3_親には内緒の人間模様。
優さん、もう色々と諦めて、吹っ切れました。ぐっすりと眠り込んで起きない詩織さんですし、そのまま服を着させておくと風邪を引きます。
優さんは、詩織さんの服を脱がして、大きめのバスタオルにくるませて、シングルサイズのベットに寝かせて、その間にお風呂を沸かします。自分はあまり濡れていないので軽く拭いて着替えてしまいました。
お風呂が沸いても目が覚めないようで、揺り動かすと、小動物のようにぎゅっと抱きついてきたりしてくる詩織さんに、赤面した優さん。そして、その後、もう色々悟りを開いたような表情で、テキパキと下着も脱がせて、湯船に抱えて赤ん坊のように入浴させます。
夢うつつなような感じで、もたれかかってくる詩織さんを上手に誘導して、体をきれいにして、お風呂から出ます。きっちり隅々まで吹いた後、優さんの服の中から、ジャージを選び出して、着させます。小さめの洗濯機を稼働させて、丸洗いから乾燥まで行くモードで、もともときていた服を放り込みます(洗濯表示は丸洗いできることを確認しています。下着もそれほど手の込んだデザインでなかったのでまとめて洗うことにしました)。
「そして今ここに僕のベットで眠っている、小学生(高学年)の少女がいるわけです」あそこまで色々しても眠り続けるとか、ちょっと凄いなぁと他人事のように感心している優さんですが。
今までやったことが、どう考えても、通報されても仕方のない各種案件であったことに思い当たり、どうやって誤魔化そうかと、頭を抱えてしまいました。
とりあえず、まだ昼前であることを確認して、横によけておいた、彼女が持っていた肩掛けタイプの袋を手に取ります。中のファイルにある泥だらけの紙を見て、ちょっと眉をひそめます。そのまま、ゆっくりと広げて、タオルを乗せた、平らなテーブルの上に乗せて乾かすことにしました。
「これはまた懐かしいものが」ポツリとそのシートを見て呟く優さんでした。
なんだか食欲をそそる匂いがして、覚醒しつつある詩織さんです。何やら鼻歌をBGMに、フライパンか何かで、ジャージャーと食べ物を炒めている音が耳に入ります。
むくり、と詩織さんかけられてあった、薄手の布団を押しのけつつ上半身を起こします。見慣れないジャージを見て首をひねりつつ、微妙に長かった袖を折り曲げまて、その状態でちょっと匂いを嗅ぎます。防虫剤の臭いがしました。
ふんふんわー、ふふふふーふふふふんふん♪ふふふふんふふん♪ふふふふんふふふん♪
優さん、音程もバッチリで、ご機嫌な鼻歌です。フライパンから焼きご飯を平皿に半分移して、飲み物はサイダーのペットボトルを取り出して、グラスに注ぎます。小さめのペットボトル半分くらいの量ですね。冷蔵庫に置いてあったサイダーの残りが少ないのを見て、先ほどの外出時に買っておくつもりだったのですよね、と思い出しながら、片手で焼きご飯が載っている平皿を、もう片方のてでサイダーが入ったコップを、口にスプーンをくわえて、リビングに向かいます。
そうして優さん、入り口で、目を覚ましてベッドの上で上半身を起こしている、詩織さん(11歳小学6年生_女子)と目が合ってしまうわけです。
時が止まったというか、固まります。双方。
「叫ばないでくださいね!多分それは誤解ですから!」ポロリと口からスプーンをこぼしながら、慌てて言う、優さんです。
「ええと、ええと?あれ?うん、お隣の?」詩織さんまだ寝ぼけているのでしょうか。
「はいそうです、よかった顔は覚えられていましたか。ええと、大家さんのところの詩織ちゃんでよかったっけ?僕は柳田、」
「優さん、でしたよね?」言葉の途中で思い出したように、応える詩織さんでした。
「うん、名前まで覚えてもらってたのは嬉しい誤算です。えと、何があったか覚えてる?」カタリと手に持っていた焼きご飯が乗っている平皿と、サイダーのコップをリビングのローテーブルに置く優さんです。
「 、はい、思い出してきました。すいませんなんかお世話になったようで」ぺこりと頭を下げる詩織さんです。
「いやいや、それで悪いとは思ったんだけどね、もう全身ぬれねずみでありましたから、服をこう剥いで」
「剥いで」
「お風呂に入れて」
「お風呂」
「きれいにした後、そのジャージを着せて」
