110 V-常夜にとことこハロウィンデート
二日間に渡る学院祭も終わり。
学生たちに与えられた日数分の振り替え休日に、華花と蜜実が何をするかと言えば、勿論。
「おらぁー」
「よいしょぉ~」
バーチャルなセカイでのバカ騒ぎであった。
群狼種、ボア系、樹魔の類。
普段からよく見かけるような一般的なモンスターたちは今、半月の照らす常夜の下で、アンデットやゴーストとして野を闊歩している。
まるで、自らモブモンスターですとでも主張するように、彼らは一様に頭をカボチャの被り物で覆っていて。けれどもよくよく見てみれば、その黄色の縞々楕円形は、個体によって大きさや模様や目口の切り抜き方が異なっている。
どか。ばき。ぐしゃあ。
……まあ、そのような細々とした個性など、見かけた先から頭部を粉砕して回っている百合乃婦妻からしたら、まったく知る由もないことなのだが。
学園都市『アカデメイア』から程近く、専ら各所への中継地点として知られているジャングルにて、ハナとミツはその土気色の拳を振るっていた。
今日くらいは良いだろうと、ソロ戦闘の訓練もお休みにして、二人は上機嫌に息を合わせて進む。
モンスターたちすらも浮足立っている夜祭りの空気感を楽しみつつ、けれどもゾンビ婦婦の足取りは止まらない。ここはあくまで通過点、今日の二人がゆるりゆるりと向かう先は、湿林を抜けた先にある渓谷の底なのだから。
未代から、アンデッド系の闊歩する今こそ、是非とも再び探索に赴いて欲しい――と、そう告げられた目的地へと。
当人が直接ログインしないことに、やはりそうなのかとその内心を汲み取りつつも、だからこそ今回くらいはと依頼を承諾して見せたハナとミツは、さして広くもない密林を進み行く。
(――霊魂ってほんと便利な種族ね……常設してくれないかしら……)
その後方、姿を消して憑いてきているヘファに、気が付かぬふりをしながら。
戦闘能力が低い故に、普段は工房に引きこもっている彼女だが……此度、霊魂という隠密性に特化した種族を引き当てたことで、今イベント中は、いつもの彼女らしからぬアウトドアっぷりを発揮していた。
基礎ステータスの脆弱さと引き換えに、デフォルトで霊術系統のステルス能力を持っている霊魂。その種族特性は、襲われず見つからず、影から推しの婦妻を無限にストーキングするにはもってこいの能力である。
無論、完全な不可視化は流石に容易ではなく、基本的には仕様として薄汚れたローブを羽織る形にはなっており、経験に富んだハナとミツには早々にばれてしまってはいたのだが。
それでも、モンスターなどの有象無象に煩わされることなく二人を存分に観察出来るというのは、強気な態度のわりに戦闘面では軟弱なヘファにとっては、この上なくありがたい運営の恵みだと言えた。
いつもの婦婦剣ではなく、青ざめた手足を振るうハナとミツ。
その後ろを木陰伝いに尾行するヘファ。
奇妙奇天烈。
しかしてこの祭りの長夜では、そう目くじらを立てられるものでもない三人組が、陽気な妖気を携えて、湿気った林を抜けて行く。
◆ ◆ ◆
やがて、さして広くもない密林を越えた先。
目に見えて岩場の増えた渓谷の底へと、二人と一人は足を踏み入れる。
スタンピードに始まり、ここ最近不定期で行われていた探索もあってか、ハナとミツにとっては最早、見慣れた風景とすら言える左右の断崖。
視界の遥か先にまで続くそのステージにあっては、さしものレイスと言えども身を隠せる場所はそう多くない。
点在する岩や枯れ木の影に何とか身を潜め、それでもやはり、その存在までをも隠匿することは、流石に不可能になっていた。
「ちょっ……とぉ!」
相手が、純粋な近縁種であるというのなら、なおのこと。
「近寄らないでよ、このっ……!」
被り物をしたなんちゃってゾンビ共とは違う、死した祭司たちは、霊魂のステルス能力などまるで意に介さずに、その骨ばった……と言うか骨そのものな指先をヘファへと向ける。
