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8_楽しい時はとく過ぎて。

 詩織さんと優さんは、夕方まで繰り返しゲームをして過ごしました。人数が少なかったのでゲームマスターは置かないで、互いにキャラクターを演じながら、冒険を楽しんでいきましたのでした。

 

「シナリオはとりあえずハック&スラッシュでいきましょう」優さんが言いました。

「ハック&スラッシュとはなんですか?」詩織さんが訪ねます。

「ハックというのは斬り刻む意味ですね、スラッシュというのは叩き壊すとかの意味です」さらりさらりと、英単語で書き表します、白い紙に鉛筆で Hack and Slashと綴られていきます。

「登場するモンスターを次々に倒していって、宝物と経験値を得ていくスタイルの遊び方になります、詩織さん」

「それは殺伐としていますねー」間延びした返事の詩織さんです。

「ええとお嫌いですか」

「敵を効率良く倒すのは結構好物でございます」きらりんと目が輝いているように見えるのは、気のせいでしょうか、優さんは、詩織さんの熱意に押されるようにして、僅かに身を引きました。


 詩織さんと優さんは、とりあえずルールブックに記載されている、モンスターを弱い順から倒していくことにします。モンスターの解説や、性質に気をつけながら、敵対する理由も後付けで軽くつけつつ、戦闘を繰り返していくのです。


 例えば、幻想世界の冒険につきものである、ゴブリンという怪物がいます。世界観によって、いろいろな解説がありますが、この『机上世界の冒険譚』というゲームでは、悪に魅入られた妖精というポジションで登場している、適役の最下層に近い怪物となっています。


 肌の色はくすんだ緑色やら茶色やらで、身長は120センチほどです。粗末な武器を振り回し、ボロボロの布やら、毛皮やら、木の皮やらを防具がわりに身にまとっています。


 これらの衣服や武器は、どこからか盗んできたものであって、簡単な棍棒のような武器や、加工していない木の皮やら丈夫な草を集めたもの以外の道具を作成する知恵は無い、ということになっている、とルールブックに記述されています。


 生活の基盤は狩猟と、採取です。警備の薄い”人”の村は良い狩り場であると認識していますので、設備の整っていない貧弱な村を、何匹かのゴブリンが、徒党を組んで襲うこともあります。


「という記述がありますので、最初は村の作物とか家畜とかを狙う、悪い妖精ゴブリンを退治しましょう、という設定で、いきましょう。昔の偉い人は言っていました『まずゴブリンより始めよ』と」優さんが、人差し指を振りつつ、何やら格言めいたセリフを吐きます。

「『まずゴブリンより始めよ』ですか、何となくありがたいお言葉のように思えますね」頷きながら詩織さんは、キャラクターのデータが書かれている紙のメモ欄にその言葉を書き写すのでありました。

「僕もどこで読んだのか、それとも誰かからか、聞いたのかは、明確には覚えていないのですが、最初は単純に、妙なひねりを加えないように、簡単なものから始めましょう、くらいの意味だと思いますよ」

「ソロ(一人でする)シナリオにもゴブリンのお話がありましたね。こちらは村の近くの森にある、洞窟に住み着いたゴブリンを退治してくださいというものでしたけど」

「結構多くのテーブルトークRPGシステムで、序盤に出てくる敵役として有名ですからね。また、数あるシナリオの中には、かなり手の込んだギミックを仕込んだり、特徴的なゴブリンを登場させて、ただの雑魚ではないのですよとか意表をついた、シナリオを作成したりもしています」優さんがお話を続けます。

「大人気なのですね」詩織さんが、感心したように、反応を返します。

「幻想世界をテーマにしたロールプレインゲームでしたら、まず出てくるモンスターでありますし、読み物としても結構ポピュラーな種族なようですよ。中には、ゴブリンが主人公の小説とかもあるようです」

「怪物が主人公なのですか。ええと、目がさめると虫になっていたとかいう類でしょうか?」

「カフカは未読でありますけど、確かそのような感じで間違いないと思います」

「醜くて、弱い、本来は悪者の雑魚っぽいキャラになるのはどのような気持ちなのでしょうか?」

「最弱というか、邪悪な底辺から、人としての知識やらを利用して成り上がったりするのが痛快なのでしょう。登場する世界の設定次第ですが、見目麗しい存在であることもあるようですよ」

