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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
秋 百合乃婦妻とお祭り騒ぎ
101/326

101 V-シンデレラ(ガチ百合) 手を離せば、泡沫の夢


「お、っと、と」


「ここは右足を前に、ええ、次は左に体重を……」


 優美でありながら軽やかな音楽の流れるダンスホール。

 そこで踊る二人の囁きごとは、曲や喧騒に紛れ、ただお互いにしか聞こえていません。


 王女様は王女様なものですから当然、眉目秀麗、才色兼備、ダンスだって腹の探り合いだって何だってこなします。


 他の貴族・令嬢たちと比べても明らかにレベルの高いそのステップに、シンデレラは合わせることすらままならないのですが……


「ひぃっ、足踏みそうになった……!」


「ふふ、大丈夫ですよ。落ち着いて、ゆっくり」


 あわや権力者の足を踏み抜きかけて慄くシンデレラに、王女様は優しく微笑みます。



 ――ダンスなんて、所詮は(まつりごと)の一端。

 優雅なように見えて、その裏は化かし合いに騙し合い、貼り付いた仮面の剥がし合い。

 主導権を握り、相手の腹の内を暴く。自身が身に付けた足さばきなんて、そんな手管の内の一つに過ぎない。


 そう思っていたはずなのに。


 歩調を落とし、歩幅を合わせ、シンデレラに寄り添うように。

 こんなにも優しいステップが踏めるだなんて、王女様は自分でも思ってもいませんでした。


 繋いだ手は、まるで幼子同士のように他意もなく純粋で。

 ぎこちない足の動きすら微笑ましく感じてしまう。


 せわしなく瞳を揺らすその顔は、緊張で引きつっていたけれど。

 けれどもその一方で、常に笑顔は絶やさない。


 そんなシンデレラの、自身と同じ純白のドレスを纏う少女の、なんと可愛らしいことでしょうか。


 声をかけられた瞬間の驚きも、その直前まで抱えていた葛藤も、今はもうすっかり、王女様の中から溶け落ちてしまっています。



 ――ああ、なるほど。

 これは誰もがこぞって、彼女の手を取りたがるわけだ。


 この場で踊るほとんどの者たちが忘れてしまったであろう、純真そのものな心に少しでも触れたくて。自分の中に確かにあったはずのそれを思い出したくて。

 だからみんな、一曲と言わずシンデレラと踊りたがるのだろう。



 と、とても幸せな気分に包まれながら、王女様はそんなことを頭の片隅で考えます。


 こんなにも純粋に、楽しいと思えたのはいつぶりでしょう。

 ふわふわとくすぐったいような浮遊感に包まれながら、思わず呟く王女様。


「ああ、ダンスとは、こんなにも楽しいものだったのですね……」


 その言葉に、シンデレラは少し首を傾げながらも、笑顔で返します。



「あたしも今、すっごい楽しいですよっ」



 きゅん、と。


 王女様の心臓が一拍、大きく跳ねました。


 なんとまぁ破壊力抜群な笑顔でしょう。

 この小悪魔(てんし)の微笑みで、ここに至るまでに幾人もの女性たちを虜にしてきたということでしょうか。


「そ、それは良かったです……」


 ほらもう、案の定王女様も顔を赤らめてしまっていますし。


 なるほど、その純真さでもって相手に近づき、懐に潜り込んだところで眩しい笑顔でペースをかき乱す。

 そこから怒涛の無自覚アプローチで、相手を落としてしまう、と。


 修羅場厨(まじょ)が目を付けるのもよく分かる、とんでもない逸材です。


 王女様の中でも、このまま永遠に踊っていたい、彼女を自分のものにしてしまいたいという欲求が、鎌首をもたげ始めてしまいます。


 けれどもそう思えばこそ、今の今まで忘れてしまっていた葛藤……つまり、王女という自分の立場がシンデレラを縛り付けてしまうのではないかという考えが、再び王女様の表情にまで浮かんできてしまって。


「……その、王女様、どうかしましたか?」


 案の定、鈍感なくせに目敏いシンデレラは、すぐにもそう言葉を投げかけます。


 実のところシンデレラも、この時点で既に、王女様の柔らかな雰囲気にすっかり絆されていたのですが。だからこそ、不意に物憂げな表情を浮かべた王女様に対して、純粋な心配の気持ちが湧いてきてしまうというもの。


「も、もしかして、やっぱりあたしなんかと踊るだなんて、嫌でしたか……?」


 良くも悪くも平民であるという自負の強い彼女ですから、真っ先に思い浮かぶ憂いの種なんて、そんな的外れなものでしかないのですが。


「いえっ、そんなことはありませんっ!……ぁっ」


 それだけは有り得ないと即座に否定し、思いのほか大きくなってしまった自分の声に、王女様は恥ずかしそうに顔をそむけました。


「……」


「……」


 しばし気まずい沈黙が、二人の間の僅かほどの空間を漂い。

 その間にも、小洒落た音楽に乗せたステップは止まりません。


「……あの」


 やがて、先ほどの否定の言葉を信じながら、シンデレラが沈黙を破ります。


「あたし、正直最初は乗り気じゃなかったんです、舞踏会。ほとんど無理やり連れてこられたみたいなもんで」


 言って良いものかという逡巡。

 右に左に揺れる足踏みが、シンデレラの心境をそのまま表しているかのようでした。

 けれどもここで止まってしまうようであれば、彼女は魔女にすら認められるような傑物足り得ません。


 逡巡はほんの少し、けれども腹を括ってしまえば、その一歩は容易く前へ。


「王女様に声をかけたのだって、そうしないと家を追い出すって言われたからですし」


 あっさりと吐露された幸せの種明かしに、王女様ががっくりと肩を落とす、その前に。



「でもっ。今は、お母さまのその言葉に感謝してます。だって、王女様と踊ってると、なんだかとっても幸せな気持ちになれるから」



 更なる喜びが、その心をふわりと包み込みました。

 

