第七話:こうして静稀は仮のヒールアイドルとして見学に参加した。
第七話です。
前回からかなり時間が空きました。投稿ペースは不定期のままですが、少しずつ進めていこうと思います。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
エールトライトアイドル学園は大きなバスターミナルを所有している。
頻繁に活動する生徒が多数在籍しているため、彼女たちがすぐ現場に迎えるように設置されたのだ。
学園のすぐ外にあるバス停に、羽野静稀は案内された。
入学式を終えた静稀は早速、アイドル活動を見学する機会を得る。
彼女が見学するのは普通のアイドルではなく、ヒールアイドルと呼ばれる特殊なアイドルである。
ヒールアイドルは普通のアイドルと敵対する立場から、業界を盛り上げるのが仕事であると、聞かされていた。
彼女のそばには不健康そうな少女がいる。太陽の下、今にも浄化されてしまいそうな不気味な彼女は、静稀を見学に誘ったヒールアイドル、鈴胡紺である。
そんな彼女に、静稀は不安げに声をかけた。
「あの、時刻表を見たんですけど、次のバスが来るまで三十分以上ありますよ」
バス停には他に人影がない。というのも、今すぐにバスが行ったばかりであるからだ。
学園の門を出る時に、一つ前のバスが発車してしまう光景を見たが、鈴は全く焦っていないようである。
そんな急ぐ素振りを見せない彼女に、静稀はすぐにまたバスが来るのだろうと踏んでいたが、当ては外れていた。だから、静稀は不安顔なのである。
「あー、今回はバスなんだけど、企画で使うバスなんだよ。もうそろそろ来るはずなんだけどね」
「そうですか。なら、大丈夫ですかね」
「大丈夫だよ。えっと、まず今回の仕事、企画について説明しよう」
この空き時間を利用して、鈴は丁寧に説明し始めた。
「今回はネット配信のバラエティー番組だよ。アイドルグループを番組に呼んで、クイズやスポーツなどで番組が用意したアイドルと対決するというものね」
「よくテレビでも見られるテーマですね」
「そうね。で、この番組の特徴は、番組側が完全に悪、ゲストのアイドルを正義として扱っているんだ」
有りがちな番組である。しかしながらそこにヒールアイドルという要素が加わると、集客力がぐんと上がる。
視聴者は本気の対戦を望んでいる。敵対するのが当然のヒールアイドルが対戦相手となると、そこには馴れ合いなど含まれない。視聴者が求める番組へとなっているのだ。
「私はその番組のレギュラーなんだ。今日はソロの活動をしているアイドル四人が対戦相手だね。だから今回の番組側のヒールアイドルは私だけ」
「今日は何の対戦なんですか。あの、種目という意味で」
「今日はクイズだね。私の担当はスポーツより頭脳戦。まぁ、運動も苦手じゃなくて得意な方なんだけど、やっぱりアイドルイメージとしてはクイズとかの方がいいんだよ」
「失礼かもしれませんけど、分かります」
「でしょ。スポーツは魅乃が専門だからね。それはそっちに任せればいいんだ」
そう話をしている間に、中型のバスが近づいてくる。それを見つけて、鈴は一つ忠告した。
「多分、あのバスにはゲストのアイドルが乗っているんだ。だからあのバスに乗った瞬間から、もう私はヒールアイドルとして振る舞うことになる。で、羽野さんにもヒールアイドルとして振る舞って欲しいんだ」
「ヒールアイドルとして?」
「そう。けど、見学という形だからそれで君がヒールアイドルに決まってしまうわけでもない。でも、雰囲気作りのためにも、お願いできるかな」
「は、はい」
バスはバス停の前に止まる。すぐにスタッフのような若い青年が飛び出てきた。
「鈴胡紺さん、今日はよろしくお願いします」
「ええ、頼むヨ」
先ほどまで親切で朗らかな鈴の姿は消え去って、そこには不気味なヒールアイドル、鈴胡紺が現れた。プロのアイドルとしての振る舞いに、静稀は感嘆する。
「で、そちらが先ほど電話を頂いた」
「そう、見学の後輩ヨ。まだ正式に決まっていないかラ、名前は名乗らせないヨ。名前を名乗った時点で、アイドルとしてのイメージがついてしまいそうだからネ。そうだナ、君が好きなように呼ぶといイ」
スタッフは静稀の手を握った。静稀より少し背の低い彼はにこやかに笑いかける。
「僕は『古乃江放送』の白地黒斗です。えっと、鈴さんの後輩だからランさんか、ルンさんか、そんな名前でいいですかね」
「は、はい」
「仮にもヒールアイドルだかラ、もっと雑に振舞ったほうがいイ」
「はい……じゃなくて、あぁ。そうする」
「いいですね。そっちのほうがヒールアイドルっぽいですよ」
「そうだナ」
