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1_埃をかぶったトランクの中身。

 薄暗く埃っぽい部屋で、一人の少女が片付けをしています。日の光を避けるために採光は最低限、ほとんどは光量を低く抑えた、電灯でその部屋を照らしています。そこには、本がありました。何百とも何千とも、綺麗に分類されて、古めかしい木製の本棚に収納されていて、背表紙が見えるものだけでもそれほどの量が確認できます。

 それだけではなく、おそらくは未分類であろう、雑誌を含めた書籍がところかしこと置かれて、通路代わりになっている床の獣道のような細い場所を覗いて、一面に積み上げられています。


 祖父の書庫でありました。その祖父もその親の世代より前から、取集していた書籍群です。小説もあり、専門書もあり、歴代の趣味人が、その時その時に熱中していたものの、雑誌などもあります。もちろん漫画も多く書架を埋めています。


 少女の祖父は、先日亡くなりました。良いお年でしたので、不自然なところもなく、眠るように行ってしまったようです。心臓が弱っていたので直接の原因はそれではないかな、というお話を、大人たちがしていたのを、聞いていました。


 お葬式やら、何日ごとかの供養もひと段落しつつあり、少女は、祖父との思い出やらを懐かしむように、彼の書庫を、訪れていたのでした。もっとも、祖父の生前も、しょっちゅう入りびたる、お気に入りの場所でありましたが。


 小学6年生で、12歳ですから、難しくて読められない本はまだあります。けれども幼い頃から自然に、大量の書籍に囲まれてきた彼女は、この書庫の本たちを片端から、興味を魅かれる順に読みふけっていましたので、自然に大量の語彙を、好奇心でいっぱいです、という感じの瞳のその奥に、順調に蓄え続けてきました。

 ですので、辞書を片手ではありますが、旧仮名遣い溢れる、初期のミステリやらSFやらも、内容を理解して楽しむくらいの、読書家となっています。


 また、彼女は、文字だけの本と、同じくらい、妖怪の伝記的な物悲しい漫画や、星がきらめくような絵柄の恋愛漫画、見開きで迫力のある、必殺技を放つ格闘漫画とかも、大好きでありました。


 要は、いささか祖先の趣味に偏りがありますが、いろいろ出来上がっている、読書家少女であるわけです。


 そしてこの物語は、そんな活字中毒一歩手前な、一人の少女が、祖父の残した書庫の奥に、ひっそりと、埃をかぶっておいてあった、古ぼけた、旅行用のトランクを、不思議そうな顔で開いたところから始まるのです。


「私の可愛いお孫さんの詩織さんへ」


 そう、始まるお手紙が、折りたたまれて、そのトランクの中に、目立つように置いてありました。祖父の特徴的な、ちょっとカクカクとした筆跡で書かれています。

 

「私の可愛いお孫さんの詩織さんへ、

 このトランクの中には、一つの世界があります。

 その世界はじーじが昔からちょっとずつ作り上げてきたものです。

 一緒に遊んでくれる友達と、楽しみながら作ってきました。

 けれど、まだそれは未完成です。

 もしかすると、ずっと未完成であるかもしれません。

 じーじは、この世界は、未完成であり続けることが魅力的で面白いものだと、思っています。

 詩織さんへ、じーじはこの未完成の世界を、贈ります。

 一人で色々と遊んでみてくれてもいいですし、

 お友達を誘って昔のじーじのように、世界を、物語を作ってもいいです、

 ちょっと、寂しいけれど、そっと箱に戻しておいてもいいです、

 その時には、ちょっと周囲の人にこんなものがあったよ、と知らせてあげてください。


 でも、じーじとしては、詩織さんはこういうものが好きそうだと思うのです。

 こういうお遊びが好きだと、ちょっと勝手に思っています。


 ご迷惑でなければ、受け取ってください。

 そして、未完成の世界を楽しんでみてくだされば、嬉しいです。


 6年生、ご進学おめでとうございます。

 詩織が大好きなじーじより


   PS.もしよければじーじも仲間に入れてください」


 と書かれていました。

 それを読んでいた詩織さんは、ちょっとじんわりと目頭が熱くなっていました。


 何度か読みかけして、大切にその手紙を畳み直しました。そして、その下に置いてあるいろいろなものを確かめていきます。ちょっと大きめの版で、100ページに満たない書籍があります。色使いは白黒で、白い表紙に、黒のそっけないフォントで、タイトルが書かれています。


