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第5部

 ふと振り返ることがある。こういうのはたいてい寝ようと決めて、ベッドに横たわり目を閉じた時。今日も同じ、真っ暗な部屋で横になってしばらくしてからのことだ。


 私が小説を書く理由って、なんだろう。


 その原点に立ち返ろうと記憶をさかのぼってみる。

 最初に筆をとったのは小学四年生の頃だった。確か、そう。小説を書こうと意気込んで書いたわけじゃない。なんでもいいから毎日一ページ以上ノートを埋めるという宿題が面倒で、半ば思い付きのように書いたのが始まりだった。

 あらかじめ構想を練ったりもしないで、思いつくままに書き出して、そのくせ方眼ノートの上にペンを走らせるとなかなか手が止まらなかった。ペンを手にした私は筆者であり、物語の主人公であり、読者だった。

 あの頃は筆が進むのと同時に物語が向こうからやってきた。だからアイデアなんてひねる必要はなくて、ただ物語世界の自分が目にしたもの、感じたことを文字に起こせばよくて。それが心の底から楽しかった。

 いまはどうだろう。

 小説を書くのは好き。これはずっと変わらない。だけど高校生になったいま、あの頃のような楽しさは薄れてしまったかもしれない。

 変化があったのは中学に入ってからだろうか。

 小学生の頃はほとんど自己満足の世界で、自筆作の存在を知るのは私のほかにお母さんと、宿題のノートを確認する先生だけだった。だけど中学に上がって趣味の合う友達と出会って、コンテストの存在を教えてもらった。そこで挑戦してみたいという強い気持ちが芽生えて、私のひそやかな夢が固まって。そこから少し意識が変わったような気がする。

 中学のうちに一作品はコンテストに出そうと決めて、設定やストーリーはコンテストに合わせようとせずに自分の書きたいものに合うコンテストを探した。その上で規格に合うような文量と構成を考えて、あとは思うままに書いた。そうやってできる限り自由な書き方をしているつもりでも、小学生の頃のような新鮮さと興奮はすでに薄れていた。

 きっと、無我夢中で書き進められなくなっていたからだ。書きながらも文章の見栄えや表現技法に頭を使っていたから。コンテストを意識すると、どうしてもそうせずにはいられなかったからだ。いつしか書きながら物語に入り込むのが下手くそになっていたし、筆もよく止まった。

 それでもなんとか完成までこぎつけた作品は、どこか味気ないのが自分でもわかった。まとまりは良かったし、文章もそれほど悪くなかったと思う。だけどなにか、魂のように漠然としたなにかが欠けている気がしてならなかった。結局それをどうにかする気力はなくて、投稿したその作品はついに、コンテストの一次審査を通ることはなかった。

 ウェブサイトで落選を確認したあのとき、悔しかったけど妙に納得している自分もいた。

 当然だ。なにかが欠けていることには気付いていたんだから。後から読み返しても改善の余地はたくさん残っていた。

 一年近い時間をかけて、なんどもなんども頭をひねって、読書好きの友達にも頼ったのに。それでも十分なものを書けなかった。その事実に改めて気付かされて、正直に思った。


 ああ。私、才能ないんだ。


 そう、自分で気付いたことが一番悔しかった。それからしばらく折に触れてはそれを思い出して、枕に顔をうずめて泣いた。

 だけど不思議なことに、悔しさにさいなまれながらも私は小説を書き続けた。落選した、その次の日には新しい作品に取りかかっていた。

 才能がないとわかっていても、小説を書くことはやめられなかった。

 どうしてだろう。


「……あぁ」


 額に手を当て、ゆっくりとまぶたを開けた。常夜灯も点けず、カーテンを閉め切った部屋は真っ暗闇だ。見上げているはずの天井は闇に埋もれて見えなくて、代わりにあの時書いた作品の印象的なシーンが浮かんでは消えた。大まかなあらすじは覚えているけど、もう文章のすみずみまでは覚えていない。