「着てますね」
「あ、そのジャージ、タンスから出したばかり、綺麗だからね」
「うん、防虫剤の臭いがしました」
「えと、それで、あ、元々着ていた服とかは、今洗濯きで乾燥まで丸洗いして」
「丸洗い」
「干してあるから」
「 、えとちょっと思い出してきました。それは、すいません下着まで」
「うん、ええと、あまり見なかったから大丈夫」
ボンと云う音が立つくらいの勢いで、赤面する詩織さんと、あたふたとしながら、こちらも顔を赤くしたり、青くしたりする優さんです。
「かさねがさね、貧弱なものを見せてしまってすいません」錯乱しているのか真っ赤な顔で謝る詩織さんです。
「いえ、年相応でしたし、綺麗でしたよ、そう悲観するほどのものでは、は!いやもちろんちらりとしか見ていませんけれども!」つられたのか優さんの発言も明後日の方向へ向きつつあります。
「おまわりさんこっちです?」布団を引き上げて、顔を半ばまで隠して、つぶやく詩織さんです。
「勘弁してください」とほほな表情をする優さんでありました。
くうぅ、と誰かのお腹が鳴く音がしました。
「お腹すきましたか?今12時を少し回ったところです、お昼作ったんでよければ一緒にどうでしょうか?」ローテーブの上においた焼きご飯を指し示す優さんでありました。
「ありがとうございます、でもですね」ちょっと遠慮する詩織さんでしたが。
「子供が遠慮してはいけませんよ。納豆入りですけど、食べられますか?」
「 、好物です」これから帰宅して、昼食の準備をしてと考えると少し体がだるいですね、と詩織さんは体調を再確認します。食欲はあるようですから、好意に甘えましょうか?と考えていると。
「もう少し、洗濯物も乾ききりませんし、食べていってくださいな」と優さんが勧めます。
ちょっと赤くなりながら、詩織さん頷いたのでした。
キッチンで洗い物をしている音が聞こえます。優さんが、先ほどの焼きご飯を食べた食器を片付けているのです。詩織さんはそれを聞きながら、ローテーブルの上を眺めています。視線の先にあるのは、水と泥で汚れてしまった、机上世界の冒険譚に使うゲームシートの元原稿です。ちょっとため息が出てきます。油断すると、また涙腺が緩みそうになるので、気を紛らわせるために、部屋の中を見回してみました。
パイプベッド、これは先ほど詩織さんが眠っていたものです。手前に引くタイプの収納があります、きっちりと閉められています。小さめの机に置いてあるデスクトップタイプのパソコン、画面は黒いままで、ディスプレイと本体が一緒になっているタイプのようです。
読みかけであろう本が、そのパソコンが置いてある机に置いてあります。カバーがかかっていてタイトルとかはわかりませんが、文庫本で、結構分厚いようです。
机の前に置いてある椅子は、キャスターが無いタイプのようです。背もたれには、黒っぽい色のジャケットが、かかっています。ハンガーにかけた方が痛まないのになと、ぼんやり思います。
壁の一面に小さめの、ガラス扉がついた棚があります。こちらはキャスター付きで、中に色々小物が入っています。ショーケースに入れられた、カプセルトイの人形がちょっと可愛かったので、詩織さんは、クスリと笑いました。
テレビはないようです。もしかするとパソコンのディスプレイで兼用しているのかもしれません。
整理整頓されていて、掃除もこまめにしているようです。板張りの床に丸いカーペットが敷かれています。その上に乗っている、空色のローテーブルです。
その他は、クッションが床に幾つか散らばっているくらいで、シンプルな部屋になっています。
一通り、眺めた後、またしてもローテブルの上に置いてあるシートを見つめて、暗くなってしまう詩織さんです。
「えと、どうしたんですか?」片付けが済んで、リビングに来た優さんは、その様子を見て、尋ねました。
「シートが汚れてしまったんです」悲しそうに言う詩織さんです。
「ああ、それ、元原稿なんですか?予備はないんですか?」
「冊子についていたものなんです、もうこれが最後で、大事にしようと思ってたのに」ちょっと目がうるんでくる詩織さんです。
「うわ、えと、泣かないでね!でも珍しいね、これ『つくたん』だよね」いやあ、懐かしいなぁと、ごまかすように言う、優さんです。
