第三話:こうして静稀はヒールアイドルに出会った。
第三話です。
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ホールの外はさらに賑やかしい空間だった。
入学式を終えた新入生を待っていたのは、さらに手厚い歓迎。上級生が手当たり次第に声を掛けている。
扉の前だというのに、人でごった返しており、まるでバーゲンセールのような状態だった。
その光景に目を丸くし、扉を出てすぐに棒立ちになってしまう羽野静稀。
「驚いているね」
何気なく聞こえた言葉。肩を叩かれてようやく、自分に掛けられた声だと気付く。
そしてその声は珍しく、真横から聞こえてきた。
静稀が彼女の声に振り向くと、ちょうど目が合った。
「えっと」
「あぁ、私? 私は三年の夜絃魅乃。よろしくね」
一目見て、静稀は彼女に圧倒された。
静稀と視線の高さが同じだということは、彼女、魅乃も女性にしてはかなりの高身長である。普通に生活していれば、それだけ背の高い女性を見ることも稀だが、ここはアイドル学園である。
人気モデルを目指す少女などとなれば、静稀と同じぐらい背の高い者も在籍しているのは珍しくない。
けれど、魅乃の魅力は背の高さだけではない。
腕や太ももから見える、その鍛え抜かれた肉体が凄まじい迫力を帯びていて、力強さを感じさせる。
短く切り揃えられた髪や険しい印象を抱かせる容貌は、武闘家のようであった。
可愛らしい少女ではなく、ただただ強い女性。
アイドルというイメージは湧かないが、それでも、彼女自身は魅力に溢れていた。
「は、はい、よろしくお願いします」
「おう、いい返事だ」
元気溢れる彼女に感化されて、静稀の返しも大きな声になる。
それに満足したように、にこやかに頷いた。
「この光景にびっくりしたかな?」
「え、えぇ」
「だよね。毎年、入学式終わりの新入生にこうやって群がっているんだよ」
「かなり有名なアイドルもいますね」
「そうなんだよね。引く手あまたのアイドルが必死で、新入生に声を掛ける。面白いよね」
ケラケラと笑う魅乃に、なぜか目を奪われた。アイドルらしからぬ笑い方なのに妙に彼女に合っている。
じっと見つめてしまう静稀に、魅乃はそっと笑いを止めた。
「どうした?」
「い、いえ、なんでもないです」
「そうかい。で、なぜこうやって話しかけているかってのも、まぁこの時に教えるんだけど、聞いていく?」
魅乃は静稀をその人混みから連れ出した。といっても、その人混みが見える少し離れた廊下まで、引っ張り出しただけだった。
「この学園って、色々なグループに分かれているって知っているかな」
「はい。歌手を目指したり、女優を目指したり、アイドル活動を中心に置いたり、ですか」
「そうそれ。よく自己紹介でもエールトライトの○○所属です。みたいな話をしているじゃない? その所属がアイドルグループそのものであったり、ただの集まりだったりと様々あるけど」
この学園のアイドルは決して孤独なものばかりではない。
グループに所属して活動するものが大半であった。グループに所属してもそのグループ名を必ず名乗る必要はなく、籍を置いているだけのアイドルもいる。
「グループに所属するメリットは大きい。活躍する先輩アイドルから情報を得たり、グループを通じて仕事を掴めたりするからね。いち早く活動したいなら、良いグループに所属することが最も有効だと思うよ」
「なるほど」
「で、グループ側としても有望な新入生を獲得したいんだ。だって、学園だから上級生は卒業する。そうして生まれた穴は大きい。それを埋めるために、新入生を自分のグループに引き込もうとするんだ」
ほとんどのアイドルがどこかのグループに所属しているなら、新たな加入が見込めるのは入ったばかりの一年生である。何よりも早く声を掛けたいから、入学式が終わるのをホールの前で待っていたのだ。
「そうなんですね」
「そうそう。……そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
「あ、羽野静稀です」
「静稀ちゃんね。静稀ちゃんは何か希望のグループがあるのかな。もしよかったらどこかのグループを紹介するよ。何か得意な分野はある?」
静稀はすぐには答えなかった。
希望するなら、親友である佐倉灯叶と同じグループである。グループを決めるなら彼女と話してから。そう考える。希望は灯叶と同じグループだった。
次に、得意な分野について考えを巡らせた。歌もダンスもこれといって秀でているものはない。ギリギリでこの学園に入学できた自分に誇れるものは何もない、と結論付けた。
そこまで考えて、静稀は、魅乃に聞きたいことを思い付いた。
「えっと、質問で返してしまうんですけど、夜弦さんはどんなグループに所属しているんですか?」
「ん? 希望するジャンルとかないの?」
「すぐに答えられなくて。参考にまで先輩のグループの話を聞きたいなと」
魅乃は静稀の言葉に納得したように頷いて、はっきりと答えた。
「あぁ、私のグループは『ロスト』。ジャンルとしてはヒールアイドルかな?」
「ヒールアイドル?」
「そう、ヒールアイドルだよ」
その時初めて、静稀はヒールアイドルという言葉を耳にした。