10_結構長い1日。
「というわけで、新規プレイヤーお一人様ゲットだぜ、です」
「しおりん、何がというわけなんでしょうか。あと、いきなり訪ねてこられるとちょっと困るんですけれども?」
「朝湯ですか?セクシーですね、ぽっ」
「いや、今、『ぽっ』て口で言いましたよね?いやまあいいです。ええと廊下で立ち話も何ですし、入ってください。ええ、奥の間で、この前の。クッションはありますから適当に、私はちょっと髪を乾かしてきます、喉が渇いていたら、サイダーが冷蔵庫に入ってますから出して飲んでください」胸前でちょっと止めていただけのシャツを翻して、詩織さんを迎える優さんでありました。
「行きますって連絡しましたよ?」
「あー、シャワーを浴びていたから気づきませんでした。よろしければ、もう少し前に連絡がいただきたいですね」トントンと大きめのバスタオルで髪の水気を叩いて取りつつ、壁に取り付けてあるフックに引っかけてあるドライアーを手に取る優さんです。
「まあ、返事を待たずに来たのは悪かったかもしれませんね」
「もしかしたらいなかったかもしれないでしょう?」
「優さんが外出するなんてありえません、少なくとも9時前になんて」
「どうしてそんな習性がすでに見切られているかな!」
「ちょっとストーキングしてみました、というのは冗談です」
「一瞬、恐怖で心臓が止まりそうになりましたが」
「薫さんに聞いてみました。結構店子の動向は把握されているようですよ?」
「それはそれで怖いです。というか個人情報がダダ漏れている?」
「まあ、一応、変な人に部屋を貸しているかどうかくらいは確かめるようですよ」
「大家さん半端ではないですね、確かに、見た目有能そうですものね」
「まあ、店子が少ないので余計繊細になっているのかもしれませんけど?」
「確かに結構空き部屋が目立つような気がしますね、大丈夫なのですか?」
「薫さん、本業は他にありますから、税金分とか、管理維持分くらい入って来れば問題ないですよ」
「殿様商売ですね」
「趣味的とはいえるかもしれません、ほとんど立てた時の借金が残っていない状態でしたから」
ざっくりと髪の毛を乾かして、どっかりと、座り込みます。途中で手に取ったサイダーのペットボトルの蓋をクイッと開けて、そのまま直接口につけます。
一口飲んで、ちょっと顔をしかめて、再び立って、キッチンへ、グラスを取りに動く優さんです。
「うん、炭酸はやはりコップに注いで飲むものですよね」
「そういうところ可愛いです」
「ガスと一緒に飲むとなんだか気持ち悪いんです。直接飲むとうまく空気が抜けないの」
「直接飲むのに、コツとかあるんでしょうかね?私はあまりそういう物を飲まないのでよくわからないのですけど」
「ありそうですね。映画とかでビンの炭酸飲料をそのまま口をつけて飲んでいるシーンとかありましたし。古いのですけど、それほど苦労しているようには見えませんでしたね」
ちょっと座り直して、優さんが詩織さんへと向き合います。詩織さんはスカートの裾が捲れないように注意しながら、小さめのビーズのクッションへ埋もれるように座っています。
「それで、新しいプレイヤーがどうとかおっしゃられていたようですけど?」
「はい、そうです。クラスメイトで一応の友人に、声をかけてみました。素養はありそうかな?とか予想していたんですけれども、実際のところローブプレイングゲームの存在自体はご存知でしたので、快く参加を了承してくださいました」
「同級生なんだ、ええと、同性?」
「はい、すみれさんと言います。漫画とかが好きで、僕っ子ですから、ちょっと優さんとかぶるかもしれませんけれど、こっちの方が若くて、元気があります」
「僕、そんなに覇気がないように見えるんだ」
「ええと、控えめに言って、優さんたまに目が死んだ魚さんのようになりますのですよね、すみれさんは鮮度バッチリです、〆たてピチピチです」
「それ結局お亡くなりになってないですか?」
「あらら?」首をかしげる詩織さんでありました。
「ええとそれで、これからのご予定はどうなるのでしょうか?」ちょっとわざとらしくタブレット端末のスリープ状態からの解除を行う優さんです。
「優さんのご予定、これっぽっちも無いということであるのは把握しているのです」
「ひどい決めつけですよ?」
「リマインダー、真っ白でしたよ?」
「画面ロックしてたよね!」
「今時誕生日がパスコードとか、覗いてくださいとお願いされているようなものでございますよ?」
