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暗い森の宿 晒し中

作者: 南国タヒチ

 バイクで真っ暗な国道を何度も何度も行ったり来たりしたが、今夜の宿泊地であるスーパー銭湯は影も形も見つからなかった。

 〝たしかにここら辺なんだけど――〟

 バイクを道の脇に止めて、バッテリーが残り少なくなったスマホで確認してみたが、道はあっていた。

 スマホを信じるなら、目的地であるスーパー銭湯はここにあるはずだ。

 しかしスーパー銭湯などどこにもなかった。

 かわりにあるのは暗い森だけだった。

 森のなかには牧場とキャンプ場があるらしく、森の中へと続く林道には子供達と牛がふれあう看板が立っていた。

 明るい日差しの下で見れば何でもないただの看板なのだろうが、夜の闇のなかでみると子供の笑顔が不気味に映った。

 〝まさかあの道の奥にあるのか〟

 スマホのナビが正しいのであれば、森の中にスーパー銭湯があるはずだ。

 だがあんな森の奥でスーパー銭湯など営業しても、客など来るのだろうか?

 バイクで何度も国道を往復したが、人など誰も歩いていなかった。

 コンビニもガソリンスタンドも街灯すらまばらの、暗く寂しい道だ。

 街からもかなり離れている。

 国道沿いに建てたとしても、すぐに潰れてしまうだろう。

 ましてや森のなかに建てたとしたら――

 二日ももたないかもしれない。

 〝そうか潰れたのか〟

 土地を遊ばせておくのがもったいなくて、甘すぎる見込みのもとスーパー銭湯を建ててみたが三日も持たず潰れた。

 我ながら名推理だと思ったが、この推理には大きな瑕疵があった。

 おれは今日の朝スーパー銭湯に電話をかけて、部屋が空いているのかどうか、確かめているのだ。

 電話にはおっさんが出て、部屋は空いてると答えたのだ。

 潰れた銭湯に電話が繋がるはずはなかった。

 なら森の奥に。

 この暗い森の奥に。

 スーパー銭湯があるはずだ。

 おれは一瞬、街の方に引き返そうとも思ったが、一日中バイクを走らせていたので疲れ切っていた。

 街に戻るのは億劫だ。

 なければ引き返せばよい。

 おれはバイクのハンドルを切ると、暗い森の奥へと続く林道のなかに入っていた。

 


 牧場の前を通り過ぎると、キャンプ場が現れた。

 キャンプをしている物好きがいないかと思ってテント広場を眺めてみたが、月明かりに照らされた芝生が広がっているだけだった。

 テントなど一つも立っていない。

 牛舎もあったが牛のいる気配もなかった。

 ただ真っ暗な道があるだけだ。

 ――断言できる。こんな森のなかにスーパー銭湯などあるはずがない。

 おれは道を間違えたのだ。さっさと引き返して漫喫にでも泊まろう――

 ――そう思ったとき、

 それは忽然と現れた。

 闇のなかに鎮座するように座っているスフィンクスと、

 月明かりに照らされたピラミッドが、

 暗い闇の中から突然姿を表したのだ。

「あったよ、おい」

 目的地を見つけた喜びで声が出たのではない。

 あってはいけないものは見つけてしまった驚きで、声が出たのだ。

〝予想していたのと全然違う〟 

 ネットで見たのは、黄金色に輝くピラミッドと荘厳なスフィンクスであったが、目の前に現れたのは、ネットで見たヤツよりも小さくてしょぼかった。

 一応、おれの探していたスーパー銭湯かどうか確認するために、ピラミッドの前に置かれたしょぼい看板に目を通した。

 身も心も活性化! 世界初のピラミッド温泉。素泊まり二千五百円。

 うっすらと光りを放つ看板には、たしかにそう書かれていた。

 間違いない、たしかにここだ。

 グーグル先生に、安い宿を尋ねた結果、返ってきた答えが、ここピラミッド温泉だった。

 ネットで見たときは、客寄せ用のために、栃木とはなんの関係もないピらミッドを建てちゃったのかなと、深く考えなかった。

 しかしまさかこんな森の奥にピラミッドとスフィンクスを建造しちゃうとは――

 ――これ絶対、泊まったらヤバいところだ。

 ホラー映画なら、絶対に殺人鬼とか出てきちゃうところだ。

 建物全体から、ホラーなオーラが漂っていた。

 おれがもしB級ホラーに出てくるアホの大学生だったら、面白がって泊まって女子大生の乳を揉み始めたあたりで、

殺人鬼にナタで頭をかち割られてしまうことだろう。

 おれは大学生ではない。

 四十近いおっさんだった。

 良識も引く勇気も持っている。

 しかし金はなかった。それに疲れてもいた。

 新しい宿を探すのは億劫だった。

 体がデカイわりに小心者のおれは、それでも五分ほどピラミッドの前で悩んだが、結局泊まることにした。

 このイカレた宿屋のなかはもっとイカレているというのに。

 

