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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
秋 百合乃婦妻とお祭り騒ぎ
104/326

104 V-カップルでお化け屋敷に入ると殊更脅かされるってほんとですか?


「後は、この廊下を進むだけ……で、良いのよね……?」


「うん、簡単簡単……」


 努めて絞り出した言葉の割に及び腰な体を寄せ合いながら、華花と蜜実は廊下を進む。


 そこは勿論、祭りの日にあって活気に満ちた百合園女学院内の通路――ではなく。

 暗く古ぼけた大きな和風の屋敷であった。


 卯月が所属する三年一組の出し物であるお化け屋敷。

 仮想世界に構成されたそのステージは、テンプレートといえばテンプレートな古屋敷ではあるのだが。

 言い換えれば王道、普通に怖いやつ。


 そも今の時代、和風の古屋敷など現存していればそれだけで特別保護対象となり得るもの。

 それだけ直接見る機会がなく、それでいて歴史物や、それこそこういったホラーでイメージだけは固まっているのが現代っ子というもの。


 その和風建築は未知でありながら、既に恐怖のイメージが嫌というほど染み付いてしまっていた。


 そんな、朽ち果て、瘴気でも漂っているかのような屋敷を、華花と蜜実は身を寄せ合いながら歩いていく。


 ちなみに、華花は見た目こそクール系だが人並程度には怖がりであり、蜜実はふわっとしているが普通に怖がりである。


 つまり、お互いほどほどに怖いけど一緒にいるから耐えられているという、驚かす方としては一番萎えるタイプの婦婦(カップル)として、仮想の長廊下を進む二人。

 ぎしぎしと必要以上に軋みを立てる床。破れた障子に映る影。時折聞こえる、自分たち以外の何某(なにがし)かの物音。


 インパクトにものを言わせたビックリ演出ではなく、じめっと背中に纏わりつくような怖気(おぞけ)が、断続的に二人へと忍び寄る。


 ぴたりと密着して歩く二人の影がふと、明らかに二人分の体積を超えて膨らみ揺れた。


「「……!?」」


 物理現象を無視したその揺らめきに、華花と蜜実が揃って振り向く――怯えていても、その反応速度だけは(・・・)一級品だった――が、やはりそこには誰もいない。


 思わず歩みを止めそうになり、しかしそれこそ、目に見えぬ、いるかもしれない誰かに追い付かれるのではと、二人の足が止まることはなかった。


 どちらにせよ、進まねば終わらない。


 無論、リタイアというコマンドも用意されてはいるのだが。

 二人は仮想のセカイで強者としての名を馳せる百合乃婦妻。


 たとえ、単なる学院祭の出し物に過ぎないとしても。

 たとえ、二人揃ってどんなに腰が引けていようとも。

 セカイそのものから逃げるという選択肢など、あろうはずもない。


 先程の、後はこの廊下だけという言葉からも分かるように、既に二人はスタートから相応の距離を進んできた。


 入り口に置かれた割れた鏡に、何故か三人分の影が映っていた時も。

 居間に飾られた市松人形が、振り向くたびに少しづつ近寄って来ていた時も。

 廊下の初め、縁側から続く庭に、明らかに不特定多数の気配が漂っていた時も。

 足袋が畳を擦る音も、障子が独りでに開く音も、自分たちの踏んだ廊下の軋みさえも。


 あらゆるギミックにビビり散らかしながらも、ここまで来たのだから。

 今更逃げるなど、有り得るはずがない。


 そう、自身らを鼓舞しながら進む、廊下の先。



「っ」



 仄暗い曲がり角で、不自然なほどはっきりと垣間見えた白い裾。

 蜜実が小さく息を吐けば、及び腰で並び立つ華花がその左腕をより一層強く抱きしめる。


 もはやお互いを引っ張り合うような有り様で、けれども二人は止まらない。


 道は一本。

 逡巡は一瞬。


 例えお揃いの鎧も、婦婦剣すらなかろうと、ここに至って退くなどと、有り得るはずがない。


 意味もなく潜められた息遣い、極力床を軋ませまいとする摺り足、いずれにせよ場の雰囲気に呑まれた振る舞いながらも、二人は少しづつ歩みを進めた。


「「……っ」」


 揃って固唾を飲み込み、遂に曲がった角の、その先にいたのは。



「やぁ~やぁ~☆」



 空恐ろしいほどひょうきんに笑う、ピエロだった。


「「…………」」


 白い顔に赤い鼻。

 ウールの如く絡まり合った金髪と赤、青、白の三色からなる派手過ぎる装い。


 にぃっ、と限界まで歪められた唇もまた、暗闇に浮かび上がる深紅。



 なぜピエロ?



