13_最初の晩餐。
「本日はお招きいただきありがとうございます」優さんが丁寧に少し緊張しつつ頭を下げます。
「いえいえ、いつも詩織がお世話になっていまして」薫さんがこちらもまあまあと頭を下げています。
「そんな別に、いつも一緒に遊ばせてもらって、最近生活にメリハリが出来てとても楽しいです、こちらこそお礼を言わせてください」優さんがまた頭を下げていきます。
「薫さんも優さんも、いつまでたっても終わりませんからいい加減にして上がってくださいませんか?」詩織さんが、頭下げの永久機関になりかけていた両人を押しとどめて、促しました。
「いやホント、いつまで続くのかと思ったわ」スミレさんもちょっと呆れているようにして、ひょいと奥から顔を出します。
「ああ、スミレさんはもう来ていたのですね」優さんがそれに気がついて言いました。
「そうだよ。僕は昼間から来ていて、さっきまで、料理作りの手伝いをしていたのさ」すみれさんは、ひょい、とつけているエプロンをつまみながら言いました。
「今更ですけど、食べられないものとかありますかね?こうアレルギー的なものを含めてですけれども?」詩織さんが訪ねます。
「別にないですよ。強いて言えば、あまり脂っこいものには強くない程度ですか?それでも、そんなに気にするほどのことではありませんし」
「うん、それならよかった。衣に下味をつけてあげた鳥の唐揚げとか、ポテサラとかが中心ですからね」詩織さんが嬉しそうに言います。と言いながらサクサクと食卓に料理を運んできます。
「いいですね、鶏肉は好物です」
「あとは、僕が手を出したお作りとか、酢の物かな?生牡蠣いけるかい?」
「お酒が飲みたくなるようなラインナップですね」優さんが答えます。
「そういえば、優さん、お酒いけるんでしたね」薫さんが、嬉しそうにいそいそとグラスを用意していきます。
「いけるかどうかはわかりませんけど、飲めますよ。好きな方だと思います。麦酒持ってきましたので、一緒に飲みましょう、薫さん」ひょいと手に提げていた袋を見せる優さんです。そのまま2本ほど、キンキラキンの金色をしたパッケージの缶ビールを食卓に置いて、残りをキッチンのカウンターに置きます。
「はい、残りは冷蔵庫に入れておきますから。暖かくなってしまいますものね」詩織さんがそれを受け取って、少し大きめの白い冷蔵庫へとしまいます。
「僕も飲んでいい?」スミレさんがいたずらっぽく聞きます。
「いやダメに決まっているでしょう?」詩織さんが当然止めます。
「別に今更ビールくらいで悪酔いはしないんだけどなぁ」つまらなそうなスミレさんです。
「そいういのは、お家でやってください、少なくとも外ではダメです」もっともなことを言う詩織さんでありました。
「まあ、一応人様の未成年の娘さんが、保護者の前での飲酒を見逃すわけにも行けないからね」薫さんも苦笑いしながら言っています。
「ん。今日は我慢しとくや、ええとこのジンジャエールもらっていいんですやね?」
「うん、それらはスミレと私の飲み物ですから、氷入ります?」
「くださいな、コップいっぱいにしておいて」
「溢れませんか?」
「加減して入れて、一息に飲み干すのが好きなんだ」
「あ、それは僕もわかるよ。こう空っぽになるというか、飲んでいるという感じがいいんですよね」優さんが同意します。
「ええとビールでもするのですか?」薫さんがちょっと驚いて尋ねます。
「冷やすのを忘れていたビールとか、氷いっぱいのコップに注いで、ちょっとマドラーか何かで混ぜて、軽く冷やしておいて、一息に開けると、気持ちがいいですよ?」優さんは、そう答えながら、ちょっと笑っています。
「それでは、乾杯」
「ええと何にでしょう?」
「別に何でもいいんじゃないか?」
「それでは、良き隣人に恵まれたことに感謝して」
「「「かんぱ~い」」」」
「あ、唐揚げ美味しいですね」優さん、綺麗に箸を使ってつまんで取り皿にとった鳥の唐揚げを食べて思わず言います。
「ありがとうございます優さん」
「カリカリの表面、噛み付くとでてくるジュワッとした肉汁、下味は醤油ベースですか?何もつけなくても美味しいです」
「味に変化が欲しければ、酢醤油とカラシもありますので、お使いくださいな」