 宿屋の受付には、中国人のおばさんが座っていた。

 受付のなかには貧相な親父がテレビで野球を見ていた。

 雰囲気からして、経営者と従業員という関係ではなく、夫婦のような馴れた空気があったが、年の差は離れていた。

 貧相な親父は四十後半か、五十代ぐらい。

 若い頃からそれなり綺麗だったのかな、と思える中国人のおばさんは三十代ぐらいに見えた。

 夫婦かどうかはともかくとして、このコンビすごく胡散臭い。

 ホラー映画なら、殺人鬼の手先という役どころに思えた。

 ――やっぱ戻ればよかったかな、と後悔しつつも中国人のおばさんに声をかけた。

「すいません、まだ泊まれますか?」

 ネットで見たとき、受付は夜の九時までと書いてあったが、受付の時計の針は九時を少し過ぎていた。

 断ってくれないかな、心のなかで期待したが、

「ダイジョウブヨ!」

 中国人のおばさんは片言の日本語で快くOKを出してくれた。

 マジでここに泊まるのかよ、と思ったが、ここまで来たら引き返せない。

 受付から部屋のカギを持ったおっさんが出てきた。

 部屋を案内してくれるというので、後をついて行く。

 パワーストーン

 ピラミッドパワーが込められた奇跡の石。

 宇宙のエナジーが込められた紫水晶。

 受付のすぐ近くにあるショーケースには、宇宙と神秘の力が込められた石が陳列していた。

 神秘の力が込められてるわりには売ってくれるらしく、一個800円ぐらいのお求めやすい価格で売っていた。

 おれはこんな石ころよりも銃が欲しいと思った。

 日本では銃は難しいのでバットでもいい。

 この宿、絶対に殺人鬼が潜伏してるだろう。

 廊下に飾られたツータンカーメンやら奇岩、ピラミッドとはなんの関係もなさそうな仏像を眺めながら思った。

 おれの前を歩くおっさんは珍妙なオブジャを説明する気はないらしく、さっさと通り過ぎていた。

 古びた温泉ホテルによくあるゲームコーナーの前を横切り、階段を昇った。

 どうやら二階に客室があるようだ。

 何でもいいのだが、俺以外の客はいないらしく誰とも人とすれ違わなかった。

 網走刑務所のような狭い和室に案内された。

 部屋に風呂がついてなさそうなので、入浴時間は過ぎていたが風呂に入れるかおっさんに聞いてみると、「長く入らなければ、いいよ入っちゃって」と答えてくれた。

 

 おれは大浴場に行くため、ピラミッドがプリントされたサイズの合わない浴衣を着て、部屋を出た。

 看板を頼りに、この奇妙な宿屋の大浴場を探していると、恐るべきものを発見した。

 〝――ここが殺人鬼の隠れ場所か〟

 鎖で厳重に封鎖された階段。階段の先は闇で閉ざされていてよく見えない。

 ――瞑想室パワースペース。

 瞑想料八百四十円。二人以上で入ると、ちょっとお得な六百二十円で神秘のピラミッドパワーを浴びながら瞑想できるらしい。

 肩こり、腰痛、むくみ、不眠、瞑想すれば何でも治るらしいが、それよりも風呂に入ってサッパリしたかった。

 

 時間が遅いせいか、大浴場には誰もいなかった。

 大浴場は天井が斜めになっている以外はわりと普通であったが、気柱とかい謎の柱があった。

 説明文を読むと、柱に触ったりすると気のパワーがくれるらしい。

 おれは取りあえず気柱を撫でた後、何気なく窓の向こうを見た。

 夜の闇のなかに露天風呂が浮かんでいた。

 ライトアップされてなかったら気づかなかったが、大浴場には露天風呂があるらしい。

 露天風呂好きのおれは素っ裸で外に出て、露天風呂に入ろうとした。

 露天風呂の壁画には、ピラミッドと何故かカッパが描かれていた。

 この宿屋の珍妙さに馴れてきたので、さして驚かなかったが露天風呂が水だったには参った。

 よく見たら工事中の看板が立っていた。

 おれは寒さに震えながら、露天風呂につかった。

 源泉を掛け流しにしているせいか、風呂の湯は濃くちょっとドロリとしてて気持ちよかった。


 風呂を堪能した後、部屋に戻った。

 寝る前に用心のため枕に拳銃を忍ばせておきたかったが、残念なことに銃など持っていなかった。

 おれは無防備で寝ることに不安を覚えたが、疲れていたので布団に入ったらすぐに寝てしまった。

 翌朝、朝日に起こされると、おれは荷物をまとめて部屋を出た。

 夜、あれだけ不気味だったこのホテルも、光に照らされるとなんのことはない。

 ドラマのトリックに出てくるような珍妙な田舎の宿にすぎなかった。

 その証拠に宿のフロントには、どこぞの雑誌記者が、田舎の珍妙スポットとして宿屋に取材に来たことがあるらしく、その時の記事の切り抜きが廊下に張られていた。

 怖くなくなったおれは、奇岩石コーナーを見物し、豚バラ肉とかかれた奇石を鑑賞した後、

宿屋のおかみお手製の水餃子の朝飯を断り、バイクにまたがりピラミッド温泉を後にした。



 

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