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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
秋 百合乃婦妻とお祭り騒ぎ
100/326

100 V-シンデレラ(ガチ百合) 見初めよ、踏み出し、引き摺り下ろせ

 特に何があるというわけでもないのですが、今話で本作も100話目を迎えました。いつも読みに来てくださりありがとうございます。今後もゆっくりゆっくり更新していく所存ですので、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。


 広いダンスホールの奥、他より一段高い所から、王女様はシンデレラを見ていました。

 玉座……とまでは言いませんが豪奢な椅子に座り、長い黒髪で飾られたその顔立ちは正しく絶世の美女そのもの。

 奇しくも纏うドレスはシンデレラと同じ純白のそれで、ゆったりと座す姿はまあこれ以上ないほどに様になっていました。


 そんな、権力的にも器量的にも、誰もがその隣に座ることを夢見る女性。

 この王女様こそが煌びやかな舞踏会の場に最も相応しいと、皆が皆考えていましたが……実際のところ本人にとってはこんなもの、女王(ははおや)が勝手にセッティングした盛大なお見合いパーティーのようなもの。その心の内では、楽しいよりも面倒くさいという気持ちの方が勝っていました。


 もちろん、この場で素敵な方と出会えるのであれば、それはとても喜ばしいことなのですが。

 舞踏会に参加している貴族たちは、もっぱら権力争いの尖兵としてこの場に立っています。

 王女様に声をかけてくる見目麗しい女性は多くいましたが、その誰もが笑顔の仮面の下に黒い素顔を隠しており、それがどうにも気にかかります。


 では、今宵参加を許されている平民はどうでしょう。

 彼女らは多くの令嬢たちと違って、貴族同士の権力争いとはまるで無縁な者たちです。そんな娘たちとであれば、腹の探り合いなどない純粋なお付き合いが出来るのでしょうか。

 ……残念ながら、その答えはノーです。


 結局のところ平民の者たちも、恵まれた容姿を武器に王女様に取り入り、王族の仲間入りを果たしたいというのが本音です。

 貴族ほどではなくとも、やはり家から期待を背負わされての参加ですから、当然その目は必死の形相に血走っています。

 むしろ上辺の優雅さを取り繕うことに慣れていない分、上流階級の者たちよりも怖いくらいでした。


 そんなわけで王女様も最初のうちは、華やかで優美な舞踏会をどこか冷めたような目で見降ろしていたのですが。



 そんな中で見つけた一人の少女。

 何やら貴婦人たちに囲まれていたものだから、たまたま目についた平民の娘。


 

 今、王女様の瞳は興味深げにその少女――シンデレラの歩みを追っていました。


 シンデレラの踏むステップは、お世辞にもこなれているとは言えないぎこちないものです。 

 時折自分の足を踏みそうになっては、恥ずかしさを誤魔化すような笑みを浮かべて。その愛嬌溢れる可愛らしさに、その時々手を取っている女性たちがきゅんと頬を赤らめる。

 逆に、彼女なりに上手く踊れた時などは、それこそ本当に嬉しそうな、満面の笑みを浮かべるものだから、今度こそ、相対する令嬢、貴婦人たちもノックアウトされてしまいましょう。