「はいありがとうございます、と、そしてもちろんビールにも合いますね」
「いや全く、唐揚げにビールというのは魔性の組み合わせですね」一息にコップの半分以上を空にする薫さんでした。
「魔性の料理を作る詩織は、つまりは魔性の女ということか」スミレさんが戯言を言いますと。
「そう、私は魔性の女、私の前では人はその本性を隠すことができないのです、さあ、暴食の宴の始まりです」発言した後で少し照れているのがポイントが高いでしょうか。
「唐揚げは喉越しで味わうものだ」すみれさんが豪快に食べてみますと。
「手羽先の塩焼きとかはそういう方も多いようですけどこれは無理でしょう?」優さんが突っ込みます。
「ああは言いましたけれども、よく噛んでお食べくださいな」詩織さんもちょっとあきれ顔です。
「やっぱり、喉に詰まらせる時は、『んがくく』とか本当に言うんでしょうかね?」薫さんは、ビールの一杯目ですでに酔っているのか、意味不明のコメントをしています。
「などと、薫容疑者は意味不明な供述をしており」それにのっかかるようにして、詩織さんが淡々と言葉を続けます。
「!」本当に喉を詰まらせてしまって慌ててジンジャエールで飲み込むすみれさんでありました。
「あー言わないみたいですね」以外と冷静なコメントを返す優さんでありましたが、もしかするとすでにもう酔っているのかもしれません。
「やはり伝説は伝説のままでしたか」ちょっと残念そうな薫さんです。
「いやまたんかい君ら、もう少し労ってくださいお願いします」ちょっと涙目のすみれさんです。
「いや、ごめんなさい。でもすみれ君も気をつけてくださいね」頭を軽く下げる薫さんでありました。
「ところで、その『んがくく』ってなんなんでしょうか?」
「昔日曜夕方にそう言って、喉に何かを詰まらせて締めるアニメーションがあっての」薫さんが遠い目をして発言します。
「今でもあるぞ、って言えばいいんですねわかります」優さんが嬉しそうに繋げます。
「いつしか、じゃんけんの札を出すバージョンに変わっていたので、もう、ないんですねこれが」肩をすくめて、困ったもんだいスティーブ、バリの仕草で返答する薫さんでありました。
「番組自体はまだあるんでしょうか?私、見たことはないのですが?」詩織さんが尋ねます。
「ええと、確か大口のスポンサーが、核の炎に包まれて消滅してしまった影響で、降りてしまって、制作側が混乱していたところまでは覚えているんですが」さらりとのたまわった後で、グラスのビールをあおって空にする薫さんでありました。
「いや、それは嘘だとさすがに僕でもわかりますよ?」優さんが突っ込みます。
「4コマ漫画なんだよな。店の本棚にあったから見たことあるぜ、結構面白かったけど、意味不明な描写とか多いよな」すみれさんが話に加わりました。
「古い漫画ですからねぇ」ちょっと更に、月を見るくらいの遠い目、をする薫さんでありました。
「同じ作者の、意地悪なばあさんの漫画も結構おもしろかったや」
「そうそう、あのおばあさん、実は昔東京の都知事になったこともあったんですよ」
「いやだから、そういうホラ、さすがに何度も騙されねえって」ちょいっと、辛子を唐揚げに箸でのせて、かぶりつくすみれさんです。からくて少し涙目になっています。
「ああそれは懐かしい話題ですねー」ヒョイと、薫さんの空になったグラスに新しく冷蔵庫から持ってきたビールを注ぐ優さんでありました。
「え?まじか?」
「すみれさん、騙されてはダメですよ?」詩織さんはポテサラを赤い小さめのお箸でつまみながら半眼で、指摘しました。
そのやり取りをニンマリとした笑みで見ている、薫さんと優さんでありました。
「このお魚美味しいですね」優さんがお造りをつまみながら言います。
「そうだろう。店で使ってる仕入先のをもらってきた。鰆のいいのが入ったんだよな」すみれさんが、白いご飯の上に、醤油をつけた鰆の刺身を乗せて、ちょいと、すりおろした本わさびを乗せて、豪快にかっこんでいきます。
「あ、それも美味しそうな食べ方ですね」優さんは横目で見ながら、薫さんが用意してくれたお酒をお猪口で飲んでいます、ぬる燗でありまして、蒸せ返るほどの甘い香りが鼻腔をくすぐります。切れ味は鋭く、さっぱりといけますので、ちょとぬめっとした口内をスッキリさせて、隣の烏賊の刺身を次につまみます。
