LV1 兄と妹の事情
「わたし、勇者になっちゃった!」
バイトの面接から帰ってきた妹が開口一番そう言った。
は?なに??イベントかなんかのバイトか??コンビニのバイトするって言ってなかったっけ??
妹の説明が足りないだけなのか、それともおれの理解力が乏しいのか。最近はコンビニでもそういうちょっと変わったことをしないと競争に勝ち残っていけないのか。
なんてことを考えたがすぐに結論に至った。
妹は16歳。
天真爛漫で家族にも他人様にも優しく見た目もかわいい自慢の妹だ。純粋でこの性格とビジュアルだからおそらく学校でもかなりモテてると思う。なので兄としては妹に悪い虫がつかないか日々気が気ではない。
アルバイトをすると聞いた時も正直心配で反対だった。
騙されて変なバイトを始めてしまわないか、それこそバイト先の魑魅魍魎どもに妹を汚されてしまわないだろうか、
まさにその不安が今的中してしまった形だ。
だめだ。おれは大反対だ。なんだよ勇者って。
おまえそれ絶対怪しいバイトだろ。時給いくらだよ。
「あのね時給が100000Gもするんだよ!」
完全にヤバイやつじゃないかっ!てか、なんだよGってその通貨単位!
「高校から近いしメビマだから心配しなくても大丈夫だからね」
メビウスマート、通称メビマ。
常に業界No.1の牙城を守り続けるコンビニエンスストアーだ。
いやいやいや、だからなんだっていうんだ。
ひょっとしたらそこの店長が個人的に闇の組織と繋がっていて面接に来た可愛い子をチョイスしては怪しいバイトさせてるんじゃないのか⁉
おれが一緒に行って妹はそちらでバイトしませんって言ってやるからそういう怪しげなバイトはやめておきなさい。
親目線でやや嗜めるような感じでおれは妹に言う。
「お兄ちゃんも一緒に明日来てくださいって言われたから一緒に行こうね」
え??
一緒にってあっちからなんで言ってくるんだ??
翌日
バスに揺られること25分。
メビウスマート槃概駅前店ー。
妹の通う槃概高校から北に500メートルほど行くと槃概駅があって駅の目の前にこの店舗はある。
メビウスマートは他のライバルコンビニはおろかスーパーマーケットのようなコンビニ以外の小売業の追随さえも許さないぐらい情報や流行に敏感で、テレビなどで「こういうものが今流行っています」と流れると大袈裟ではなく翌日には店頭にならんでいる。
メビマが流行の発信源なのではないかと思うぐらいだ。
そんなコンビニ最大手が妹を勇者にしようという。
しかもどこの貨幣かわからない金でだ。
いったいなんのイベントをしようというのか。
変なバイトであろうとなかろうと始めてのバイトはふっつーーーーのバイトをしてほしい。
兄としては。
カフェとか、アイスクリーム屋さんとかの方が妹に合ってる。
コンビニは見た目以上に過酷だってバイトしてた友人に聞いたことがある。
接客しながら納品されてきた大量の商品を検品して品出ししたりでなかなか仕事が進まなかったり、酒やたばこも売ってるから未成年に売らないように常に気を配らなきゃいけないとか。
クレームも多いって聞く。
老若男女いろんな人間が来るだろうし24時間営業していてだいたいなんでも売ってる。
その上たくさんあちこちにあるから手軽.気軽それがコンビニの魅力でもありそれ故に店も店員も軽く見られがちなのも理解できる。
きっと不条理な怒りかたをするヤツもいるんだろうな....。
できれば妹が働いている間、目付け役的な感じで横に付いていたい。
働いてるときだけじゃない。
いつも気が気でない。
心配でならない。
悲しまないように。
傷つかないように。
そして楽しいときも
いつも傍で。
永遠に
歩道の向こう側にそびえ立つその城をじっと見ながら、妹は兄であるこのおれがどんなときでも必ず守ると改めて心に誓っ...
...え?城??
なんで?!コンビニが城に...!?
おれの知る限りコンビニというのは長四角いイメージで外からでも店の中の様子がわかる建物だが
今おれの目にうつるそれは
レンガ作りで外から内部が見えないようにされており
窓かな?って思う部分からはすべて砲台が顔を出しており
城門のまえには兵隊が二人立っている。
そこにあるのは紛れもなくコンビニではなく要塞だ。
しかし門(だけど、遠くから見る限りあれ自動ドアっぽいな)の上にはメビウスマートの見慣れたロゴが書かれた看板が掲げられている。
ドアからだけは向こう側の店内の様子が確認できる。
そこから見える範囲では商品の陳列されているゴンドラが見えるので一応コンビニではあるらしい。
入り口の兵隊...
兵隊っぽいけどどうやら店員のようだ。軍服なのにメビマのイメージカラーであるうすいピンクの縦ストライプがあしらわれている。
すいすいと何の躊躇もなく兵隊店員たちのいる城の方へむかう妹の少し後を逡巡しながらおれも近づく。
「いらっしゃいませこんにちわっっ!!!」
兵隊店員たちの元気で愛想のよい挨拶に意表を突かれ一瞬びくっとなりつつも
あ、あぁ..そのへんの挨拶はコンビニの挨拶っぽいやつなのね。
と、少し納得してぺこっと会釈だけした。
...にしても
全店舗こうなってるのか??