「えっとじゃあ、呼び名は鈴さんの後輩だから、ルンさんで。自分もまだ新人でして、ちょうど鈴さんがヒールアイドルになられた時に、ヒールアイドルの担当になりまして。と長話もなんですね。今回は僕が色々と説明しますので、一緒に行動しましょう」
黒斗と名乗った青年は先にバスの扉を開ける。
鈴は静稀の背中を押して、小声で声を掛けた。
「さて、入ろう。白地さんは良い仕事をしてくれる、ヒールアイドル担当のスタッフだ。今回の企画の説明とか、案内などを頼んでおいたから、一緒に行動すればいいよ」
「白地さんも仕事があるのにいいんですか」
「白地さんにとってもヒールアイドルになるかもしれない新人というのは貴重なんだよ。見学に行ってもいいかと伝えたときに、ぜひ案内や説明をしたいと言っていたからね。お言葉に甘えよう」
「そろそろ出発しますよ」
「おウ」
黒斗は振り返って、二人を呼び寄せる。
静稀の背中を叩いた鈴が先導し、バスに乗り込んだ。
バスの中には出演者であるアイドル以外に、スタッフも同席していた。そんな彼らの視線は鈴だけでなく、静稀にも注がれる。彼女は目を逸らしそうになった。
そんな中、鈴は一歩出て、最後列に座った少女に声を掛けた。
「そこにいるのは、葉隠華じゃないカ。けれど、他の三人は見ない顔だナ。新入りカ?」
「そうよ。うちの事務所の新人。そういう鈴も新人を連れてきているじゃない。ヒールアイドルに新人なんて酔狂なものね」
「この子はまだ仮だヨ。けど、今は君たちの敵として扱ってくれて構わなイ」
「体験みたいなものね」
最後列の窓側に座った葉隠華と呼ばれる少女は剣呑な空気を醸す。周りに座る新人のアイドルはその空気に、困った表情を見せる。
鈴と華が交わす言葉、発する空気がアイドルとヒールアイドルの関係だと、静稀は肌で感じられた。
「で、君の事務所にはヒールアイドルはいなかったナ」
「そうね」
「その三人は正式に君の事務所に所属しているアイドルカ?」
「ええ」
「なら、確実に私の敵だということカ」
「もちろん」
鈴は新人三人のいる座席に近づいた。
小柄であるが、得体の知れない存在感を放つ鈴に、三人は気が引けてしまっている。けれど、そんな彼女たちの様子を意に介さずに、話しかけた。
「華からヒールアイドルのことは聞いているナ?」
「え、えぇ。あなたは私たちの敵なんでしょ」
「そうだ。私は鈴胡紺。以後お見知りおきヲ。君たちがアイドルで活躍したいなら、倒すべき相手として警戒しておくといイ」
新人アイドルを威圧するようで、ヒールアイドルとしての紹介も兼ねた挨拶だった。
「いやに親切ね」
「弱くて脆いアイドルとは戦い甲斐がなイ。ま、今回もせいぜい足掻いておくレ」
それだけ言い残して、鈴は適当な席に座った。
「えっと、ルンさんですね。ヒールアイドルに興味があるなんて珍しい」
静稀と黒斗はまた少し離れた場所に座る。
ヒールアイドルであるなら鈴のそばを選べばよいのだが、今回の収録には見学という形で参加している静稀にとって、ゲストアイドル、ヒールアイドルそれぞれから一定の距離を取る方がよいという、黒斗の判断だった。どちらかと言えばスタッフが座る席に近い。
「そんなに珍しい?」
「えぇ、僕がスタッフになってからも、ヒールアイドルになるというアイドルはほとんど見かけませんからね。結構、茨の道ですから」
「茨の道?」
「普通のアイドルの敵、壁になるアイドルですからね。他のアイドルのファンからバッシングを受けることも多々あります。業界自体は盛り上がるんですけど、他のファンにとっては厄介なアイドルという認識ですからね。それにヒールとなるような行動や発言も積極的に行っていますから、一部から嫌われるのも当然でしょう」
「なかなか厳しい世界だ」
「ですけれど、なくてはならない存在ですよ。ライバルとなるヒールアイドルがいて、魅力的になったアイドルもいますし、奮起して活躍するアイドルもいます。それに僕たち、ヒールアイドル専門のスタッフがサポートしますからね」
黒斗は晴れやかな表情で宣言する。
「まぁ、今日は見学してヒールアイドルとしての在り方を学べばいいと思いますよ。鈴さん所属するロストのヒールアイドルはこの界隈でもトップクラスですから」
「そうなんだ」
「えぇ、代々少人数ながら、ヒールアイドルの第一線で活躍されていますね。もちろん今所属されているお二人も同じです。そもそも少ない業界で一級の実力を持つというのは貴重なんです」
黒斗は爛々とした表情で二人の活躍を語る。その様子はまさにヒールアイドルに魅せられた狂信者のよう。彼の話は目的地に着いた時にもまだ終わりそうにないほどだった。