 そんな疑問が、華花と蜜実の身体を硬直させる。


 とにかく異様で、明らかに浮いている。

 今まで歩いてきた屋敷の中も、ピエロの背中に見える廊下の先も、間違いなく古びた和風屋敷であるはずなのに。


 嫌に目に映えるカラフルな道化が、なぜこんなところに。


 あまりにも場違いな風景に、バグか何かの類ではないかとすら考えてしまう二人。

 先ほどまで抱いていたぞくりと迫るような恐怖感は、眼前の意味不明過ぎる光景によって一瞬麻痺し。



「誰かと思えば見知った顔だねぇ。よーし、おねーさん張り切っちゃうぞっ☆」


「「!?!?」」



 聞き知った声で話すピエロが背中から取り出した、明らかにペンキではない赤に染まったバトンを見て、すぐさま全く別種の恐怖が湧き上がってきた。



 すなわち、スプラッターホラー的恐怖を。


 ――アトラクションのジャンルが、180度変わった瞬間であった。



「そーいっ☆」


 満面の笑みのまま、ピエロはバトンを振り下ろす。


「ひぃっ!!」


「わぁっ!?」


 流石の反射神経というべきか、二人は咄嗟に身を離し、華花は左、蜜実は右から、道化の脇を抜けて行く。


 ずぅんっ、という明らかに危険な音を背に、転がり込むような情けない恰好のまま先の道へ。



「ねぇ何あれ!?なんか思ってたのと違うんだけど!?」


「わたしも、こういう系だなんて聞いてないよぉーっ!?」


 先程までの静かさはどこへやら、絶叫と共に二人は廊下をひた走る。

 その後方からはやはり、どたんどたんと大きな音を立てながら、ピエロが追いかけてきていた。


「まてまてぇ~いっ☆☆」


 心底楽しそうに笑いながら、両手のバトンを壁に叩き付けるピエロ。

 その度にどかんばこんと壁が砕け、木片が二人の背にまで迫るほど。


 あれは間違いなく、楽しんで殺すタイプのピエロだ。


 そう思いながら走る二人の脳は、未だ混乱に塗れたままではあったが……兎角逃げる、逃げなければ肉塊にされる。

 すぐ後ろにしかと迫る死の恐怖が、バーチャルも何も関係なく、華花と蜜実を疾走させた。


 逃げないなんて考えていたことなど、最早頭の片隅にすら残っていなかった。


「ひっ、ふっ、このアバター(からだ)っ、足遅過ぎるってっ!!」


「しょうがないよぉーっ、現実準拠(リアルベース)だもんっ!!」


 おんぼろで狭く、闇に阻まれて先の見えない廊下は、走れども走れども続いている。

 どれだけ足を動かしても変わらない目の前の光景に、本当に前に進めているのかと、更に別種の恐怖が二人の心臓を傷めつけた。


 まるで質の悪い悪夢。

 世界観の統一も何もなく、背景に不釣り合いなクリーチャーが、クリーチャーにミスマッチな背景を背負って追いかけてくる、悪い意味での非現実感。


 ただ混沌とした恐怖を延々と押し付けてくるそれを悪夢と呼ばずして何と呼ぶのか。



「きゃっ!」


「あっ……!」


 どちらの足がもつれたのか。或いは、互いの足がもつれ合ってしまったのか。



 身を寄せながら走っていた華花と蜜実は、その一瞬で揃ってバランスを崩してしまう。


 一塊になって廊下に倒れ込む二人。

 しまったと思い顔を上げた時には既に、白面の道化が目と鼻の先に。


「「ひぅっ……!」」


 皮肉なことに、二人の勝負師としての勘が告げていた。

 もう無理だ、と。


「あららぁ、残念」


 座り込んでしまった獲物たちを見降ろしながら、道化が口をすぼめて言う。

 名残惜しげな表情と共に振り上げられる二振りの棍棒(バトン)を前に、華花は耐え切れず叫んだ。



「ば、『攻盾(バッシュ)』!!」


「華花ちゃんここハロワじゃないよぉ!!」



 虚しい現実逃避に悲痛な声を上げる蜜実。

 残念ながらここは既に現実ではなく、それが故に逃避のしようなど悲しいほどになかった。


 ピエロと遭遇したその瞬間から、リタイアコマンドは選択不可となっている。

 残っているのは、逃げ切るか追い付かれるかの二択であり。


 そして、二人は逃げ切れなかった。

 故にその末路は、バッドエンド。



「それじゃ、お二人には残念賞をぉっ……プレゼントッ☆☆☆」



 めきゃ。

 なんていう鈍い音の重奏、それが耳に届くと同時、二人に意識は強制ログアウト(ブラックアウト)した。


 次回更新は10月10日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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