「意外ですね」

「妖精としての側面を強く出しているのかもしれませんね、家人が寝ている間に、いろいろお仕事を代わりにやってくれるとかいう逸話もあったような気がします」

「靴屋の小人みたいですね」

「大まかな分類では同じようなものだったようですね。ちなみに靴屋の小人はレプラコーンではないかと言われているようです。

「レプラコーン?」

「アイルランドの伝承に登場する妖精だそうですね、黄金をもたらすことがあるそうです」

「金ピカな妖精が思い浮かびました」

「いや、本人?は金ピカではないようですね。また、ゴブリンは、コボルドとかと同一視するような時期もあったようです」

「コボルドというと犬頭の小人さんでしたっけ?」

「もともとはドイツ原産の民話とかでしたか。犬頭なのは現代のゲームでの設定ですが、最初に登場したのは奇妙な小人のような容姿だったそうですよ」

「そうなのですか。どんな最初は犬頭ではなかったのですね」

「確かウィザードリーとか、D&Dとかのイラストがイメージの元となったんじゃなかったかな?探せば、倉庫に3版か4版のルールブックがあった覚えがありますから、今度見せてあげましょうね」

「D&D?」

「ダンジョンズ&ドラゴンズ『Dungeons & Dragons』、の略ですね。世界で最初のロールプレイングゲームですよ、ええと作者は確か、ゲイリー・ガイギャックスさんと、デイヴ・アーソンさんだそうですよ」ちらりと携帯端末を操作しながら話し続ける優さんです。

「世界で最初なんですか」

「ええと1974年にリリースされてますね」

「意外と最近なのですね」

「囲碁やら将棋やらに比べれば最近ですね」ちょっと笑う優さんです。

「ポーカーとかブリッジに比べてもですね」同じく笑いながら言う詩織さんです。


「ハック&スラッシュの遊び方はこのD&Dの時代からポピュラーなものでして、こう適当な穴倉に、障害となる怪物を配置しまして、その怪物を倒して、持っているお宝を獲得して、経験点を貯めて、キャラクターを成長させて、強い武器やら防具やら薬やら魔法のアイテムを手に入れて、装備やらを強化して、さらに強い敵と戦うという、この繰り返しなんです」

「物語はないのですか?」

「ないですね。もしくは主体ではないです。キャラクターの背景とかあまり考慮しなくて、とにかくキャラクターを強化して行って、豪快に爽快に敵を倒して行くというスタイルでしょうか。データとかがしっかりと揃っていて、ランダムに報酬が決まるシステムとかがあれば、ええと、例を出すと、サイコロでランダムに決定された数字で手に入るお宝が決まるみたいな表が、あれば、それだけで盛り上がったりしますね」

「確かに戦闘そのものも面白いですから、次々に戦うのはワクワクします」

「つくたんにもその手の表がありますから、結構それだけでも楽しめるんですね。たまにどうやってこのモンスターがそんなものを持っていたのだろうか?とか疑問に思うような、お宝が出てくることがありますけど」にこやかに笑いながら優さんが言います。

「そうですね、洞窟に住んでいるクマさんが、なぜか装飾品を持っていたりするんですもの」こちらもコロコロと笑いながら詩織さんが言います。

「白い貝殻のイアリングなんですよきっと」真面目な顔で人差し指を立てながら優さんが仰いました。

「なるほど、お嬢さんに追いつけなかったのですね」ぽん、と手を打つ詩織さんです。

「過去こんな感じで、ハクスラをしていた時に、なんと怪物が守っていた宝箱の中から、お姫様が現れたことがありまして」

「お姫様?!」

「箱入り小娘かよ!どんだけコンパクトなんだよ!とか、誰かが突っ込んで笑いすぎてしばらくゲームが止まったりしたことがあります」ちょっと懐かしそうに言う優さんでありました。