 目じりにたまった一粒の涙を指で拭う。ゆっくりと深く息を吸って、ごちゃごちゃした頭の中身と一緒に吐き出した。

 今日はいつにもまして眠れる気がしない。私はそう開き直って、枕もとのスマホを手探りでつかんだ。


「まぶし」


 待ち受けのデジタル時計にはゼロが二つと五が二つ。こんな時間までやたら思考がめぐった割に、突き止めようとした「小説を書く理由」まで手が届かない。

 いつもそうだ。次第に思考がこんがらがって曖昧になる。なにかに邪魔されているようでもやもやする。それなのに、おぼつかない思考ははけ口を求めてうずうずしている。

 こういう時は小説を書くしかない。


「……」


 手ぐせのように小説の編集画面を開くと、ほの白い光が暗闇になれた目を焼いた。しばらくじっと眺めていても、たったの一文すら湧いてこない。頭の中にはなんの映像も浮かばない。無だ。

 いっそ温めておいたネタを拾って別の作品を書こうかと思って、すんでのところで思いとどまった。それではアンケートに答えてくれた人たちの好意をふいにすることになる。それに、応援してくれている菜月と梢に申し訳ない。

 諦めてブラウザを閉じ、SNSを開こうとしてふと思い立った。

 コンテストのために書き上げた初めての長編作品。まだスマホを買ってもらえなかったあの頃、父親のおさがりのノートパソコンで書いたものだけど、データはこっちにもコピーしてある。

 読むかどうか、考えるより先に指が動いてファイルを開いていた。

 およそ二百ページにわたる長編の読み込みを待つこと数分。時間がかかったものの、データがちゃんと生きていてほっとした。


「あーそうそう、こんな……うっ、あぁぁぁ」


 文体が今とまるっきり違う。そのせいか、書き出しから新鮮な印象を受けた。

 読み進めていくと意外によく書けてるなあと思いつつも、垣間見える若さというか、俗にいう黒歴史を見せつけられてベッドの上で悶えた。


「んぅぅぅぅぅぅ」


 はたから見れば気持ち悪い奇声を上げて、どうかしていると思われるだろう。自分でもそう思う。だけどこれだけはどうしようもないものだと、同じ境遇の人ならわかってくれるはずだ。

 そうやって誰に聞かせるわけでもない言い訳を胸に悶えながらも、なんとか導入まで読み終えた。

 地の文が絶妙にイタくて、すでに内容が半分ぐらいしか頭に残っていない。まさか選考落ちの原因の一つを二年越しに学ぶことになるとは。


「はーあ。やだやだ」


 ほんの少しいたたまれなくなって、ファイルを閉じてスマホを枕元に返した。仰向けになってふたたび天井を眺めて、気を紛らわすように今日のことを振り返る。

 追試をまぬがれた古文の単語テスト。

 空腹に負けて昼休みに買ったあんぱん。

 ノートを取り上げられた英語の授業。

 フードコートでの井戸端会議。

 綺麗だったななみんの娘さん。ラッキーカラーは黒。

 ふと考えてみれば黒いものなんてそこらじゅうにある。なんなら私の目にしているこの空間も黒。だけど睡眠時間が削れているいまの状況は、ラッキーとはほど遠い。

 そもそもラッキーカラーって何を指して言うんだろう。身に付けるものだろうか。だけど高校はセーラーだし、アクセサリーなんて身に付けられない。そしたら鞄とか、ストラップとか?

 ああ、もう少し具体的に聞いておけば良かった。半分ぐらい雑談に費やした30分間の占い相談は学生料金で驚くほど安かったし、気が向いたらまた足を運んでみよう。

 それからの塾の授業はいつも以上にうわの空で。

 いつもと同じ帰りの電車。佐藤と名乗ったクラスメイト。

 初対面だとかどうとか関係なく、やたら距離感の近かったあいつ。悪い奴ではないんだろうけど、良い奴とも言いたくない。そもそも、まだよく知らない人だ。

 積極的に話したいかと言われたらノーだけど、創作の話は少しだけ気になる。本当に少しだけ。

 小説じゃないなら絵だろうか。他にぱっと思いつかない。せめて何を創作していたのかぐらい、最後に聞いておけば良かった。


「あ、」


 そうか。同じクラスだから、また会う可能性はあるんだ。何なら電車も同じになる可能性だってある。

 それなら創作の話を聞くぐらいはできそうだ。そんなタイミングがあれば、の話だけど。

 振り返ってみると濃い一日だった。そう思うとなんとなく満足して、目を閉じる気になれる。ああ、この感じなら眠れそうだ。

 明日は二人に、たくさん土産話をしよう。

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