106 R-学院祭二日目 束の間ふりーたいむ
明けて翌日、引き続き快晴。
学院祭も二日目ともなれば、生徒たちもみな多少はこなれてくるもので。
出し物の準備に追われ廊下を早足に駆けていくその顔には、一日目以上にゆとりのある笑みが浮かんでいた。
……一部、例外を除いては。
「ほらほら未代お嬢様、次はあっちっす!」
お嬢様、などと呼ぶわりにはいつも通りの口調で、未代の手を引く市子。
二日目は比較的多く自由時間を貰えた彼女は、これ好機とばかりに朝から未代の手を引いて学院内を見て回っていた。
「わ、分かったから引っ張らないでって……!」
いつも通り、そう、いつも通り小動物めいた笑みを浮かべる市子の姿に、しかし未代の方は、どうしたっていつも通りにはいられない。
いや、突貫工事で繕われたお淑やかなメイド服に身を包んでいるという点では、市子の格好はいつも通りとは程遠いそれではあるのだが。
けれどもやっぱり、手を引く指先の感触は慣れ親しんだ暖かさで、その熱を意識してしまう今の未代にとっては、どこをどう取ってもむず痒いこの一幕。
非番でも店の宣伝を兼ねてメイド設定のまま現れた市子は、日常、非日常が相合わさった不可思議な魅力でもって、めっきりガードの下がってしまった未代のメンタルを攻撃していた。
「ぅぅっ……」
結果、喧騒に撒かれて消えてしまいそうな呻き声が、揺れるサイドテールから小さく漏れる。
(未代さん……?うぅん……)
ただ一人、横を歩いていたが故に聞き拾えた麗。
昨日もごく微かに感じていた未代への違和感は、やはり気のせいではないのだろうかと、その胸中に小さな疑問符となって浮かび上がっていた。
しかし、それが具体的に何かまでは分からない。
もっとこう、思い詰めてしまうほどに深刻なものであれば、すぐにでも看破出来るだろうに。
今日も昨日も、どうにも未代が抱えているものは、辛い悩みといった風ではないように見える。
かといって大したことは無いのかと言えば、こうしてよくよく観察していれば勘付ける程度には、重要なことなのだろう。
で、肝心のその実情は如何なものか。
それが分かれば、苦労はないのであるが。
現時点で、麗から見て読み取れることと言えば、
(わたくしと、槻宇良先輩と、日向さん……)
この三人と行動している時だけ、僅かに妙な態度を取っているということくらいか。
華花や蜜実、クラスメイトたちと話している時などは、至っていつも通りの陽取 未代そのままであるのだが。
昨日のお化け屋敷でのワンシーン然り、今目の前で繰り広げられている、市子に手を引っ張られるが如き一幕然り。
自分たちとのやり取りの中で、未代は時折、何かに戸惑っているかような表情を見せるのだ。
(『ティーパーティー』関連で、何かあるのでしょうか……?)
