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マジック・F  作者: kingyo
1章 入学編
2/3

1 脱線

 ——ピッ ピッ ピッ ピッ ピピッ ピピッ ピピッ 



 目覚まし時計の無機質な電子音が、俺の部屋、否。俺の体に響き渡る。その音で、俺の意識は覚醒する。しかし、今日が月曜日だということに気付くと、俺の体を激しい倦怠感が襲う。

 それでも、なんとか上半身を起こした俺の体には、刃物のように鋭い冬の光が刺さる。まるで、「学校に行け」と催促しているみたいに。


 そのキラッとした光に負けた俺は洗面台に向かい、冷たい水で顔を洗う。その後、顔を上げるとそこには、少し長めの目に隠れた柔和そうな目をもつ、高校生がいた。しかし、少しやつれている。俺は、その顔をなぜか不思議そうに見ると、朝食を食べに階段を下った。


 この家の住人は俺しかいないので、俺が作るしかない。流れるテレビを横目に見ながら、俺は王手メーカーのフルーツグラノーラを用意する。フルーツグラノーラは、輝くように白い牛乳によって、沈んでいった。

 1人むなしく朝食を無言で口に運ぶ。見慣れたニュースキャスターが、感情を抑えた声でニュースを伝えている。



 ——次のニュースです。昨日午後7時頃、千葉県森黒(もりぐろ)市の路上で、黒いコートを着た男が包丁のような刃物で歩いていた人を次々に刺す事件が発生し、1人が死亡、3人が重軽傷を負いました。死亡したのは、この近くの高校に通う16歳の女子生徒とみられています。男はまだ逃走中ということで、警察は通り魔事件とみて捜査を進めています。



 たまたま俺の住む地名が耳に入ってきたので、つい聞き入ってしまった。森黒市は東京にほど近いベッドタウンで、閑静な住宅街が立ち並んでいる。通り魔事件はおろか、殺傷事件でさえ今まで聞いたことはなかった。そのことを不思議に思いながらも俺は朝食を食べ終え、支度を進めた。


 俺の通う高校は、家から歩いて20分程度。世間一般的に見れば、近いと言えるだろう。高校生活9ヶ月。今のところ友達と良好な学校生活を送っている。高校のレベルもそれなりには高く、この地域では群を抜いている。つまり、人生安定路線まっしぐらなのである。それが良いとか、悪いとか、そんなことは一概には言えない。だが、この生活が嫌いではないことは確かだ。



 手先まで凍てつくような寒さに震えながら、俺は家を出た。閑静な住宅街を通り抜ける冷たい風に吹かれながら、俺は鉛のように重たい足を進めた。


 少し歩くと、往来の活発な片側2車線の大通りに出る。濃紺のスーツに身を包んだ中年のサラリーマン、淡いピンクのワンピースを身に纏った二十歳(はたち)ほどの女性、体には大きすぎるランドセルを背負った小学生の2人組……。


 俺の横を多くの人が通り抜けてゆく。その姿を見ながら物思いに耽っていたまさにそのときだった。



「ぎ……ぎゃぁぁぁぁぁああああああっ!!」



 脳に直接響く、甲高い女性の悲鳴が聞こえた。


 それから、俺が黒いコートを身につけキラリと光るものを持った男を見て全てを悟るまで、それほど時間はかからなかった。その男は、こちらを一瞥すると口許(くちもと)をニヤリと歪めてこちらに歩いてきた。


 一歩。また一歩。男はだんだんと俺に近づいてくる。


 しかし。足が、動かない。足が震えて、動かない。脳がどれだけ命令しても、俺の足はただの一歩も動かない……。


 一歩。また一歩。俺は、自分の今置かれている状況を必死に理解しようとしていた。いや、理解はしている。理解はしているのだが、俺の体がその状況を飲み込まない。おそらく受け入れたくないのだろう。この状況を。



 ——気付いたときには、俺は歩道に倒れていた。


 

 ああ、俺は刺されたのか……。

 そう思ったとき、俺の体から全ての力が、魂までもが抜けていく感覚を覚えた。


 遂に、瞼までもが閉じていく。俺の体は今、血塗れになりぐちゃぐちゃになっているだろう。しかし、今の俺にそれを確認する術はない。


 俺は、今ここで、死ぬ。命を、落とす。それを理解した瞬間、俺には未練が残っていることを思い出した。しかし、未練は未練。もう最期。この未練が達成されることはない。そんな当たり前のことに、俺はやるせなさを感じていた。


 そのやるせなさに、俺は一筋の涙を流した。いや、流したような気がした。



 寒い北風が吹き付ける月曜日の朝。1月21日 午前7時43分29秒。

 俺「立花(たちばな) 颯真(そうま)」の思考は、文字通り停止した。

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