「ちょっと待って、どうして僕の誕生日知っているの?」
「知られたく無いのでしたら、見えるところに免許証とか入っているお財布を無造作に置かない方がよろしいかと思いますよ?後、もう少し手元に現金があった方が、いざという時に便利かと思いますけれども?」
「怖いよ、詩織さん!」
「冗談です、さすがにそんなストーカ地味たことはしていません。ただ、机の上の履歴書を覗いただけです。アルバイトの面接とかするつもりだったのでしょうか?」
「あー、なるほど。いや、それはね」
「なるほど、履歴書を書いてみた時点で満足してしまったので、就職活動はまた今度、気分が乗った時にしようかな?とか思って、仕舞うところでしたのですね」
「いやそれは、ええと、うんそんなことはないよ」
「棒読みなのと視線を外しているのは、わざとであったとしても、あざと過ぎるようにみられてしまいそうですよ?」
「詩織さんなんだか今日はキレキレなんですが?」
「優さんが可愛すぎるので、ちょっとはしゃいでいるようですね。すいません、でも自重する気はございません」
「しないの?!」
ちょっと頭を抱えてしまった優さんが、持ち直そうとして視線を詩織さんへと向けます。そこには無垢な笑みを浮かべている少女が、面白そうに見守っていました。
「話を戻してですね、これからの予定を決めませんか?」優さんは、全面的に降伏しているような口調で、提案します。
「そうですね、ええと、午後から、すみれさんと合流してゲームをしようと思うのですけど、場所は、優さんのお部屋でよろしいですか?」
「まあ、狭くはないから別にいいですよ、午後からの予定もちょうど空いていますし、ああ、一応行き先を家の方に伝えてきてくださいね?その子端末持ち歩く子かな?」
「休日に出歩く時には、持って出るタイプですね。機能が制限されているものを持ち歩いていますけど、家族に連絡を取るような使用方法なら特に問題はないですよ」
「そういえば、しおりんの端末って、無制限なんですよね?」
「代表端末も兼ねてますから。別に悪いことには使ってませんからご安心ください。少なくともログをごまかすくらいはできますから、保護者に心配をかけることはありませんですよ?」
「おーい。犯罪界隈の経路に引っかからないように気をつけないといけないんだぞ?」
「問題ありませんですよ、きっちり足跡は溶かしてありますし、それなりの数の門を飛び石にして、囮も用意してますから。そもそもそれほど注目を浴びるような頻度で運用していませんし」
「発言が不穏当なのですけど」
「もちろんジョークですよ」わざとらしい笑みを浮かべるところまでがセットの、冗談を言う詩織さんでございました。
「シナリオはどうしましょうかね?」
「私と同じ初心者ですので、ひねりのない王道のものでよろしいのでは?」
「詩織さんはすでに初心者と言っていいのかどうか怪しいところがありますけれども、そうですね、ええと、どんな遊びかくらいは知っているんですかね?」
「『闇のゲームの始まりだぜ』で紹介されていた程度には知っているようですよ、あと、リプレイ?漫画を幾つか読んだことがあるそうです」
「それは結構助かりますね」
「一応遊び方とか雰囲気は知っていて、でも初めてな方に対して注意するところはどんなところでしょうか?」詩織さんが優さんに尋ねます。
「みんなで楽しむのですよというところを確認するのはもちろんですね。あと、リプレイとかは結構
みんな悩んでいたり、ルールを確認していたり、テンポの悪いところは大幅にカットしていることが多いですから、その辺り、実際にはこんな感じなんですよ、とか丁寧に対応しながらやったほうがいいかな?」
「そうなんですか?プレイの内容を細く描写とかはしないのですね」
「動画配信とかで、カットせずに生放送とかしているのも見れますけど、あらかじめ、大まかなシナリオの流れとかをみんなで共通認識に上げておいて、かつ、お約束をテンポよく差し込めないと、ダラダラとメリハリのない、つまらない絵になったりはしますね」
「ああなるほど、数分ほどルールブックをめくるだけの映像が流れてしまうとか、いうパターンはありそうです。放送事故かって感じでしょうか?」
「放送事故みたいですね。つなぎで誰かがしゃべっていたりすることもありそうですが、そういう放送とかしないで遊ぶ時には、無言で調べるとか、作戦を頭で考えて見るとか、悩んでいるとかして、ゲームが停滞しているように見えることもありますね」