生前の神聖系統か、死後のアンデッド種の特性か、ルーツは定かではないが確かに、その腐り落ちた眼孔は半透明の霊魂を捉えており。
「や、やばっ……!ちょ、死ぬぅっ!?」
どこからともなく表れた数体のアンデッドに、ヘファは瞬く間に取り囲まれていた。
「どーんっ」
「うぇ~い~」
――どことなくチャラい掛け声と共に割って入るは、ゾンビなミツとゾンビなハナ。
本人が尾行を楽しんでいたようなので気付かぬふりをしていたが、流石に袋叩きは可哀想だ、と。戦闘経験に乏しい友人を憐れんだ婦婦の、血の通わない青い拳が、ヘファへと襲い掛かっていたアンデッドの頭蓋を粉砕する。
第一撃で二体が倒れ、攻撃に気付いた次の二体も、振り向く前に仕留められた。
最後の一体、ぼろぼろな修道服に身を包んだ女性型らしきアンデッドがその姿を捉えた直後には、二人のヤクザキックが彼女の腿から下を土に還していた。
「大丈夫?」
「まだ生きてるー?」
倒れ藻掻く五体目の骸骨の頭蓋やら胸骨やらを踏み砕きながら、ぼんやりとした笑みを浮かべるハナとミツ。
どこか焦点の合わないような屍人の瞳に、尻餅を付いていたヘファが溜息を漏らした。
「ありがと……何とか生きて……や、最初っから死んでたわね、そういえば」
真っ当な生者などいないこの場において、生きる・死ぬという言葉のなんと曖昧なことか。
取り合えずHPはまだ残っていると安堵しながら回復アイテムを使おうとして、今の自分には通常の回復手段が通用しないことを思い出すヘファ。
「はぁ……」
追加でもう一つ溜息を付きながら、結局は自然回復に任せるままにした。
アンデッドやゴースト系モンスターの一部には、夜のあいだHPが徐々に回復していくパッシブスキルを持つものも存在する。(プレイヤー補正等によって)ごく微量ずつ回復していく自身の低い体力値を嘆くヘファの顔には、先程霊魂を賛美していた時とは全く真逆の表情が浮かんでいた。
「じゃあ、ここからは三人でってことでー」
「悪いわね」
「いえいえ」
よく見知った仲である故にか、そんなあっさりとしたやり取りの後、三人は共に探索を再開した。無論、前を行く婦婦と数歩後ろを行く自称後見人という構図自体には、一切の変化がなかったが。
「うーん、でも……ここでアンデッド系が出てくるのって、ちょっと変だよねぇ」
「周年イベの影響なのか、それとも……」
歩む三人に変化はなくとも、その道筋、深い渓谷の底は、ミツとハナの言葉通り常とは違った趣を見せている。
胡乱な都市伝説こそあれど、元来このステージが群狼を始めとした獣たちの生息地となっていることは、これまでの無駄足によって嫌というほど分からされている。
その場所に、平時では存在しないはずの――それこそ、先のスタンピードで見られたものと同種の――神聖系統のアンデッドが再び出現していること。
いくらハロウィンにあやかったものと言えども、単なる周年イベントの一環だと片付けるには、どうにも出来過ぎなように思える事象。
いや、それこそこのお祭り騒ぎに乗じて、件の都市伝説を公式側が逆輸入してきた……なんて可能性も、決して有り得ないとは言い切れない。
何せ今、この常夜の帳に包まれたセカイでは、運営の暴走と悪ふざけがそこかしこに跋扈しているのだから。
「……霊石のアクティブ化も関係してるのか、どうなのか……」
「これはちょっと、検証が必要かもしれないねぇ……」
(よく分かんないけど渓谷デートてぇてぇ)
周年記念、ハロウィン、ミツの首元で輝く霊石、百合オタ。
いずれかが、ないしはいくつかが、或いはその全てが複合的に作用してか。
月が照らす渓谷の底には、いつもと違う、けれどもいつだか感じたような、敬虔なる死者たちの気配が漂っていた。
次回更新は10月31日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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