机上世界の冒険譚 Roleplaying game basic system


「きじょうせかいのぼうけんたん、でしょうか。ゲームのルールブックのようです」ぽつりと、つぶやいて、その本を手に取ります。その下の方には、そのゲームに使うのでしょうか、少女の手にすっぽりと入る程度の大きさの、カードの束と、ちょっと重めの金属のコインが100枚ほど、それに、紙の箱に入ったプレイングカード(4種類のマークが描かれていて、その各マークごとに13枚、数字と絵札がセットになったものです)が入っています。


 それとは別に、文章がびっしりと書いてある紙の束があります。テキストをある程度体裁を整えて、わざわざプリントアウトしたもののようです。

 どうやら、このゲームをしている様子を、文章に起こしたもののようです。と書きで、誰が、何をしゃべったのか、どのように行動したのかが、!や?や括弧に括られた笑の文字を多用した、文章で、書かれています。


 その束のとは別の束には、箇条書きにしたようなメモ書きのようなものがあり、所々に赤や、青やらで書き込みをしているものもありました。

 少し見てみると、何かの台本とか、人物の設定や、地図とかが、簡単にまとめられていたもののようでした。


 第6話などと、タイトルが書かれていますので、物語のプロットかもしれません、と詩織さんは思いました。


 とにもかくにも、内容を確認しましょうと、詩織さんは、書庫から出て、とりあえず自室へ、『机上世界の冒険譚』というタイトルの本を持って行ったのでありました。




 詩織さんのお部屋は、フローリングの板張りで、片方の壁一面に本棚があります。それを背にするようにして、頑丈そうな大きめの学習机があります。それほど、広くもありませんが、極端に狭くもありません。けれども、少しの空間も埋めるようにして、古い文庫本とかが、綺麗に積み上がっていますので、ちょっと圧迫感があります。


 自分の身体に対して、少し大きめの椅子を引いて、そこに腰掛けます。そして、大きめの本を開きます。簡素な装丁ではありますが、結構しっかりとした作りをしています。章立されている文章の最初から、順に読んでいきます。


 前書きには、この本が何であるのか、の説明が書いてありました。それによると、この本は、ゲームのルールブックであるとのことでした。遊ぶ人数は1人から、数人まですが、遊びやすいゲームの参加者はのは5人から6人ほどがよろしいでしょう、と勧められています。

 遊び方は、参加者は、とある世界の住人になって、みんなで物語を作るというものでした。その世界というのは、悪戯好きの妖精や、良き神様や、悪き神様、個性的な精霊や、いろいろな種族の人々つまりは森の貴人にして楽人、魔法の達人であるエルフや、最高の職人、炎と鉄の友であるドワーフなど、または、魔物とか怪物とか言われる、グリフォンやドラゴン、サイクロップスやら、ロック鳥などが、闊歩し、魔法とか、奇跡のような現象が、日常の先にある、不思議な幻想世界なのだそうです。


 その幻想的な世界で、参加者は、いろいろな種族、もちろん普通の人間もいますが、それらになりすまして、多種多様な冒険を、囚われのお姫様を助けたり、無辜の人々を襲う災厄に立ち向かったり、危険な魔法のアイテムを封印に行ったり、霧深き都市で怪異と対決したり、邪神の復活を目論む狂信者と対決したり、深き迷宮に挑戦して、莫大な財宝を手に入れたり、すれ違う恋ごろこの悲劇を回避するために走り回ったり、ありとあらゆる、多種多様な冒険をして、物語を結末へと持って行く、それを、過程を含めて楽しむ、そんなゲームです。と、解説されていました。


「面白そう」ぽつりと詩織さんはつぶやきます。

 そのまま早速チュートリアル的なソロ、つまり1人で遊べるゲームの手順を進めることにしました。


 1人用のゲームでは、シナリオという名前の、ゲームを進める手順的なものが書いてあります。そのシナリオというのは、演劇や映画などの台本に似ているようです。

 自分がどんな人物になって、どのような状況に置かれているのかを、説明してありました。具体的には、その場所に何があるのか、誰か別の人物かそこにいて、何か語りかけることができるのか、道具を何か持っているのか、その人物は何がそこでできるのか、などなどです。