「停滞しているように見えるのですか?」
「実際には、謎解きとか、キャラクターの動かし方を考えている間も、ゲームとして楽しんでいるのですから、ただ止まっているだけではない、くらいの意味ですね」
「なるほどです。つまりそうなってもあまり焦らせないようにするということですね」
「ちょっとした助言とか、何を悩んでいるのかを聞いたりするのは良いかと思いますけど、早くしてね、待ってるんだから、とかいう態度を見せると、これはあまり良くないと思うのですね」
「ごもっともな感じです」
「あわてず騒がず一歩一歩確かめながら、進みましょう。慣れてくると、スムーズに流れるように遊べるようになりそうですが、独りよがりになっていないかとか確認しながら、ゲームを進めるようにしてみるといいかもしれませんね」
「相手を焦らせて、ミスを誘発させて勝利をもぎ取るような、対戦型のゲームではないのですものね」
「うわ、結構エグい戦略をさらっと披露していますね、詩織さん」
「そういう勝負事の小説も昔読んだことがありますのです。剣術家どうしの対決とかでしたでしょうか?直接命をやりとりするときには、卑怯とかそういうのは勝利への妨げになったりするわけですから」ちょっと目を細めながら、言う詩織さんでありました。
「まあ、このテーブルトークRPGというゲームはみんなで協力して、面白かったね、と言って終わることを目指すものですし」
「そうですね、で、その次に、またやりましょうね。って言うんですよね」
「そうそう、決して相手を困らせてはいけないという」
「困っている優さんを見るのは楽しいのですけど、ある程度は自重するようにいたします」
「意地悪なのはダメですよ。気心が知れてきたら、ちょっとづつ冗談まじりにからかう程度はよろしいかもしれませんけど、どんな所が逆鱗に触れるのか、人って結構わかりませんから、安全度の高い言動を心がけましょう」
「その辺り、すみれさんが来たら、事前にすり合わせてみましょう、最初私たちがやったみたいにですね」
「なんとなく始めてしまって、認識がずれていたりすると、後々まで尾を引くことはありますからねー」ちょっと遠い目をする、優さんであります。
あ、これは過去にトラウマ的な経験があるんだろうな、でも今は聞かない方がいいんだろうな、と思っている詩織さんでありました。
「すみれさんでしたっけ?新しいシステムですから、ルールの説明とかもした方がよろしいでしょうね。どんなキャラクターがやりたいと言ってましたか?」
「基本、チューニビョウというカテゴリだそうですので、ダークエルフとかハーフエルフとかそういう、過去がありそうなかっちょいいのがいい、とのことでした」
「うん、わかりやすいですね。ハーフの場合は、両親の片方がエルフとか、この場合は母親がエルフの方が多いのでしょうかね?望まれない出生とか、謎に満ちた血族とか、そんな感じでしょうか。ダークエルフは基本悪人っぽい立ち位置が取りやすいですから、元犯罪者とか、現役暗殺者とか、邪神の加護がありますとか、呪われていますとか、いろいろバリエーションがありそうですね」
「なるほど、そういうちょっと複雑な背景をカッコ良いとするのが、チューニビョウカテゴリなのですね?」
「ドラマチックなとか、自分は他と違って特別なんだとか、そういう方向へキャラクターをクローズアップさせる、という手法ですね。なりきると盛り上がったりします。素に返った瞬間に赤面して悶絶するかもしれませんけれど、こう、キャラの設定をびっしりノートとかに書いていたりして、それが30歳くらいになった時に机の奥から見つかった時の、絶句赤面悶絶状態が常套でしょうか?」
「ええと勧めているのですか?思いとどまるように説得しているのでしょうか?」
「端で見ている分には面白いことも多いので、どちらかというと勧めています。ゲームのプレイスタイルとしてはあまり自分語りにならなければ、いいスパイスになります。こだわりすぎると、遊びにくいですけれども」
「あー、行動の指針が面倒臭くなったり、捻くれて動かなかったりするわけですね」
「そんな感じです。うまく演じたりして、キャラとプレイヤーと切り離して行動するときには、してくれれば、問題は少ない、とは思いますけど、なりきりすぎて、暴走するセッションも過去にはありましたねぇ」疲れ果てた老人のような目をする優さんでありました。
詩織さんは、物思いに耽る優さんを、見守ってそっとしておこうと、思いました。




