにも意識してしまっているからに他ならないのだが。
学院祭の空気に当てられて。
少々役にのめり込み過ぎてしまったが故に。
そんな希望的観測など容易く打ち砕いてしまうほどに、休み明けの麗の姿は、未代の目には眩しく直視しがたいものとして映っていた。
いや、振り替え休日を挟んだとて、麗自身に何か変化があったわけでは勿論なく。二日間、悶々と気を揉んでいた未代の心境にこそ、原因はある。
(……麗って、こんなに美人だったんだ……)
何の変哲もない教室を背景に静々と佇む彼女の、何と優美なことか。
手作りの弁当に舌鼓を打ちながら、歓談の折に咲く微笑みの、何と美しく可愛らしいことか。
完璧な箸使いを見せる指の先すらも、白くすらりと、一層に映え良く見えてしまう。
(……知ってたけど……知ってた、つもりだったけどぉ……!)
普段何気なく目にしていた、知っていたはずの、級友のたくさんの良い所。
知っていたからこそ、大小様々なそれらは遂に、恋愛情緒が小学生レベルにまで進化した未代の心臓を攻め立てる。
休日を挟んでみれば、少しは気も落ち着くかと思いきや。
たった二日隔てただけで、直視すら出来ないほどに意識が先鋭化してしまった。
結果、向くに向けないその視線は、心の騒めきから目を逸らすように、或いは何やら助けを求めるように、友人である婦婦の方へと向かいがちになっていた。
(――どうしたのでしょう、未代さん。先ほどからお二人の方ばかりを見て……)
そして、そうなれば他方、未代のすぐ隣。
それとなく横顔を盗み見ることになど最早慣れ切ってしまっていた麗が、想い人の眼球の挙動不審っぷりを見逃すことなど、あろうはずもなく。
(……もしや……)
休日中、未代抜きで行われた『ティーパーティー』密談においてもまったく答えの出なかった、リーダーの僅かな違和感の正体。しかし麗は、妙に強張った表情のまま華花と蜜実をちらちらと見やる未代の様子から、ふと一つの可能性に思い至る。
(お二人の尊さを、遂に理解なさったのでは――!)
悲しいほどに的外れな、ありもしない可能性に。
(先日は、お二人と普通に接していたので分かりませんでしたが……)
この休日の間に、自身の気持ちを認めざるを得なかったということだろうか。
しかしそう至っても、今までの態度が態度だけに素直に口にすることも出来ず、結果として今のような、挙動不審気味な振る舞いをしてしまっているのではないか。
真相に全く思い至れないからこそ、そのでたらめな予想は麗の中で、あっと言う間に確信めいた解として固まっていく。
自身もそうなのだから、彼女だってきっとそうに違いない、と。
無意識の内にある、想い人と趣味を共有したい的な願望すらもが同調し、布教欲と(ファンとしての)先輩風が、にわかに麗の胸中で吹き始める。
(ほら、今だって……談笑するお二人のあまりの睦まじさに、目を泳がせているではないですか……!)
実際には、隣に座る麗を直視出来ないが故の逃避行動なのだが。
変な方向にエンジンのかかってしまった今の麗にとっては、未代の行動はすべからく、素直になれないツンデレファンのそれにしか映っていなかった。
「――未代さん」
「ひゃいっ!?」
どうしようもないほどに情けない声を上げる未代。
そんな彼女の肩に優しく手を置きながら――いや、そのせいで悲鳴めいた声が出てしまったのだが――厳かに麗が言う。
「大丈夫ですよ、未代さん。素直になりましょう」
「す、素直に!?」
(なに、素直にって何!?どういうこと!?)
ひと際跳ねた脈動に内心ですら気が付かぬふりをしながら、それでも未代は、言葉の続きを待ってしまう。
何か。決定的な何かが、麗の口からもたらされてしまうのではないかと――そう期待に慄く心臓を、宥める間もなく。
麗がもう一方の手で、自身のデバイスを差し出す。
「――ようこそ、こちら側へ」
燦然と輝くは、『聖典』の二文字。
は?と問う間など勿論なく。
麗のデバイス内で随時更新を続けていた百合乃婦妻写真集『女神達の軌跡』が、待ってましたとばかりに映像を浮かび上がらせる。
「ほら、先日追加されたこの一枚、見覚えがあるとは思いませんかっ?」
「そ、そうだね、うん、見たことあるかも……」
(いや近ぁいっ!?てか顔が良いっ、知ってたけど!!)
「そう、そうなんですっ。以前の都市伝説探索時に未代さんが用意して下さった、あの探検家風のコスチュームなんですっ!勇ましくも可愛らしい立ち姿、そして何より、互いの危機を互いに救い合い、どんな危険な罠も絶対に二人で乗り越えて行く様が容易に想像出来る視線の睦み合い!きっとどれほどの財宝だって、お二人の相思相愛ぶりには敵わないのでしょうね!いえ、むしろ、冒険を経てどこまでも強まっていくお二人の絆こそが、何にも勝る宝物なのでしょうか……!何にせよこれもまた、ほかの写真に負けず劣らず素晴らしい一枚だと、わたくしは強く強く思うのです!このベストショットが実現したのが、他ならぬ未代さんのおかげだと考えれば猶更!未代さん、これは誇って良い事ですよ!」
「……うん、ありがとっ、あたしも鼻が高いよっ……」
「そうでしょうそうでしょう!」
(テンション高っ!めっちゃ早口じゃん!!なのに綺麗な声のままってどういう……!いやだからこの距離でその笑顔はやめてもらっても良いですかねぇ!?)
饒舌に、謳うように、長文を垂れ流し始める麗。
好きな人と好きなことについて語り合える喜びからか、その様相はいつもの「尊い……」みたいな(表面上は)静かな彼女の様子とはかけ離れており。
だからこそ、あまり見ることのないハイテンションな微笑みと声音が、至近距離で浴びせられた未代の心臓を、マシンガントークで穴だらけにしてしまう。
(……ほんっとにあたしっ、どうかしちゃったんじゃないの!?)
知っている部分も、知らなかった部分も、何もかもにどきりとさせられて。
自身の心の故障すら疑い始めた未代の口から零れ落ちるのは、辛うじて繕われた相槌のような何か。
(うわぁどうしよう……見てて滅茶苦茶面白いよぉ……)
(未代っ……ぷふっ……!挙動不審過ぎでしょっ……!)
上がったテンションのまま無自覚に距離を詰めていく麗と、それを受けて慌てふためく心中が、端々から漏れ出ている未代。
まるで、これまでの立場が逆転したかのような二人の様子は、対面から眺める婦婦の目には、この上なく面白おかしいコンテンツとして映っていた。
次回更新は11月11日(水)18時を予定しています。
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