102 V-シンデレラ(ガチ百合) 追い求めれば、能う現
タイムリミットギリギリのところで、シンデレラはどうにか自室へと逃げ帰ることが出来ました。
期せずして得られた王女様との一夜の思い出を胸に抱え、どこか悶々とした気持ちのまま迎えた朝は、お世辞にも清々しいものだとは言えません。
「……おはようございます、お姉さま方」
浅い微睡みを繰り返し、まだ寝不足だと訴える頭を振りながら、義姉二人へと挨拶をするシンデレラ。
「あ、いたんだ。おはよー」
「おはよ」
相も変わらず意地悪を通り越して無関心な姉たちの、妙につやつやとした顔色になど気が付くこともないまま、シンデレラは物憂げにテーブルに着きます。
いつもは一番に起きてきて娘二人のやり取りを幸せそうに眺めている継母の姿が、今日はどこにも見受けられませんが……そんなことすらも、今のシンデレラには気に止まる由もありません。
「……はぁ……」
朝食も喉を通らず、代わりに吐き出されるのは小さなため息ばかり。
最初は舞踏会などさして興味もなかったはずのシンデレラですが、どうしたことでしょう。
いざ無理やりに放り込まれ、そこで素敵な王女様と手を取り踊ったごく僅かな時間が、今となっては彼女の心を掴んで離しません。
一緒にいたのはほんの少しだけ、最後まで、王女様の人となりすらよく分からずじまいだったのに。
……いえ、むしろだからこそでしょうか。
その僅かな暇に垣間見えた、柔らかな微笑みが。
ほんの二、三曲踊る間でだけ通わせられていた、お互いの心の一端が、もっと彼女を知りたかったと、そう思わせているのでしょうか。
「……はぁ……」
「おはようございます。朝から随分と辛気臭い顔をしていますね、シンデレラ」
「うわぁっ!」
背後からおもむろにかけられた声に、物思いに沈んでいたシンデレラは、驚きの声を上げてしまいました。
慌てて振り返ればそこには、目の下に自分などよりよほどくっきりと濃いくまを作った継母の姿が。
どうやらこのお母さま、今帰ってきたご様子。いわゆる朝帰りというやつです。
今更ながらそのことに気が付いたシンデレラは、いやどんだけエンジョイしてたんだよ……などと詮無いことを考えながら、なんとか挨拶を返します。
「お、おはようございます。お母さまこそ……」
さくやはおたのしみでしたね などと言おうとして、いや流石にそれは品がなさすぎるか……と、言葉を濁すシンデレラ。
つい昨日までは品なんて欠片も気にしたことのない彼女でしたが、昨夜限りのパートナーの姿が、何故だかシンデレラにそれを意識させました。
――今更そんなものに気を使ったところで、彼女との縁なんてもう繋がってもいないのに。
などと悲観的な考えに再び浸りかけるシンデレラに継母は、なんてことないように告げます。
「ところで、シンデレラ。家の前に王女様がいらっしゃっていますよ」
「はあぁぁぁぁぁっっ!?!?!?」
やはりシンデレラに、品性やお淑やかさなどというものは、今一つ足りていないようでした。
「え、今!?」
「今です」
「なんで!?」
「王女様が、是非ともお会いしたいというものですから」
「~~!?」
数度の問答で、シンデレラは全てを察しました。
この継母、夜通し帰らず何をしていたのかと思えば、朝まで踊り狂っていたのではなく、王女様を家に連れてくる算段を立てていたのでしょう。
思い返せば、舞踏会の話をするたびに、妙に王女様とシンデレラを引き会わせようと考えていた節があります。
飛び入り参加。一夜の出会い。別れ。早すぎる再開。
全てが最初から、継母の計画通り。
こうなればおそらく、あの魔女とやらも継母の差し金とみて間違いないでしょう。
舞踏会で踊っていたかと思えば、カプ厨の掌の上で踊らされていた。
そんな言いようもない口惜しさと怒り、そしてそれらをはるかに凌駕する喜びと緊張が、急激にシンデレラの目を覚ましていきます。
「いや、そんな急に言われても心の準備とか、メイクとか――」
「はい、どーん」
「おわぁっ!?」
急転直下な展開にヘタレたことを言いだすシンデレラを、継母は容赦なく玄関の方へと突き飛ばします。
仮にも娘にする仕打ちとは到底思えない、余りにも無慈悲な所業。
しかしそれによって、押し退けられるように開いた戸を挟んで、二人は邂逅します。
「……っ」
「!」
シンデレラと王女様。
つい昨晩、手を取り合ったばかりの二人。
昨晩には無かった陽の光の下で、もう一度顔を合わせました。
寝不足がありありと浮かぶ自分を見られるのが恥ずかしくて、シンデレラは思わず顔をそむけてしまいそうになります。
ですが目敏いシンデレラは、その一瞬で見えた王女様の目の下に、自分と同じようなクマがあることに気付いてしまいました。
服装こそ外遊用の控えめなドレスに変わってはいますが、その表情からは、寝ずの夜を過ごした疲労感が……そしてそれ以上に、探していたものを見つけたという喜びが、ありありと浮かんでいました。
「……あ、あの……」
当然と言えば当然でしょうか。
今しがた帰ってきたばかりの継母と家に来る段取りを組んでいたのなら、王女様だって碌すっぽ睡眠を取らずに今ここに立っていたとしても、何らおかしな話ではないのですから。
「どうして……」
ですからシンデレラの口をついて出たのは、そんな子供じみた疑問符。
どうしてここに?