 そこで幾つかの選択肢が書いてあり、それらの中から選ぶようになってます。その選択肢にはついている数字があり、その数字に対応するように、小さい数から、大きい数へ、順番に並んで書かれている、段落を選ぶようになっているようです。


 途中で、選択した行為が成功したか失敗したか判定をするために、プレイングカード(スート4種各13枚、つまり52枚のゲーム用の汎用カード)から、絵札、各スートのジャック、クイーン、キングを抜いたカードの束を使用します。と注意書きがありました。

 また、なった人物の元気さ、運命にかかわることのできる、エネルギーのようなものを、コインなどのチップで表すので、そのようなものが3個から6個ある方がいいです、とも書いてありました。


「数字の書かれた札だけを使用するということですね」午後に入ったばかりの春の日差しがレースのカーテン越しに差し込んでくる自室で、詩織さんは呟きます。

「コインを使うと、昔見た映画や漫画の賭け事をしている場面のようです」続けてつぶやいて、ちょっとかっこいいかも?と、詩織さんは笑いました。


 そういうことでしたので、もう一度、書庫にもどって一緒にあったプレイングカードとコインを自室の持ってきました。

 メモと鉛筆(消しゴムなので消せる筆記用具)が必要ということでしたので、机にしまいこんでいた、小さめのノートと、筆箱を準備して、ちょうどいい場所へと置きました。


 

 詩織さんは、自分の物語の役を、ルールブックに書かれたシナリオのおすすめに沿って、戦士としてみました。

 戦士は、数々の怪物をその身にまとった武器と鍛え込まれた肉体で、退治していく職業なのだそうです。肉体的に優れている反面、魔法などの別の方面で才能のいる行動は取りにくいのだそうです。

 運命に対する耐久力、命運とかとも言っていいかもしれませんが、それはコイン3つぶんだということでした。

 この命運は、職業によって差はなく、どの職業でもこのゲームを始める時は3つのコインを、持って、登場人物を操り始めるのです、とのことでした。

 そして、この命運は、何かの判断を間違えたり、怪物に攻撃を加えられたりした時に、減る可能性があり、これが尽きた時、ゲームで使用していた人物の物語が終わってしまう、とのことでした。言い換えるとゲームオーバーということで、志半ばでゲームが終わってしまう、と説明されていました。

 まさしく命運が尽きるわけですね。というジョークまじりの解説にクスリと笑う詩織さんでした。


 自分分身であるゲームで使用する人物のことを、キャラクターと表現するそうです。個性という意味ではなかったですかね?とか思いながら読み進めます。

 詩織さんは、ちょっと気になって調べるてみました、架空の登場人物という意味があるそうです。なるほどですね、と納得して、続きを読みます。


 キャラクターには好きな名前をつけてください、とも書いてありました。当然第三者が見て不快に思うようなネーミングはダメですよ、と可愛く注意書きがあります。


 もし迷うようなら、ダッカート5世とかにすればよろしいでしょう。そのあとに笑を意味するマークがありました。

 何かのジョークなんでしょうか?詩織さんには分かりませんでした。

 

 警告として、結構簡単に命運は尽きます。それはもう、素人の洞窟探検人ゲームのごとくです。なので、諦めずに何度もチャレンジしてみてください。ゴールへは、諦めなければ、いつかたどり着けるようになっています。と記述がある側に、書き込みで、嘘つけ!という手書きの文字が入っていたりしています。

 詩織さんは、くすりと笑いました。


 もし使用しているキャラクターの命運が尽きたのならば、何か理由をつけて次のキャラクターで挑戦してもいいでしょう、双子の兄とか、三つ子の弟とか、6つ子の真ん中とか、が兄さんとかの無念を晴らすために、やってきたとか、明確に退場が表現されていませんでしたら、(例:深い谷に落ちて行方不明になった)、なら、実は生きていたとかしてくれても、全然構いません、復活の度に別の仮面をつけていてももちろん構いません。


「このあたりも冗談なんでしょうか?」ちょっと首をひねる詩織さんです。

 そして、ページをめくって、詩織さんは1人っきりの冒険(ソロアドベンチャー)を始めたのでした。



 

 ハッと、詩織さんが、我に返ったのは、日も傾いて、夕食の準備をしなければならないくらいの時間でした。







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