107 R-級友の窮地を尻目に食べる飯は旨い
昼時の二年二組。
その教室内はどうしたことか、昨日の同時刻以上に賑わっていた。
「陽取先輩は、あれですかっ!?ハーレム系主人公ってやつなんですか!?」
喧騒の元は二組の生徒でも、それどころか二年次の生徒ですらなく。
午前の公演を見て押し掛けてきた、下級生たち。
「ウチの市子もその一員ってコトなんですか!?」
「どうなんですか!?」
祭りの日の無礼講。
いつもより上級生の教室の敷居が低くなっているのを良いことに、好奇心旺盛な一年次の生徒たちが、未だサンドイッチを咥えたままの未代へと詰め寄る。
「い、いや、そういうんじゃないから……」
食事中だから、という以外の理由から、問われる少女の口はしどろもどろに蠢くばかり。
なんでこんなことになったのかと嘆いてみても、今の未代に分かるのは、自身に野次馬めいた熱視線を向ける後輩が、昨日メイド喫茶で試着を勧めてきた子たちである、ということくらい。
ウチの、という言葉からも分かる通り、市子と仲良くやっているクラスメイトたちなのだろうが、にしたって少々お節介が過ぎるのではなかろうか。当の市子本人は仕事に戻っているというのに。
言いたくても言えない言葉を飲み込み、されど代わりに出てくるのは返事と呼べるかも怪しい呻き声のような何か。
しかしというかやはりというか、熱の入った演技を見てボルテージの上がってしまった若人たちが、そんな程度で止まるはずもなく。
「市子からたまに話は聞いてましたけど、ほんとにほんとだったんですね!?」
「そちらの深窓先輩と、三年の先輩まで囲ってるって話!!」
未代が先にあげた小さな否定の声など、まるで聞こえなかったかのように、事実確認という名の圧力をかけていく。
比較的育ちの良い女学院生と言えども、流石に三人揃えば姦しい。色恋沙汰が絡めばなおのこと。
文殊の知恵などなくとも、その波状攻撃めいた勢いだけですら、相対する未代にとっては相当に厄介なものであった。
「か、囲ってるとか、そういうんじゃないから……三人とも、ふつーに……と、友達だから……」
友達という言葉に、自分で声をつかえさせながらも、何とかもう一度否定して見せる未代。
隣で困ったような笑みを浮かべていた麗だが、未代のその弱々しい返しに、やはり何かおかしな雰囲気を感じ取っていた。
(いつもならもっと、きっぱりと否定するはずですが……)
今までは、友人知人にクラスメイト、時にはヤバめな教祖に襲い掛かられてもなお、未代ははっきりばっちり自分の意志を貫いていた。
自分は鈍感系でもハーレム系でも女たらしでもない、と。
しかしどうしたことか。
今の彼女からは普段の歯切れの良さなど微塵も感じられず、下がった目尻にはありありと、弱々しい心の内が透けて見えていた。
(市子さん……いえ、やはり彼女だけではなくわたくしたち三人……まさかようやく、ご自身の魅力に気が付いた……?)