どうしてここまでして?
素敵な素敵な王女様が、たかだか二、三曲一緒に踊った程度の平民に、何故ここまで執心するのか。
そんな、はたから見れば分かり切っている疑問を、投げかけずにはいられない。
それほどまでに、シンデレラの心中は驚きと喜びでパニックになっていました。
「――お名前を……まだ、聞いていなかったものですから」
静かに返す王女様。
その胸の内に、葛藤が無いとは言い切れません。
昨夜も折に考えていたこと。
権力の象徴たる自分が、どこまでも自由なこの蝶を捉えようなどと、あまつさえ、自分だけのものにしたいなどと。
彼女にとっては、大きな迷惑になってしまうのではないか。
そんな考えは、彼女の継母に声をかけられてからも、幾度となく王女様の足を止めそうになっていました。
けれども、あの時。
突然腕の中をすり抜けていってしまった彼女を、夢中で追いかけたあの瞬間。
思慮のふりをした建前なんて、あっさりと吹き飛んでいた。
今更立ち止まることなど、王女様にはもう出来っこないのです。
それに。
「……あ、あたし、シンデレラと言いますっ」
突然押し掛けた自分に対して、嫌な顔一つせず。
むしろ自分と同じように、緊張と驚きと喜びで顔をふにゃふにゃにしながら名乗る少女――シンデレラ見ていれば。
「シンデレラ……」
自分の行動は間違っていなかったんだと、王女様も思わずにはいられません。
「……わたくし、貴女のことがもっと知りたいのです」
たった一夜の逢瀬ですらこんなにも心を通わせられた貴女を、もっと知って。
自分のことを、もっと知ってもらって。
「……はい、あたしも、王女様のこと、知りたいです……おこがましいかもしれませんけど……」
ちょっとだけ不安げなシンデレラと、王女様の行く末がどうなるのかは、まだ誰にも分かりません。
彼女たち自身にすら、自分たちの想いがどこへ向かっているのか、自覚出来ていないのですから。
「では、シンデレラ――まずはお友達から、始めませんか?」
「――はいっ!」
こうしてシンデレラと王女様は、一夜交えたステップの、次の一歩を踏み出しましたとさ。
めでたし、めでたし。
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「――計画通り、と言ったところかしら?あなたにとっては」
「さて。このままくっ付いてくれれば、言うことなしだったのですけれど」
「私にとっては、この方が都合が良いわ。王女とのコネクションは、否応にもシンデレラを社交界へと引きずり込む。貴賤を問わず誰もが彼女に絆されることは、先の舞踏会で実証されたことだしね」
「王女がそれを許すとお思いで?」
「ふん。一国の王女程度に止められるほど、あの子の才覚はちゃちなもんじゃないわ」
「……『人類総修羅場化計画』。何とも愚かな話です」
「そうかしら?百合修羅場こそ、修羅場厨にとっては何よりも楽しいものなのだけど」
「やはり相容れませんね。あなたと手を結ぶのはこれが最初で最後です」
「あーやだやだ、固定カプ厨は思考が凝り固まっててつまらないわね」
陽の影に揺れる二つの意思。
決して交わることのない者たちの戦いは、終わらない――
次回更新は10月3日(土)18時を予定しています。
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