第一話:こうして静稀は入学式に出席した。
一話です。
ご感想、ご意見をよろしくお願いします。
桜吹雪が学園を桃色に染める。アイドルの学園にふさわしい、華々しい光景だった。
学園の門から校舎へと続く、石畳の一本道はその桜吹雪の美しさに劣らない、見目麗しい少女たちで占められていた。それぞれが強烈な個性を持ち、その上で華やかな魅力を放つ少女たち。
少女たちは皆、大きな希望を胸に歩いている。
それもそのはずである。
彼女たちは『エールトライトアイドル学園』に、本日から入学することになったのだ。
この学園はアイドルの登竜門と呼ばれており、在学中からメディアに露出でき、卒業後は各々、希望する道へ進むことが出来る。
この学園で言うアイドルには、歌手やモデル、タレントと様々な活動をする者も含まれる。だから皆が同じ活動を行うわけではない。
各方面で優秀な在学生、卒業生が活躍しており、だからこそ様々な方面から、新入生にも大きな期待がのしかかる。
入学した少女たちのほとんどは、その期待を重圧と感じず、喜びに満ち溢れていた。
誰もが自分を一番だと考え、自分が最も輝いている、これから輝くのだと信じ込んでいる。
そんな彼女たちですら、とある一人の少女に目を奪われた。
羽野静稀はあらゆる視線を隣に感じた。それは自身のそばを歩く灯叶に向けられた視線だった。
驚愕や憧憬、羨望に焦燥など、全てがプラスの感情ではない。
トップの成績で入学した事実がまだ広まっていなくても、少女たちは佐倉灯叶を特別な少女だと認識したのだ。
灯叶は少女たちの視線を全てその身に受ける。しかし、気にも留めていないようでニコニコと静稀に笑顔を向ける。そんな調子の彼女には苦笑いで返すしかなかった。
灯叶は目立つ少女である。
小柄な体格では埋もれてしまいそうなものだが、彼女自身の魅力が目を惹きつけて離さない。そんな彼女がそばにいるから、長身な静稀であってもこれまでそれほど目立つことはなかった。
今もそうである。少女たちの視線は全て灯叶に吸い込まれる。そばにいる静稀自身に向けられる視線はほとんどない。
静稀はそれでもいいと思う。アイドル学園に入学したのは、ただ灯叶のそばにいたいだけだからだ。
桜舞う一本道の先には校舎が見えてくる。西洋の宮殿のような趣で、普通の中学校の校舎であれば、あまりにも信じがたい光景だ。しかし、アイドル学園の校舎と言えば別である。さらに個々人の魅力を磨くために、まず特別な学び舎を用意しているのは納得できる理由であった。
一度、入学試験の為に訪れた校舎であるが、やはり目の前に広がる宮殿を見ると、静稀はその壮大さに気圧される。それは周りの新入生も同じようで、細微な彫刻などに目を奪われながら、校舎の中に入っていく。
エントランスは天井が高く、吹き抜けのような空間であった。煉瓦造りの壁が少し威圧感を放っている。そこには上級生が案内役として立っており、今回、入学式が行われるホールの場所を教えてくれる。
「あ、私は少し用事があるから、先にホールに入っておいて」
エントランスに入るや否や、灯叶は静稀の元から離れていく。トップの成績で入学した灯叶は新入生代表の挨拶があるという。静稀は柔らかな表情で見送った。
宮殿ほど校舎が大きければ、各施設もその校舎に内設されている。今回、入学式が取り行われるホールすらも校舎の中にある。
エントランスには何人かの上級生が立っており、新入生を誘導している。
静稀はこの案内により、エントランスを抜けて、廊下を歩く。
入学式のために上級生が準備や当日の作業をこなすために集められることは、他の学校でもよくある話だが、この学園の生徒は皆、アイドルとして活躍している少女ばかりである。テレビやネットで見るアイドルが近くにいて、彼女たちが案内役として動いている姿に、静稀は少々戸惑いを感じた。
静稀は画面越しで見る彼女たちより、実際に見る彼女たちの方が輝いて見えた。それは画面越しでは感じられない、アイドルらしさが見えたからだ。
ちょっとした仕草や歩き方一つが、彼女たちが確かにアイドルであることを強く印象付ける。ホールまでの廊下に立つ何人もの上級生全員が大きく見える。
そんな案内のおかげで迷わずに、静稀はホールに辿り着いた。
このホールはライブやコンサートで使用され、一般公開もなされている。そのため、多くの設備がこのホールに備え付けられている。ホール内では、ワイヤーアクションやトロッコなどの演出も可能であり、様々な用途で活用されている。
今回の入学式では、ワイヤーアクションもトロッコも使用されない。だから、壇上に向いて、等間隔に椅子が並べられているというシンプルな設営となっていた。
入学式の席は例外を除いて、自由に選ぶことが出来る。例外とは灯叶のような成績優秀者は式のプログラムの為に、席が指定されている。
もちろん、静稀には関係のないことで、それでも彼女は灯叶の席に近い、前列に歩いていった。
すぐに式は開会した。壇上は一際強い光で照らされる。それと同時にホール内の照明が薄暗く落とされた。光と共にホール内の騒めきが小さくなる。その後、舞台袖から学園長が現れた時にはホールは静寂に包まれた。
学生と見間違うほど小柄な少女であるが、この容姿は十年前からずっと変わらない。元アイドルでこの学園の創始者でもある彼女、七貴弥子が壇上に立った。
深緑を基調にしたゴスロリ調のドレスが真白の肌に映える。ボリュームがあるこの衣装に着せられている感は全く出ておらず、そのドレスが彼女のためだけに作られたもののように感じさせた。
古城に住む深淵の王女としてのキャラクターは引退と同時に辞めた彼女だが、その時の衣装ブランドは気に入っているらしく、今に至るまでずっと着続けているという。
弥子はこほんと咳払いして、マイクに声を入れる。
「まずは、新入生のみなさん、入学おめでとうございます」
話しかけた相手を包み込むような暖かい声色で、新入生を迎え入れる。
「長々しい話は疲れてしまいますから、短く纏めますね」
悪戯っ子のように無邪気に笑う弥子に、新入生たちからも明るい笑い声が上がる。
「みなさんの中には何らかのアイドル像があると思います。このようなアイドルが好きだ。このようなアイドルになりたい。もしかしたら、アイドルになりたいけれど、どのようなアイドルが自分に合っているか、はっきりと分からないという人もいるかもしれません」
一呼吸おいて、少し声を張り上げた。それでも耳障りの悪い、キンキンした声ではなく、よく通る澄んだ声だった。
「この学園では、そんなみなさんにあらゆる可能性を提供します。みなさんが願えば願うほど、求めれば求めるほど、理想のアイドルに近づくことができます」
そして最後にこう締めくくる。
「だから、この学園生活を、アイドル活動を心の底から楽しんでください。楽しめば楽しむほど、みなさん自身に、そしてみなさんのファンになってくれる方々に幸せを運ぶことができます。みなさんの活躍を期待しています!」
弥子の深々とした一礼に、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
彼女はにっこりと微笑み、壇上を後にした。
静稀は弥子の言葉を反芻する。
彼女にとってなりたいアイドル像はない。唯一思い浮かぶのは灯叶と共に活動できるアイドルである。
それがどのようなアイドルになるか、今はまだ全く分からない。
けれど、それがどのような形であっても、と彼女は強く拳を握りしめた。