「え?」
「だから『つくたん』、机上世界の冒険譚、最初の机を訓読みして”つくえ”で最後の譚をくっつくけて、略して、『つくたん』って、あの頃は言ってたんですよ」
「ご存知で?!」
「というか、昔やってた」
さらりと言う、優さんと、驚きの表情の詩織さんでありました。
ちょっと待っててくださいね、と言い残して優さんはその後、部屋を出て行きました。その足で優さん、隣の部屋へと入ります。こちらは住居とは違って、純粋に倉庫として借りているお部屋です。一応電気も水道も止められてはいませんが、お家賃は相応にお安くなるように交渉済みであります。
お部屋が余ってる古いアパートであるのでできる技でありました。
ガチャりと鍵を開いて足を踏み入れます。最初から倉庫として使用することを前提にして、棚とかを作りつけたので、その分通路が狭くなっています。消防法を守るために色々としていますので、その分容積は狭くなっていますが、書籍やら、各種メディアやら、綺麗に、 、綺麗には整頓されているものも、ある程度くらいの、まあ、分量的には半分くらいは整理されているかもしれない、ちょっと混沌とした趣のあるお部屋になっています。
「確かこの辺りが、RPG関連の棚だったはず、ほら、あったあった」ほとんど人が出入りしないので、あまり埃もたまらずに、見た目綺麗なままで置いてあった、大型の書籍型ルールブックを手に取ります。そして、パラパラとページをめくって行って、各種シートが挟まっているのを確認します。
と、その時一枚のプリントアウトされた写真がひらりと、宙を舞って、床に落ちます。書籍を一旦置いて、かがみこんで、裏返ったそれをめくり返しながら、眺める優さんです。
「こんなところにあったのか、あいつら元気かなぁ」ちょっと目を細める優さんでありました。
ついでに、各種シートをコピーしたものを取っておいた、ファイルを手にして、生活空間として使用している部屋へと、優さんは戻っってきました。
詩織さんは、食後に出されたお茶を飲んでいました。ほうじ茶です、なんだか気持ちが少し落ち着くような気がしています。
「お待たせ、よければこれを使ってくださいな」優さんはそう言って、元のシートとコピーした束を渡します。
ちょっと震える手で受け取る詩織さんです。
「ええといいんですか、いただいても?」
「使う人が持っていた方がいいものだと思うのですよ。どうぞ遠慮なく」
「ありがとうございます」ちょっと涙目ででも嬉しそうに笑う詩織さんの表情に、顔を赤らめる優さんでありました。
「それにしても詩織ちゃんがそんなに『つくたん』にはまっているとは思いませんでした」優さん、ちょっと落ちついて、お茶を飲みながら話しかけます。
「じーじ様からの贈り物なんです」ちょっと遠い目をする詩織さんです。
「その節は、ええと、お悔やみ申し上げます」少し慌てる優さんです。
「そういえばお葬式でも見かけましたっけ?」
「そうでしたね、ご焼香させていただいたくらいですけども」
「そうですか、あのじい様、結構な趣味人だとは思っていましたけど、ロールプレイングゲームまで手を広げていたんですね」しみじみとつぶやく優さんです。
「結構熱中していたみたいですよ、ゲーム仲間が鬼籍に入ったので少し中断していたみたいですけど、今度は孫としてみようと、進学祝いのプレゼントとして色々と用意してくれていたんです」
「そうですか」
「ええ、詩織さは、これがきっと気に入りますよ、って手紙を添えてくれて、その通りでしたね。すっかりこう、夢中になってしまって、一人でできるシナリオはだいたい終わってしまいました」
「それはすごいですね、いいですね、楽そうだ!」
「楽しいです」いい笑顔の二人でありました。
「あの、そのですね、優さん」
「はい?」
「優さん、ええと、お忙しいですか?」
「 、暇ですよ、ええ暇ですとも」ちょっと口ごもり、のち強く言う優さんです。
「あのその、実は、もう独りだと寂しいなとか思ったりしてるんです、あの、いいでしょうか?」
「あ、え?」
「お願いです、一緒にしていただけませんでしょうか?優さん」
詩織さんは、優さんがテーブルに置いた『机上世界の冒険譚』を手に取って、まっすぐに優さんを見つめながら言ったのでした。