牙城とはものの例えで言ったがホントに城にしてしまうとは。
テーマパークみたいな感じで強豪他社との差別化を図ろうとしているのだろうか...。
あまりのコンビニのイメージからかけ離れた姿にそこまでやるかと驚いたやら感心したやらで一瞬ここへ来た目的を忘れかけた。
『チャララッチチャッチャッチャーーッッ』
どこか聞いたことがあるようなRPGのレベルアップっぽい入店音がおれたちを迎え入れた。
入店音まで変わったのか。。
なんかテーマパークみたいだけど、これが常にNo.1のコンビニの先見の明みたいなやつなんだろうな。。
そしてレジカウンター...いや、これもう完全に玉座だな。
レジ周りだけ城っぽくてそれ以外は普通のコンビニという違和感ハンパなさ。
そして玉座に座る店長...
いや、もう完全に王だわアレ。でも服装とか王っぽいけど縦じまのラインとか色味とかはメビマなんだな。
あ、あと左胸に『王 ウィリアムズ』って書かれた名札が付いてる。
しかし本人は王様っていうよりかはコンビニの店長さんって雰囲気で
ましてやウィリアムズて感じの顔立ちでもない(笑)
主観だが『よしおさん』とかの方が似合う。
ニックネーム制でも導入しているのだろうか。
そんな店ちょ..『よしお王』がおれたちにこう告げた
「よくぞ参られた勇者!
そして勇者の兄であり、その勇者の武器となる兄よ!!」
..武器??おれが妹の?
ちょっと何を言っているのか把握できないんですけどどうゆうことですかね。
というか質問とツッコミどころが多くてどれから聞いたらいいのかホントにアレなんですけど、
とにかくまず、うちの妹になにをさせるつもりか具体的に説明してほしいんですが。
「改めて聞くが勇者よ、そなたの兄はまことに妹思いであったか?」
おいおい、おれの話しは無視かよ。
「はい、優しくて強くて幼い頃からわたしのことをいつも守ってくれる兄でした」
ーでしたって、過去形にするなよっ。
おれは変わらず今もおまえに優しいじゃないか。
「魔物からわたしを守るために身を呈して命を落としてしまったことがなによりの証ではないかと」
「うむ、そうであったな
そなたの兄の最期、まことに天晴れであった
その話を聞きそなたたち兄妹の深い絆があれば必ずや魔王の野望を打ち砕くことができるであろうと私も確信したのだ」
...またさらにおれの頭を混乱させることを
趣味悪いぞ、ふたりしておれを勝手に殺すなよ。
まして、オッサンあんたは初対面だぞ。
「優しくて強くて..
そしてあの日も..
でも悲しんでばかりいたら兄は浮かばれない..
だから私は戦おうって決めたんです」
おい..いやいやいや..何をいきなりくだらない冗談を話始めるんだ。
そう言って妹の顔をみると瞳が潤んでおり
冗談を言っている表情ではないのとおれの声が届いてないことを理解した。
おれが...死んだ????
だっておれはここに...いるじゃないか。
さっきもここに来るまで普通に会話を....。
ーー!!??
その時、はじめて妹の胸で黒い額に囲まれたおれの写真が抱き締められていることに気づいた。
やめてくれ..。
そんなの..嘘...だろ..??
ヤバイ..なんか吐き気がしてきた。
いや、死んでんなら吐き気なんてするわけないか。
じゃあ、やっぱり何かの冗談か??
思い出せ、昨日は何をしてたか。
なんでだ!?なにも思い出せない..。
なんでもいい!なにか..。
妹は16歳。
おれは妹より3つ上で...え??あれ?...19?
おれは...。
16のはず...。
???
おれは歳今幾つだ??
えっ..っと..なんでだよ。
妹が13歳の時までの記憶しか出てこない...。
勘弁してくれ、嘘だろ...。
じゃあ、さっきまで会話してると思ってたのはおれの遺影に語りかけてただけなのか...?
よしお王がいう。
「魔物に殺された者の魂は死んでしまった自覚もなく成仏もできず現世をさまよいつづけるという
妹を救うためとはいえ、
若くて尊い命、そんな風になってたら私もなんというかいかんともしがたいというか、あー、えっと心をしめつけられるというか」
王っぽいしゃべり方が難しいなら普通にしゃべればいいのに。
「ともかく...魂がこの世をさまよっているというのはこちらにとっては好都合であり魔物にとってはまさに誤算というわけだ
世界政府は異世界のゲートを発見してから秘密裏に10年もの間これへの対抗策を進めていた」
異世界ーー??
ゲームや小説じゃあるまいし...。
そう呟きながら城の外をふと眺めた景色がさっきまで見ていたありふれた平和な世界とは違うことに気づいた。
そして全てを思い出した。
遺影しかり
おそらく自らの死を理解したことで見えなかったものが見えたのだ。
いや、というよりも、
現実から目を反らすことでおれは自分の死もそしてこの荒野のような街並みも死ぬまえのありふれた日常に都合よくすげ替えていたんだ。
ー3年前、この世界になにが起こったのか。
そしておれの身になにが起こったのか。
それは、死を自覚したおれにとってはあまりに辛く死にそうな事実だった。死んでるんだけど...。
「あ、店長お話のまえにお茶買っていいですか?」
「いいよ。100円です。
メビマのポイントカードはお持ちですか?」
「はい、あります」
おれの身体(身体無いんだけど)を頭の上から爪先まで稲妻が突き抜けるような悲しみが襲った。
なんてシリアスな展開になるはずなのに
コンビニにおける店員と客とのルーティンがおれの真横で行われていた。
「ポイント198ポイントありますが使いますか?」
つづく。