111 V-谷底の終わりには
散発的に、不死の身を挺した威力偵察とでも言わんばかりに、アンデッドたちがハナ、ミツ、ヘファの三人へと襲い掛かってくる。
ハロウィン仕様というよりもやはり、スタンピード時のそれに類を同じくするような。
確証は持てないながらも、頭蓋を割り砕かれた死せる群狼たちの姿に、そう思わずにはいられないハナとミツ。
渓谷の終点には、何の変哲もなく狭まっていく末の行き止まりがあるはずなのだが。そこへ至る道半ばの段階で既に、谷底に漂う死臭は隠し切れないほどになっていた。
死せる群狼、黙する聖職者。
不規則に間を開けて現れる彼ら、その一群一群の頭数はそう多くはないものの、歩みを進めwaveを踏むごとにステータスの上がっていく様子なども、どこかスタンピードの特徴を思い起こさせる。
「うーん、やっぱりこれ……」
「うん。今日はどこか、きりの良いところでストップした方が良いかもねぇ」
このまま順当に進んでいけば、恐らく最奥部には、高レベルのアンデッドたちが呻きを上げながら跋扈しているのだろう。そしてこの手の現象の常として、それらを統率するボスクラスのエネミーがいる可能性も非常に高い。
強個体まで含めたアンデッド系モンスターの群れを少数で相手取るのは、あまり得策とは言い難い。特にハナとミツのような、大規模な範囲攻撃を持たないプレイヤーであるのならなおのこと。
……まあそもそも、仮に広範囲にダメージをばら撒く術を持っていたとして、崩落の危険性があるこの渓谷でそれを用いるのは、リスキーと言うほかないのだが。
「どこまで進むか……」
「どこで戻るかー……」
谷底の細道が終わるまで、ざっくりと残り三分の一といった所。
最奥を垣間見、首領と目されるエネミーを探すか。それとも安全マージンを多めに取り、ここら辺りで引き返すか。
ヘファという非戦闘員を抱えているが故に、そのボーダーラインはいつもよりも手前気味に引くべきだろうか。いやいやそれとも、デスペナルティが免除されるイベント期間中だからこそ、死を恐れず邁進するべきか。
「「うーん……」」
自分たちの身だけを考えるのであれば、二人は別に、どちらだって良かった。
ここいらでサクッと撤退しても良いし。捨て身でアンデッド共と殴り合うのも面白そうだ。
「…………?」
問題は、歩みを止めた婦婦の後ろ。
進めば否応なしにスプラッターホラーに巻き込まれるであろうヘファが、メンタル的な意味でそれに耐えられるかということ。
戦い慣れていないということは、死に慣れていないということ。死に慣れていないということは、モンスター共に嬲られ、HPを失っていく恐怖に耐性がないということ。
今回は相手が、見目にもおどろおどろしい生ける亡者たちだというのだから、戦場に身を置くことのない者にとっては、その恐怖も猶更だろう。
二人の知る限り、本当にほとんど戦闘経験のないであろうヘファを、何も知らずにストーキングし来たであろう彼女を、いきなりそんな修羅場に放り込むのも、気が引けると言えば引ける。
しかし一方で、霊魂になったとはいえ、安全地帯を離れモンスターの跋扈するこの渓谷にまで歩を進めてきたのが、他ならぬヘファ自身の意思であるというのもまた、紛れもない事実であり。
その先でどんな目に遭おうがそれは、本人の行動に伴う自己責任と言えば自己責任。
……となればやはり、本人に直接問う方が早いという結論に至る。
「ねぇヘファちゃん。このまま進んだらそろそろ、完全には庇い切れなくなってくると思うんだけど……」
「ここらで引き返す?どっちにしろ私たち、今日は探索だけのつもりだけど」
「……や、別に大丈夫よ。いざとなったら、アタシの事は放置しちゃって」
「アンデッド系に襲われるのって、慣れてないと結構怖いけど」
「ほんとに大丈夫ー?」
「…………だ、大丈夫ったら大丈夫よっ」
半ば脅しかけるような二人の物言いに、精一杯強がってみせるヘファ。
強気な性格のわりに、まあ人並程度には恐怖心なども持ち合わせている彼女だが……そも、推しのデートに勝手に憑いてきた分際でこれ以上気を遣われるなど、百合オタとしての矜持に関わるというもの。
ただでさえ途中でバレてしまって(最初っからバレてた)、本人的には少々格好悪い所を見せてしまったのだから、ここで強がらないという選択肢は、ヘファにはあろうはずもなかった。