「うわあ、楽しそうです」

「ええ、楽しかったですね。あの頃は暇を見つけては集まってゲームをしていましたから」

「羨ましいです」

「いろいろあって、最近はやってないのですが、また集まって、やれるといいなあ、とか、思っています」

「その時は是非、寄せてください」シュタッと挙手してアピールする詩織さんです。

「ええと、そうだね、そのうちね。でも詩織さん可愛いから、紹介するのはちょっと心配です」

「?」

「いやまあ、小さなこがとても好きなやつがいたなぁということを思い出して」

「???子供好きのいい人ですよね?それとも案件方向に心配な?」

「まだ捕まったとは聞いてないですけど」ちょっと真面目な顔で確認している優さんです。

「なにそれこわい」真顔になっている詩織さんでありました。

「冗談ですよ、多分、きっと、おそらく?現実と妄想の区別は半分くらいはつくような心持ちのナイスな奴でしたから」

「かえって不安になるような?」

「ああ、確か2次元にしか興味がないようなことも言っていたから、リアル美少女の詩織さんは大丈夫かな?」

「び、美少女ってあの」照れまくる詩織さんでありました。


「ええと、ともかく、テーブルトークRPGを始める時には、変に凝らなくて、まずは簡単なシナリオから始めてみましょうというお話だったですね。怪物が出てきて困っているので退治しましょう、とか、お金儲けをしたいので、迷宮に潜りましょう、とか」

「迷宮に潜るとお金儲けができるというのが、不思議です」詩織さんが首をかしげて言いました。

「そうですね、多分ドラゴンが財宝を抱えているのでそれを殺して奪いましょう、みたいな、伝承が元なのでしょうかね?」

「強盗ですか!」

「いや、本当に。一応ドラゴンの方も近隣の町とか都市とから財宝を奪っているんですよとか、退治される理由が付いていたりもしますけど」

「ええとその財宝って盗品であるなら、所有者に返すべきじゃあないでしょうか?」

「基本所有者が墓の下であったり、関係者まとめていなくなっていたり、所有権が曖昧で、証明できなかったりするんでしょうかね?もしくは取り決めで、倒したものの総取りとか?」

「それは、そそのかして、略奪させた上で、横取りとかする人も出てきそうです」

「詩織ちゃん、結構発想が黒いですよ」

「あはは、いや、単純暴力で金品を周囲の住人とかから収集させておいたのちに、その竜的な存在を、お酒とか毒とかでで弱らして、こうずんばらりんと、首を落として、英雄になりつつ大金持ちになるとか、どこかで読んだような記憶がありまして」

「見事なマッチポンプですね」乾いた笑いの優さんでありました。


「その竜的な怪物が財宝を溜め込むようなイメージがあるので、迷宮とか穴倉に住むモンスターを倒すとそのお宝が手に入るというシステムが生まれましてね、あと後にモンスターの体そのものが報酬になるとかの発想も生まれまして、ええと、毛皮とか角とか、内臓とか?」

「内臓ですか?食べるんですか?」

「モツを食べる文化は地域的には少ないようですよ?ええと、内臓は薬の材料とかになるんでしたかね、設定では」

「ああ、クマの肝とか、漢方薬にありそうですね」詩織さんが頷きます。

「そんな感じで、お金儲けをするときには、迷宮に入って、そこに住み着いているモンスターを狩るという文化みたいなものが生まれたんですよ」

「そうなんですね」


「なんで迷宮とかに住み着いているんでしょうね?」詩織さんが、優さんに尋ねます。

「野生動物のクマとかと同じなんでしょうかね?風雨よけとか、他の動物に襲われないように巣にしているとか?」

「でも、ゲームだと、結構複数の種類のモンスターが一つの迷宮に住んでいたりしますよね?」

「まあ、ゴブリンとか、群れになっているのは単独であることが多いですが、そうですね、きっと迷宮というか、洞窟内でもテリトリとか決めて住み分けをしているのかも?」

「森とか山とかで生息している野生動物がモデルになっているんでしょうか?でも餌とか取りに迷宮の外に出る必要がありそうな気がするんですけど?」

「言われてみれば、そうですね。きっと出入りしている個体もあるんでしょうね、というか出入りしている途中で、遭遇しているのかもしれません、ええとイアリングを届けようとして追いつけなくて、しょんぼりと帰宅したクマさんとばったりあったわけです」

「なるほど、で、肝よこせと殴りかかってきたキャラクターに苛立って、あんなことを」遠い目をする詩織さんです。

「ベアハッグは強力ですからねー、一瞬で殺られてしまいましたね」

「クマさん強いですね」

「まあ、クマですからね」

 キャラクターシートに新しいキャラの名前を書き込んでいくお二人さんでありました。



 和やかに、雑談を交えて、ゲームは続けられたのでありました。





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