108 R-気楽に悩める友人ポジ
まあ、未代の心中がどれだけむず痒く揺れていようとも、時間は容赦なく進むし、午後の公演も滞りなく行われたのだが。
むしろこの女、無駄に器用な部分があるものだから、その甘酸っぱい困惑を無意識のうちに演技に落とし込んだりなどしてしまう始末。
結果として最終公演は、一日目、二日目両日合わせても一番の盛況を見せることとなった。
委員長――固定カプ教徒は、麗との仲が深まっているとほくそ笑み。
原因の分からない麗は、バーチャルな劇中で対面しながらも内心首を傾げ、見に来ていた市子と卯月は、少しばかり複雑な表情で見惚れていた。こちらも麗と同じく原因が分からず、しかし未代の胸に芽生えた感情が妙に真に迫って見えてしまうものだから、本当に演技なのだろうかと、心中も穏やかではいられないといった具合だろう。
実のところ、未代にとってのヒロインが三人もいることなど知りもしない彼女たちは、誰もが皆、胸の内にそれぞれの勘違いを抱えており。
何なら中心人物である未代ですら、自分が好かれやすい人間であるということには、未だに無自覚なままという始末。
学院祭も終わりに近づきつつある夕暮れ前、最も状況を正しく把握出来ているのは、案外。
「未代ちゃん、あれ、そういうことなのかなぁ」
「そういうこと、なのかもね」
一歩離れたところから、クロスファイア的に状況を観察していた婦婦なのかもしれない。
「いやぁまさか、あの未代がねぇ……」
昨日今日と傍目に見るに、どうも未代の様子は、なんというかこう、ダブって見えるのだ。
蜜実への好意を自覚したときの自分と。
一年次からの友人付き合いもあり、彼女の鈍感っぷりを多少なりとも見てきた華花からすれば、正しく吃驚と言うほかない。
「委員長の目論見も、ある意味上手くいったって言えるかもしれないけどー……」
未代と麗を劇中で疑似恋愛に落とし込み、関係を進展させる。
そんな彼女の計画に、劇中でもリアルと変わらぬ雰囲気を見せることで陰ながら貢献していた二人。
しかして昨日今日の未代の様子を見るに、ことはそう狙い通りには進んでいないようにも思われた。
「多分、多分だけど未代ちゃん……市子ちゃんと卯月先輩にも、鼻の下伸ばしてたよねぇ……」
「ね」
過分に恣意的な言い方ではあるが、まあ、概ね事実でもある。
華花と比べれば交流の年月が短い蜜実であっても、やはりいつかの自分と被って見えるという点から、未代の心の内をなんとなしに推し量ることが出来ていた。
つまりあれは。
センパイ、後輩、同級生を、直視とは微妙にずれた視線で追う、今の未代は。
どうしたって、彼女たちを憎からず意識しているのではないかと。
「進展、と言えば進展、なのかしら……」
「余計に拗れた、とも言えるよねぇ……」
誰か一人に目を向けているのであれば(何なら向かう先が麗ではなかったとしても)、それは委員長の目論見通りだったと言えるのだろうが。
「ま、意識したおかげで、たらしっぷりが少しは落ち着いてるのは、まぁ……良いこと……なのかな?」
表面的には、未代が多少なりとも(『一心教』基準で)真っ当な人間になったようにも見える。しかしてその実態は、無自覚女たらし女が優柔不断ヘタレ少女へとジョブチェンジしただけのことであり。
そのことが明るみに出れば、今度こそ未代は、狂気的な教祖の猟奇的な凶器によって、儚く命を散らす羽目になるやもしれない。
いかにバーチャルなセカイと言えども、流石にリアフレが惨殺死体になってしまう光景など見たくは……いや、やっぱりちょっと見てみたい気もしないでもない二人だった。
とはいえそれは、今は一旦捨て置いて。
「――ただまあ正直、未代以上に問題なのが……」
未代の命の危機などよりもよっぽど厄介な問題が、変遷を見せ始めた本件の中で、急浮上しているのだ。
