非日常の足音
「にしたって柏木はこんなところに何しに来たんだろうな」
売店のおばさんから得た絵梨と思わしき女の子の情報は悠のスマホ画像からほぼ確実だろうと予測することが出来た
170㎝を超える絵梨の身長は60代頃と思われるおばさんからしてみればかなり鮮烈な印象を与える特徴と言える。それに合わせて悠と桃が一緒に写った写メを見せれば、おばさんは確かにこの子だと笑顔で答えてくれた
「景色が割と良いってだけで、特に何もないんだよね」
その後、売店を後にしてハイキングコースを登って行った二人は展望台から笠山市の街並みを一望していた
特に何もない、少しだけ開けたスペースに高台を設けただけの展望台はよくある田舎のなんちゃってフォトスポットで、悠の言う通り多少景色が良いだけで、これと言った特徴も特色もない場所だった
「彼氏がいたとして、駆け落ちでもするならわざわざこんな交通の便が悪いところを集合場所にはしないだろうしな」
「それにその事を桃ちゃんに教えちゃうってこともしないよね。普通なら誰にも教えないか、誰かと会うなんて言わないで、デートしに行くとかそういう理由にするんじゃないかな」
二人が展望台とその周辺を見て回りながら、絵梨が誰と、どんな目的でここに来たのかを考えた時、思い浮かんだのは駆け落ち、という内容だった
学校では窓際の机で昼寝ばかりの彼女だが、学校での印象以上に絵梨は快活で行動的な女の子だ
同時に、親と不仲と言う暗い部分も併せ持つ
そんな彼女が親と一刻でも早く関係を断ちたいがために密かに彼氏を作り、その彼と駆け落ちしたのではないかと言う、少々邪推の入ったもので、しかし絵梨の性格ならありそうとも思えてしまう
「それに、お前らに何の相談もないってのもな。幾らまだ付き合いが浅いとは言え、一番仲の良い悠と小高に何も言わないってのもちょっと考えずらいよな」
それでもいくら絵梨でも何の相談も連絡も無しに親友であろう悠や小高の前から消えるとは思えない
親と不仲だからこそ、それ以外の関係は大切にしている。今思えばそんな節があったと郁斗は感じていた
「うーん、ここに来たってのは分かったけどそれまでだなぁ」
「俺達に出来るのはやっぱこの辺が限界だろうな。歯痒いが、ここは警察が動くのを待つしかないだろうな」
素人の捜査ではやはりこの程度。後は捜査のプロたる警察か、それこそ私立探偵でも雇うしかないだろう
落胆を隠さない悠を慰めながら、郁斗は並んで展望台から下っていくハイキングコースへと進む
「あーあ、誰か絵梨の居場所知らないかなぁ」
意気揚々と飛び出した挙句、特に成果もなく絵梨の安否がひたすらに心配な悠が投げやり気味にぼやいた、その時だった
『―っ――よ』
『――ち、こ―――る―』
『ほ――――ふ――、お―な―――がい――』
ざわざわと木々が揺れる音の中に、人の囁くようなか細い声が確かに悠の耳に届いたのか
「誰か、いるの……?」
「……?どうした悠?」
急に立ち止まってキョロキョロと辺りを見回す悠に、郁斗は少し訝し気に眉間に軽くしわを寄せて問いかけてみる
それでも悠は何かを探すように忙しなく辺りをグルグルと見回す
「おい、どうした?なんかあったのか?」
「声、小さいけど声が……」
「声?」
そう言われて耳を澄ませてみるが、郁斗の耳にはそれらしい声は聞こえてこない
聞こえてくるのはざわざわと【周辺の雑木林の枝が風で揺れている音だけしか】、郁斗の耳には聞こえなかった
「ねぇ、絵梨が何処に行ったのか知ってるの?」
『――て―よ、こっ――っち』
『お――は――きだ―。か――まの――しろで―――も―いひ――――られてる』
『けど――つけ―』
『もり――さ―――へん――き――がい――だ』
しかし、悠の耳には先程よりもずっと鮮明に声が語り掛けて来る
敵対の色を持たない。とても友好的で何かを伝えようと沢山語り掛けて来てくれているのが悠には分かる