冗談めいて頭に浮かぶそれが、まさか当たらずとも遠からずであるだなんて思いもしない麗。
実際のところ未代が自覚し始めたのは三人への好意や距離感の近さであり、それこそまさか、相手方三人共からかように好かれているなんてことには、未だ思い至らない。
要するに今の未代は、気になるあの子(三人)との仲をからかわれて顔を赤らめる小学生みたいなものであった。
そう。
彼女は今、無自覚鈍感女たらしから、恋愛情緒小学生ガールへと進化を遂げようとしているのである。もしかしたら退化かもしれない。
(うーん……何にせよやはり、わたくし一人の憶測では……)
未代が未だそんな段階、惚れたはれたの初歩の初歩で足踏みしていただなんて、さしもの麗でも予想する方が難しいというものだろう。
「まあまあ。未代さんは日向さんにも、槻宇良先輩にも、勿論わたくしにも、友達として接して下さっていますよ」
取り合えずこの場は穏便に収めようと、麗は柔らかな笑みを浮かべながらそう言った。努めて穏やかに、恋愛のれの字すら見せないように。
「ぅ……で、でも、市子がよく、陽取先輩はちょっと目を離した隙にすぐ女を引っ掛けてくるって」
「いや、いやいやいや……」
何とも明け透けな物言い。
しかしこれに対しては、今の未代でも幾分かいつも通りに返すことが出来る。
何かと気が向かいがちな三人とは、直接の関係がない話であるが故に。
「それこそ、市子があるコトないコト言ってるだけだって」
「……そうでしょうか?」
「あれぇ?」
……かと思いきや、つい今しがたフォローを入れてくれたはずの麗から、思わぬ言葉が。
「未代さんはこう、相手の懐に入り込むのが上手と言いますか……そう、人たらしの気があることは、否定しきれないかと」
「い、いやそりゃ、自分でも知り合いは多い方かなぁとは思うけどっ、別にそんな、たらしなんて言うほどじゃ……」
慌てて否定の言葉を続けるも、時すでに遅し。
未代の肩を持っていたはずの麗からお墨付きを貰ったことで、一年次の生徒たちは、最早確定事項であるかのように、未代を女たらしか女たらしでも見る目で見始める。
「わぁ、やっぱりそうなんですねっ!」
「成程、口では友達だなんだって言いつつ、実際は三人どころかあっちこっちにたくさん現地妻を囲ってるんですね!」
「『高等部寮の優良問題児』ってあだ名は本物だったんですね!」
「何それ初めて聞いたんだけどっ!?」
市子の吹聴によって一部一年次を中心に広まりつつある、不本意極まりない呼び名に驚愕の声を上げる未代。
「良かったじゃない。遂に未代も二つ名持ちになれて」
ここまで黙って(ニヤつきながら)ことを見守っていた華花と蜜実も、楽しそうに茶々を入れだした。
「これを機に、ハロワでの二つ名も考えちゃうー?」
「『修羅場製造機』なんてどう?」
「いらんわそんなあだ名っ!」
クロノが聞けば字面だけで大喜びしそうなその通り名も、未代にとっては堪ったものではない。
なお、華花と蜜実の方も、リアルだろうが劇中だろうがところ構わずいちゃつき散らかしているバカップル、だなんて噂が広まりつつあったりする。
「えっと、そちらの先輩方はお付き合いしてらっしゃる、ん、ですよね?」
律儀にも、やり取りに混ざり込んできた上級生たちへと話を振る下級生の一人。
当たり前過ぎてこれまでほとんど聞かれることすらなかったその問いに、二人は互いを指さし合いながら答える。
「嫁です」
「妻でーす」
「お、ぉぉ~……」
何に対する感嘆なのかは不明だが、兎角、二人のその動きから何か熟練された匠の所作めいたものを感じ取ったようであった。
「あの、じゃあちょっと質問なんですけど……お二人から見てもやっぱり、陽取先輩ってハーレム系主人公って感じなんですか?」
仮に彼奴を百合ハーレム物の主役とするならば、さしずめこの二人は友人ポジの百合ップルか。そんなことを考えながら一年生たちが問いかける。
「うん、無自覚なのか知らないけど、正直見ててうわぁ……ってなることが多いねぇ」
「知ってる?この女、夏休み中ここぞとばかりにローテーション組んで三人と個別で遊んでたみたいよ」
「ちょ、わざわざ言わなくても……!」
「「「うわぁ……」」」
ドン引きする下級生、ばつの悪い顔をする未代。静かに苦笑する麗。
(くそぅ、言葉だけ聞けば事実なのがまた……!)
今にして思えば何故、四人揃って遊ぶよりも誰かと二人きりで会う機会の方が多かったのか。
ようやっとその異常性に気が付いた未代だったが、しかし当然、時は戻らない。
今この瞬間に残っているのは、やっぱりちょっとばかし距離が近かったように感じる各人との夏の思い出と、休暇中に三人もの少女をとっかえひっかえしていたという客観的事実のみ。
恋愛という概念が欠如していた無敵状態の頃ならいざ知らず。昨日から急激な心の振幅に振り回されっぱなしの今の未代にとっては、そのどれもがむず痒くも都合の悪い記憶たちであった。
次回更新は10月21日(水)18時を予定しています。
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