華花と蜜実の苦笑が止まない、もう一つの理由。
委員長の計画は失敗したとはいえ……曲がりなりにも鈍感な友人が色恋というものを知り始めたのだから、少しくらいは応援してやってもいいか、と。そう思っていた二人の、想定の更に斜め上を行く現状。
それは。
「麗たちが気付いてないっぽい、ってことよね……」
「……鈍感って、感染するんだねぇ……」
誰も。
麗も、卯月も、市子も。
そう、誰も。
未代からの好意の視線に、気が付いていないという事実。
あれだけ意中の相手の鈍感さに悩まされていた三人が、或いはその鈍感さに当てられ過ぎてしまったが故か。
未代の、小学生もかくやという挙動不審っぷりに、揃って首を傾げている。
自分の魅力に気付いてくれた――だなんて、思い付きもしないというように。
「私たちが暴露しちゃう、っていうのは、流石になんか違うと思うんだけど」
「でもこれ、どうしたらいいんだろうねぇ、ほんとー」
友人のよしみ。かつての自分たちを見ているようだから。
手助けをする動機は多々あれど、かくもみょうちきりんに捻られた彼女たちの心模様に、さてどこからどう手を出せばよいのやら。
さしもの百合婦婦も、生憎と他人の色恋沙汰をスマートに解決する術など身に付けてはいなかった。
「……と、とりあえず、それとなく未代ちゃんに声かけてみて、自覚症状がどれくらいあるか確認してー……」
「麗たちにも、未代の様子がどんな風に見えてるのか聞いておきたいところね……」
ひとまず事情聴取からかと、二人は首を捻りながら、慣れないお節介のプランを立て始める。
まさかこんなことになろうとは、学祭の演目を考えていた時には、まるで考えもしなかった。
そも、華花と蜜実がここまで他人に興味を抱くこともまた、珍しいと言えば珍しい話。
まあ、興味だ感心だと言っても、ある意味で円熟し切った自分たちの色恋沙汰を、友人のそれを見て懐かしむような、概ねそんな心持ちではあるのだが。
「こう見ると案外、切っ掛けなんて分かんないものなのかもしれないねぇ」
自分たちが、PVP大会の優勝を切っ掛けに、互いを強く意識し始めたのと同じように。
傍から見ればなんてことない出来事が、その本心を決定的なまでに浮かび上がらせてしまうのかもしれない。
そう思えばやっぱり、ことの行く末を見届けたくなってしまうもの。
どうちょっかいをかけようか、悩ましいところではあるけれど。取り合えず今、二人に言えることは。
「でも、それでああまでなっちゃうだなんて……」
――心の奥底では、どれだけ三人のことが好きだったのかと、そんな突っ込みだけだった。
苦笑いと意地の悪い笑みが混ざった何とも言い難い表情で、二人は顔を見合わせて。
〈――それではっ!今年度の百合園女学院学院祭のぉっ――後夜祭をっ、始めちゃいたいと思いまーす!!!〉
机に置いたデバイスから聞こえてきた、陽気なアナウンスにハッとする。
夕暮れの空き教室。
二人以外誰もいないそこに、ホログラムで再現された体育館の様子が映し出される。
響く歓声は、デバイスからか。それとも、空いた窓の向こうからか。
どちらともつかない立体音響に包まれながら、二人は今度こそ、口の端を純粋な笑みの形に変えた。
既に来賓は皆、帰路に就いた黄昏の時間帯。
ステージたる体育館で。
後片付けに勤しむ教室で。
秋風の吹く校舎の影で。
小さな花々も踊る花壇のそばで。
二人っきりの、空き教室で。
ホログラム、ARによって繋がった、学院内の至る所で。
歓声と熱気が立ち昇る。
「ま、あの四人のことは、一旦置いといて」
「うん。取り合えず今はー」
祭りの終わり。最後のひと時を、楽しもう。
次回更新は10月24日(土)18時を予定しています。
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