未代自身も含めたこの四人の関連事と言えば、真っ先に思い浮かぶのはもう一つのセカイでの話になるが。
周年イベント、或いはこのリアルでの学院祭にかこつけて、何かやりたい事でもあるのだろうか。
(でも、それにしても何だか……こう……)
いやさしかし、サプライズの類を隠しているにしては、どうにもしっくりこないような。
未代という少女が今まで見せたことのない微かな違和に、麗は小さく頭を捻る。
(直接問う……前に、お二人と少し、話をしてみましょうか……)
未代の方から曝け出してこないということは、少しばかり自分たちには話しづらいモノなのだろう。
なればまずは、彼女の変調に少なからず影響しているであろう三人で、一度心当たりを探ってみようか。
未代の雰囲気から麗は、少なくとも悪い方に深刻な問題ではないと結論付ける。
学祭が終わってからでも、などと呑気に独りごちる彼女だったが……
実際のところ未代の中で、彼女たち三人にとっても尋常ではない変革が起きつつあるだなんて、まだこの時は露ほども考えていなかった。
◆ ◆ ◆
ところ変わって華花と蜜実。
かねてから、二日目は二人で見て回ろうと決めており、朝から未代たちとは別行動を取っていた。
「やっぱり飲食物系が多いねぇ」
「まあ、一年次はね」
高等部一年次のフロアを歩くその手には、先程テイクアウトしてきたドリンクのカップ。別々の味を時折あーんしながら、二人はぶらぶらと校舎内を彷徨う。
通常はこういったイベント毎の際、低学年の内は飲食物の販売を許可しない学校も多いものだが。ここ百合園女学院高等部では、二年次以上からはVR関連の催し物をすることが推奨されており、その分一年次はホログラム、拡張現実を用いた展示系や飲食店系が多く見られる。
無論、食品(と言っても御多分に漏れずチルド類なのだが)の安全管理等は教師指導の下厳しく行われているのであしからず。
まあつまるところ何が言いたいのかといえば、あちらこちらで美味しそうな匂いを漂わせる一年次フロアなんぞ練り歩いていれば、必然、腹の虫も鳴ってしまうということ。
「た、食べ過ぎは良くない……けどー、身体が勝手にぃ~」
隣接する中庭の方、まるで吸い寄せられるようにして、蜜実がふらふらと屋台へ歩を進める。
「まあ、いい匂いするし、しょうがないね」
組み合った腕を引く感触にさしたる抵抗も見せず、苦笑と共に華花も追従する。
こういう時くらい甘やかしても良いか、などと考える華花だったが……いや、こういう時もどういう時も無く、いつ何時だって彼女が蜜実に激甘なのは言うまでもないことだろう。
抗えない食欲への、それでもせめてもの抵抗として量は少なめ、一人前の焼き鳥を購入した二人は、そのまま中庭に設置された休憩スペースへと向かう。
広々とした屋外スペースに沢山のベンチが並べられたそこは、やはり来客生徒混ざり合って混雑はしていたものの、どうにか二人は腰を下ろすことが出来た。
「はい、あ~」
「あー」
そうして隣り合って座った華花と蜜実が行うのは、最早二人の間でのスタンダードと化しつつある、一、二度の攻防で試合を終える『あーんバトル』――言うなれば『簡易あーんバトル』とでも呼ぶべきもの。
それは確かに、ほんの少しのやり取り。最初から最後まで通していた頃のように、やたらめったら甘ったるい空気を派手に噴出することこそない。
ない、ものの……ほんの数巡のやり取りに濃縮されたいちゃつきようが、偶然それを目にしてしまった者たちに与える心臓へのダメージは、以前のそれに負けずとも劣らないものであった。
言うなれば一粒にレモン数百個分のビタミン的な、なんかまあそんな感じである。おそらく。
さらに言うならそもそも、いくら混雑しているとはいえくっ付き過ぎでは……?と思うほどに身を寄せ合って座っているのだから、今更と言えば今更なのだが。
兎角、相も変わらず人目など気にも留めない華花と蜜実のやり取りによって、涼しげな風の吹き抜ける中庭は静かに、けれども確実に、バニラフレーバーでも噴霧されたかのような甘やかな空気に浸食されていく。
((((何か、めっちゃいちゃついてる先輩がいる……!))))
焼き鳥などという幾分かむさ苦しいはずの食べ物をすら、カップル御用達ストロー付きドリンクもビックリな映えアイテムへと変貌させる。
「そこの先輩方っ!よろしければウチのデザートなんかいかがですかっ!」
「うちもうちも、お安くしときますぜ!」
「いやいや、うちでドリンクのおかわりなんてどうすか!」
そんな二人に当てられてか引き寄せられてか、一人分を早々に食べ終え腰を上げた婦妻にかかる、商魂たくましい声たち。
「あぁ~誘惑に勝てないぃ~」
「ふふっ、はいはい」
食いつく蜜実、つられる華花。
「はい、蜜実」
「あ~」
またもや一人前をシェアする二人の姿は、これ以上ないほどの宣伝効果を伴っており。
結果、中庭に居を構えていた焼き鳥屋のみならず、周辺一帯の飲食店が妙に繁盛するという経済効果をもたらすこととなった。
次回更新は10月17日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。