 手を取り踊ることの楽しさ。

 見つめ合い、はにかむ表情の愛おしさ。

 終わらないで欲しいと願う等身大の欲望。


 それらすらも音に乗せて共有出来ていたのだと、紛れもないシンデレラ自身の口から、そう伝えられたのです。


 自身を躍らせる不思議な幸福感が双方向のものであると知った王女様は、感極まったように一度、息を詰まらせます。


 そうして、吐き出すときにこそ、思いの丈を一息に――



「あのっ!わたくし、貴女のことが――」



(おーい、シンデレラや)


「うっっひゃぁっ!?」


「ひゃっ!?」



 ――告げることが、出来ませんでした。

 シンデレラが急に頓狂な奇声など上げたものですから。


 水を差され、少しばかりむくれ顔になる王女様でしたが、告白の邪魔をした当人は、どこからか響いてきた聞き覚えのある声に驚き、それどころではありません。


(お楽しみのところ悪いけど、そろそろ時間切れよ)


(魔女さん、だよね!?何この直接脳内にみたいなやつ!?てか時間切れって!?)


 自分以外には聞こえていないらしい魔女の声が、唐突に、シンデレラへと語りかけてきます。

 その現象自体も言葉の意味も何もかもが突然過ぎて、シンデレラにとっては混乱の種でしかありません。


 せめてもうちょっと噛み砕いて話せというシンデレラの念に、魔女はさらに言葉を重ねていきます。



(時間切れっていうのは文字通り、あなたにかけた魔法がそろそろ解けてしまうってこと)


 それは、不躾にも思える無情な宣告。

 すぅっと、浮かび上がっていた心が落ち着いていくのが、シンデレラには感じられました。


(……あー……このドレスともお別れってことかぁ)


(そういうこと)


 当然といえば当然。

 こんな夢のような時間が、いつまでも続くはずがない。


 脳内に響く魔女の非現実的な声が、シンデレラに現実を突きつけてきます。



(ちなみに、元の服は触媒として使っちゃったから、魔法が解けたら全裸になるわよ)



「はぁっ!?!?」


「ひゃいっ!?」


 現実は少女の想像以上に厳しいモノのようでした。


(あ、ごめん、全裸っていうのは嘘。ガラスの靴だけは残るわ)


 つまり、もう数分もしないうちに、シンデレラは全裸ガラス靴というワンステップ先を行く変態にジョブチェンジしてしまうということです。


(なんでそんな大事なこと先に言ってくれなかったの!?てかなんでよりにもよって――)


 こんなに楽しい今、それを言うかなぁ……とは、言葉にせずとも察せられましょう。

 しかしよくよく考えてみれば、魔女は最初から、シンデレラの味方などではありません。


(口説き落とすのは結構だけど、誰か一人と結ばれるってのは困るのよね、私的に)


 彼女が見たいのは修羅場であって、相思相愛ハッピーエンドなどではありません。

 故にこのタイミング、良いムードになりくっつきかけていたシンデレラと王女様の邪魔をするような形で、急にタイムリミットを告げてきたのでした。


(ああもう、何言ってるのか全然意味分かんないけど……!)


 厄介な変質者(まじょ)に目を付けられてしまった不運を嘆きつつ、シンデレラは素早く決断します。


「ごめんなさい王女様!あたし、急用が出来てしまって!」


 名残惜しさを振り切るように、勢いよく王女様の手を放すシンデレラ。


「え、あっ、そんな、急に……!」


 先ほどからの奇行と合わさって理解の追い付かない王女様を置いて、シンデレラは身を翻しました。


「ほんとにごめんなさい!今日、王女様と出会えて、本当に幸せでした!」


 何やら今生の別れめいた物言いですが、実際シンデレラにとっては王女様なんて、もうこの先二度と出会うこともないだろう高貴なお方ですから、こんな言い回しになってしまうのも仕方のないことでしょう。

 ですが、言われた方の王女様からしたら、そんな言葉到底受け入れられるものではありません。


「素敵な思い出をありがとうございました!それじゃ、さよならっ!」


「あぁっ、待って!わたくしまだ――」


 刻一刻と迫るタイムリミットが、引かれる後ろ髪すら振り切らせて、シンデレラの足を動かしてしまいます。


 追いかける暇もなく、パーティー会場を抜け出していくシンデレラ。

 皮肉にも王女様の絢爛なドレスは、誰かに追い縋るにはどうにも足手纏いというものでした。


 それでもどうにか人波をかき分けて、シンデレラが出ていった扉まで辿り着く王女様。


 けれどもその先の長い階段に、既にシンデレラの姿はありません。


「――まだ、名前すら聞いていませんのに……」


 呟く王女様の視線の先に残されていたのは、ただ、脱ぎ捨てられたガラスの靴だけでした。


 どこの誰とも分からない、一夜の夢のように迷い込んできた少女。

 まるで形見のように残されたガラスの靴だけで、この心にぽっかりと空いてしまった穴を、どう埋めれば良いと言うのでしょう。


「あぁ……」


 もう一度逢いたい。

 名前すら知らない彼女と、また手を取り合って踊りたい。

 だというのに、手掛かりはこのガラスの靴だけ。


 どうすれば良いのだろう。


 失意と諦め切れない想いとの間で揺れる王女様。

 その背に一つ、落ちる影。



「――不躾ながら失礼致します、王女様。私、先ほどの少女――シンデレラの義理の母にございます」



 名前から住所から何から、一瞬で全部割れました。


 次回更新は9月30日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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