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羽野静稀はヒールアイドルである  作者: 五十嵐留依
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第六話:こうして静稀はグループハウスを訪れた。

第六話です。

ご意見、ご感想をお願いします。

 目的ははっきりとしているけれど、目的地を探すのに時間はかかった。

 少し時間はかかったが、羽野静稀(うのしずき)はようやく目的の場所に辿り着くことができた。


 学園の敷地内には宮殿のような校舎だけが建っているわけではない。広大で自然豊かな土地には様々な施設が備えられている。

 その一つとして、グループハウスがあった。

 部活動やサークルがない学園には、グループと呼ばれる特殊な団体が存在する。そのグループの活動拠点として、グループハウスが備えられていた。

 各グループの規模や活躍に応じて、それ相当の家が与えられる。学園から認められたグループ全てに与えられる家の一つに、静稀は用があった。

 静稀が用のある家は、他の家とは意図的に離されているようである。

 小さな森に隣接するように建てられたそれは、古びた一軒家のようだった。塀や門には生い茂ったツタが巻き付いて、その場所だけ薄暗く印象を醸しだしている。

 けれど、ヒールアイドル『ロスト』のグループハウスとしては納得の外観だった。

 

 静稀は門のそばの塀に付けられたインターホンを鳴らす。すぐに洋館の扉が開かれた。


「すいません」

「おっと、来客かナ。珍しいですネ……って、羽野さんか」


 扉から鈴胡紺(リンココン)が顔を出した。少し驚いたように、けれどすぐに納得したような表情に変える。

 彼女は門まで駆け寄ってきて、静稀を招き入れた。


「どうぞどうぞ」

「お邪魔します」

「それにしてもよく、グループハウスの場所が分かったね」

「時間はかかりましたけど、分かりやすかったですから」

「他のグループハウスはこんな見た目じゃないからね」 

 

 屋敷の中に入ると、一瞬で印象が変わった。

 その中は、外観と違って、ヒールアイドルのイメージに似つかわしくない、透明感のある空間だった。

 白を基調にした家具で揃えらえていて、清潔感に溢れていた。

 メンバー二人で使用するなら、全く問題のない広さである。あと数人ほど増えてもまだ広いと感じられる。平屋で部屋の数も少ないとはいえ、普通に生活が可能であった。

 そんな部屋の端に置かれたソファーに、夜弦魅乃(よつるみの)がだらりと座っていた。


「私はお茶の準備するから、魅乃、対応お願い」


 部屋の中まで案内した鈴はキッチンの方に歩いていく。

 魅乃は姿勢を正して、客人を迎えた。


「はいはい。って、静稀ちゃんか。どう、色々回れた?」

「はい、何か所か。個性的なグループばかりですね」

「まぁ、アイドル学園だからね。で、めぼしいところはあったかな」

「いえ、そうですね……」

「あ、とりあえず座ったら」


 魅乃はケラケラと笑いながら、ソファーの隣に誘う。静稀は軽く会釈しながら、腰掛けた。


「ここに来てくれたってことは何か用があってきたんだよね。学園のことなら大抵教えられるよ」


 ヒールアイドルとして活動しているとは考えられないほど、親切な対応である。

 そう話しやすい空気を作ってくれるのは、静稀にとってとてもありがたいものだった。


「えっと、ヒールアイドルって他のアイドルとは違った活動ができるんですよね」

「まぁ、変わった活動ができるね」

「そのヒールアイドルで、トップアイドルと肩を並べることって可能ですか?」


 静稀の言葉に、魅乃は拍子の抜けた反応をする。その様子に、静稀はいろいろと話をすっ飛ばして、質問してしまったことに気付いた。


「あ、これには少し訳がありまして」


 そういって、静稀は話を付け加える。

 親友を追って、この学園に入学したこと。目的は親友のそばにいること。しかし、親友からは静稀自身が輝ける道に進んでほしいと言われたこと。

 そうして、ヒールアイドルが頭の中に残り続けていたこと。


「なるほどね。その親友って」

佐倉灯叶(さくらひかの)です。今回、トップで入学したので、そんなアイドルと同じ高さにいけるのかなと思いまして」

「そうか。だからトップアイドルに肩を並べることができるかって言ったんだ」


「できるよ」


 盆にグラスと茶菓子を乗せて戻ってきた鈴は、静稀の話を聞いており、即答した。


「本当ですか!?」

「本当、本当。あ、これどうぞ」

「ありがとうございます」


 鈴はソファーの前の机に、茶菓子を置いて、グラスを手渡す。

 彼女はパソコンデスクの前の椅子に腰掛けた。


「いや、並べられるじゃなくて、肩を並べないといけない、だね」

「鈴の言う通り。ヒールアイドルの役割がアイドルと敵対することで

業界を盛り上げることだから、どんなアイドルとも対等にならないといけないんだ」

「ライブ、ドラマ、モデル。トップアイドルの敵として立つ仕事はたくさんあるよ」

「かなり厳しそうな活動ですね」

「難しく考えなくてもいい。ただ自分がイメージするヒールアイドルになろうとすればいいんだ。これが正解というものはないから、失敗もないよ」


 魅乃と鈴は丁寧に語っていく。

 アイドルと敵対する立場だからこそ、引けを取ってしまわないように、自身に誇りを持って活動しなければならない。二年、ヒールアイドルとして活動してきた二人の本心だった。

 

「とまあ、こうやってヒールアイドルをおすすめしているんだけど、こんなグループハウスにまで来てくれた人には言っておかなければならないことがあるんだよね」

「言っておかなければならないことですか?」

「やっぱりここに入学してきた子のほとんどはキラキラしたアイドルを目指しているんだよ。だから、本当にヒールアイドルとしてやっていこうと思えないのなら、別のグループに入った方がいい。なぁ鈴?」

「そうだね。私も魅乃もそうやって先輩に言われたけど。あ」


 鈴は何かに気づいたように言葉を止める。


「こんな話ばかりじゃ分からないかもしれないから、私たちの仕事を見学してみない?」

「そういや先輩が昔、やっていた話を聞いたことがあったなぁ。私たちは即決したからなかったけど」

「見学ですか」


 灯叶のそばで活動することか静稀の目的だったが、灯叶と対立して、彼女をより輝かせることにも同じだけ魅力を感じられた。

 このまま一生、彼女のそばで活躍できる保障もなく、自分の考えが介在しないどこかで離れなければならない時が来るかもしれないのなら、今、自分の意思で別の立場に身を置くのもよいかもしれない。


「あの、こちらからお願いします。見学をさせてください」


 ヒールアイドルが本当に他のアイドルを輝かせて、アイドル業界を盛り上げる存在であるかどうか、自分の目でしっかりと確かめられてからなら、はっきりと自分の道を決められそうだと感じた。

 そんな強い意思を含んだ言葉に、魅乃と鈴は大きく頷く。


「もちろんだ。よし、じゃあ仮の一員として一緒に行動できるように、すぐに学園に申請しておこう。で、そうだなぁ。鈴、今日この後仕事入っていただろ」

「連れていけってことね。羽野さん、今から時間ある?」

「は、はい。空いています」

「なら、私の仕事を見学してみようか」


 いきなりではあったが、静稀はその提案を受け入れた。

 自分からチャンスを探そうとするだけではなく、突然降ってくるチャンスを確実に掴むこともアイドルとして重要なことである。

 静稀は自分の将来を左右する重大な機会を今、掴み取った。

 鈴は早速、身支度をしてグループハウスを出ようとする。


「いってらっしゃいね」


 魅乃の見送りを背に、静稀は鈴の後を追った。

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