「きれいに捌けてますねえ」薫さんもそのお造りの精度に感嘆しています。細めに等間隔に切りそろえられて烏賊の刺身を2、3本まとめて箸で取り西洋ワサビを溶かした刺身醤油につけて、チュルリとすするように食べて、こちらも一献。開けたお猪口に手酌でおかわりを注ぎますが、その一杯でちょうどお銚子が空になりそうであります、これは全部入れましょうと、注ぎ切ろうとしたらば、少し溢れそうになって、オットと少し慌てながら、口を近づけて吸い飲みます。
「薫さん、行儀が悪いですよ」詩織さんが注意をします。彼女は、暖かなお茶を用意してそれを飲みながら、刺身とご飯をやっているようです。
「ゴメンナサイ、空になったのでもう一っぽんつけてきますね?」
「ありがとうございます」優さんが頭を下げます。
「いえいえい、それとも焼酎とか、ウヰスキーの方がよろしいですか?」
「お刺身が美味しので、日本酒が、非常によろしいです」ほんのり朴を赤く染めながら、優さんが受け答えをします。
「ほ、非常によろしいです、ですか、いいお返事でございますね」くつくつと笑いながら、席を離れて、キッチンに向かう薫さんです。
「本当に美味しいお酒です」優さんがニパリと笑みを返しています。
「お酒ってそんなに美味しいものなのでしょうか?」詩織さんがつぶやきますと。
「まあ、ものにもよるが、薫さんが飲んでいるのは清酒でも吟醸とか大吟醸とか言ってる部類だと思うから、いいものだぞ多分。店だとグラスで出して700円くらいは取るかな?」
「うわあ、それはお高いですね。一食くらい作れそうです、家族分の」詩織さんが驚きます。
「まあ、合わせる料理にちょっと注意が必要だけど、手軽に儲かるからなあ、アルコール類の店のみ販売は。それでも、幻の、とか言われるような銘柄だと、もっと高めに設定しておかないとぺいしないし、それはそれで、在庫が履けないので、難しいところだって、親父殿が悩んでたぞ?」すみれさんが、ぺろりと、お猪口に移しておいた透明の液体を舐めながら言います。
「ペロリ、これは大吟醸」
「あ、いつの間に!」
「味利き味利き、一応今日の肴にあうかどうかくらいは、ね、確かめないといけないし?料理人として?」
「やめてください、あるこーるは成長を阻害するとか言われたり、百害あって一利なしとか言われている毒物指定の物質なんですよ?少なくとも小学生が飲んではいけません」
「舐めただけだって、だいたい僕、酔わない体質みたいだしな」ニンマリと笑うすみれさんです。
「酔いにくいだけかもしれませんし、調子にのって飲みすぎて、前後不覚になったらどうするんです『お持ちかり』されてしまいますよ!」詩織さんがちょっとプンプンしながら注意します。
「『お持ち帰り』ってまた古い表現だなぁ。大丈夫だよ、僕こんなだよ?そういう要素はないね」つるりと、平らな胸を手のひらで上から下へと撫でおろして、笑うすみれさんです。
「そんなことないです、なので、罰として今日は、私がすみれさんを『お持ち帰り』するのです!」キッと宣言して、腕を取る詩織さんでございますが、目がぐるぐるとしています。
「ちょっ、あれ?詩織も酔っ払ってるのか?飲んでなよな?場酔い?」慌てるすみれさんです。
「別にお泊まりはいいですよ?親御さんに連絡はしておいてくださいね」薫さんが楽しげにフォローを入れます。
「女の子どうしの無邪気なじゃれあいを肴に一杯とか、最高じゃないでしょうか?」ちょと物騒な感想をつぶやいている優さんでありましたが、幸い聞いている方はいなかったようです。
「ちょ、おとな二人、子供の暴走は止めろよな!」
「「まあ、あまり嫌がっているようには見えませんし?」」
「誤解だ!」
「え、いやなのですか?」少し悲しそうな表情の詩織さんです。
「そんなことはない!あ、」反射的に応えてしまって、その後の詩織さんの笑顔を見て、両親への連絡をし始めるすみれさんでございました。
すみれさんはお泊まりできたようでございます。
「優さんも止まって行きますか?」薫さんです。
「いえ隣ですから、戻りますね」ほろ酔いの優さんが答えました。
ちょっとした宴会がそこそこの時間まで和やかに続いていくのでありました。