「そっかぁ。じゃあまあ、進んじゃおっかー」
「ん。誰かが死ぬか、ボスっぽいのを確認するまで、かな」
「……りょ、了解」
ざっくりと方針を定め、行進を再開するハナとミツ。
その後ろからはヘファが、ごくりと内心で唾を呑みながら追従していく。
◆ ◆ ◆
「――あれ」
「――うん」
最奥の袋小路に至る、ほんの手前。
岩陰に身を隠した三人の視線が向かう先にはやはり、ここまでに撃退してきたモンスター群よりも高レベルなアンデッドたちが。
そして彼らの中心、守られ、崇められるようにして佇む二つの影は。
「滅茶苦茶見覚えあるねぇ……」
「そうねぇ……」
かつて二人が打倒した、『教皇』『聖女』と称されるモンスターであった。
周囲の骸骨共より幾分も位の高い法衣に身を包んだ、男性型と女性型のアンデッド。
見覚えのあるその姿にハナとミツが驚いたのは、その光景が、かのスタンピードの再来を示しているから――というだけではない。
寄り添う姿、嗤うしゃれこうべ、そして何よりも、霊石のなくなった『聖女』の額から、ハナとミツは直感的に確信していた。
――あの二人は、以前倒した者たちと、全くの同一個体だと。
「まさか、リスポーンした……ってこと?」
「ボスモンスターが同じ個体で再出現するなんて、今まであったっけー?」
二人の覚えている限り。
ボスクラスに据えられたモンスターは、類似種や派生種の発生こそあれど、プレイヤーと違って、倒されてしまえばそれっきりであり。
一度死した個体が、その個体そのままとして甦ることなど今までなかったはず。それこそたとえ、一度死んだはずの存在……という設定のアンデッドといえども。
同一のフィールドで類似したパターンのスタンピードが再発生することもまた、珍しいと言えば珍しいが、決して起こりえないわけではない。
けれどもやはり、その中核に据えられたモンスターが、先の戦いでの損失を引き継いだまま再出現するだなんて。
まるで、デスペナルティを与えられて甦ったプレイヤーのようではないか。
「「――やばっ」」
――と、驚きのせいか、無意識の内に岩陰から身を乗り出してしまっていた二人の姿を、四の落ち窪んだ眼孔が、確かに捉えた。
「……え、え、っ?」
婦婦の呟きにヘファが戸惑いの声を上げる。
仇敵を見つけた『教皇』の声なき高笑いがカタカタと鳴り、やがて伝播するようにして、彼を囲むしゃれこうべ共からも、幾重にも乾いた音が響き始めた。
カタカタ。
カタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ――!
「ひぃぃぃっ!?」
あっと言う間に困惑を恐怖に変えたヘファの情けない悲鳴も混じった、不気味で奇怪な不協和音。
「うーんこれはぁー……」
「撤退っ」
ボス級の個体も含めたアンデッドの群れを少数で相手取るのは、流石に分が悪いと言わざるを得ない。
また、デスペナ的な意味での損失はないとはいえ、恐怖のあまり固まってしまったヘファをこのままB級ホラーの被害者にしてしまうのも、やはり気が引けるというもの。
「ほら、逃げるわよっ!私たちが近縁種で良かったわね!」
「はーい暴れないでねぇ」
「ひゃあ!?」
そんな訳で恐ろしく迅速に、ビビり散らかすヘファの上半身をハナが、下半身をミツが雑に担ぎ上げ、えっちらおっちら遁走を図る。
ハナの言葉通り、二人が近縁種のゾンビでなければ、ローブ越しとはいえ霊魂たる今のヘファに触れることは出来なかっただろう。
……逆に、三人へと迫る骸骨やゾンビ共も近縁種であるが故に、彼女に襲い掛かれるということなのだが。
「ばいばーい!」
「そのうちまた来るわ!」
幸い、元のAGI値が高かった二人はゾンビ化してもなお、その辺のモンスターでは追い縋れない程度には足が速い。
相手方の動けるタイプのゾンビ――死せる群狼などだけ適当にあしらいつつ、ほぼ一本道の谷底を、土煙と共に驀進する三人。
「ひぃぃぃあぁぁあぁぁぁっ――――」
普段の勝気な態度を微塵も感じさせない、ヘファの情けない悲鳴を余韻に残しながら、ゾンビ婦妻はあっと言う間に逃げ去っていった。
次回更新は11月4日(水)18時を予定しています。
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