 纏うドレスこそ一級品ですが、その振る舞いは隠しようもなく平民の娘そのもの。であるはずなのに、彼女の周りでは常に花が咲いたような朗らかな雰囲気が漂っている。


 手を取り踊る高貴な者たちも一様に、身分など忘れたかのように一人の女性として楽しげな笑みを浮かべていました。


 まるで、その場だけ切り取ってみれば、権力争いのけの字もない本当の意味での素敵な舞踏会のようです。


 戦場とも呼ぶべきこのような場で、まさかそんな一幕を目にすることが出来ようとは、王女様も思ってもいませんでした。


 だからこそ、気になるというもの。

 ある意味この戦場()にそぐわない、けれども誰よりもこの舞踏会()を純粋に楽しんでいる、平民の少女のことが。


「わたくしも……」


 あの子と踊ってみたい。

 不慣れなあの子の手を取って、身分も何も忘れて、ただこのダンスホールを駆け回ってみたい。


 想いだけは抱きつつ、けれども王女様には、おいそれと立ち上がることなど出来ません。


 何故なら、彼女は王女様。


 舞踏会という名の戦場において、彼女がダンスを申し込むことがどんな意味を持っているのか。

 それを見た周りの貴族たちが、どんな反応をするのか。

 純粋に舞踏会を楽しんでいる件の少女に、どれほどの水を差してしまうことになるのか。


 思慮深く心優しいが故に、王女様は二の足を踏んでしまいます。


 あの子があんなにも、蝶のように軽やかに舞い踊っているのは、何よりもあの子が、自由だからです。

 権力にも、名声にも、何物にも縛られない純粋無垢であるからこそ、彼女はこんなにも美しい。


 それを、権力の象徴たる自分が捉えようなどと、許されるはずもない。


 王女様はそんなことを考え、小さくかぶりを振りました。



 形ばかりの花園に迷い込んでしまった、美しい蝶の子よ。

 せめて、今宵ひと時ばかりでも、美しいままでいて。



 随分とメランコリックなことを思いながら、王女様は一度目を閉じます。


 ああ――と、名残を断ち切るようにぎゅっと眉間に力を入れ、そして。



「……あのー」



 再び開いたその眼前に、彼女は立っていました。


「――え?」


 驚きに固まる王女様に向かって彼女――シンデレラは、無礼にもこう言い放ちます。


「よろしければ、あたしと一曲踊って頂けませんか?王女様」


 それはどこまでも分不相応で、けれども確かに、その場にいる誰もが口にしたいと思っていたセリフ。


 舞踏会の主役でありながら、ずっと座して下界を眺めていただけの王女様を、同じ土俵へと引き摺り下ろす殺し文句。


 貴族も平民も、そのために今日この場に訪れていながら、皆が皆足踏みしていた一線を、シンデレラはあっさりと踏み越えて見せました。

 いえ、彼女的には、いっそ悲壮とすら言える覚悟を持ってのことだったのですが。


 王女様をダンスに誘うか、家を追い出されるかという、究極の選択の。


「平民風情が無礼とは重々承知しておりますが、どうか、一夜の思い出を下さいませんか……?」


 眉根を寄せて、いかにも儚げな言葉を吐くシンデレラですが、つい今しがた交わしてきたダンスのお相手――つまり彼女の継母――との会話は、お世辞にも美しいものであるとはいえませんでした。



『「――やはり来ましたね、シンデレラ」


「お母さまが、あんまりにもしつこく来るな(こい)って言ってたもんで」


「鈍感なりに空気は読めるということですか。よろしい、ではこんなところで油を売っていないで、さっさと王女様と踊ってくるのです」


「マジで言ってるんですか?」


「ガチ百合と書いて本気(マジ)です」


「いや、流石に無理ですって」


「でなければ家を追い出します」


「マジで言ってるんですか?」


「ガチ百合と書いて本気(マジ)です」


「マジかぁ――」』



 控えめに言って、継母はろくでもない女でした。


 あまりにも理不尽な物言い。けれども家に厄介になっている立場上、シンデレラにはあまり強く歯向かうこともできません。


 そんなわけで、流石にこの年で平民から流浪の民へのジョブチェンジはしんどいなぁと、シンデレラはやむを得ず王女様をお誘いすることに決めたのでした。


 一応今宵は、建前上は無礼講ということになっています。

 一声かけるくらいなら、不敬罪で斬首!とまではいかないだろうという予想(がんぼう)の元、せめて不快に思われないように、精一杯爽やかな笑みを浮かべるシンデレラ。


 駄目で元々、すげなく断られて逃げ帰り、継母には何とか納得してもらおう――などというシンデレラの考えは、



「――はい、喜んでっ」



 妙に勢い込んだ王女様の言葉であっさりと打ち砕かれてしまいました。


「――え、良いんですか?」


 声をかけられた時の王女様以上に驚いた顔をしながら、シンデレラは問います。

 王女様の方からしたら、それこそ誘っておきながら何を言っているのかというお話でして。


「……え、駄目なのですか……?」


 期待から一転、不安げな表情を浮かべつつそう呟けば。


「い、いえいえ滅相もない!ぜひともお相手させてくださいっ」


 その儚げな様子に、さしものシンデレラも自ら手を伸ばし、王女様を退屈な座椅子から解き放ちます。



 こうして始まる、今宵一番の大勝負。

 驚くもの。見惚れるもの。歯噛みするもの。ほくそ笑むもの。


 様々な視線を一身に受けながら、シンデレラと王女様の舞踏会が幕を上げました。


 次回更新は9月26日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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