非日常の足音
そんな時だ。ブーブーと電話着信を知らせるバイブレーションが部屋に響く
グループトークでもなく、メールでもなく電話着信が来たことを不思議に思いながら郁斗が電話を取る
因みに着信が来ているのは悠の携帯電話だ
「小高か。もしもし」
【もしもし……ってあれ私、悠ちゃんに電話したような……】
「あぁ、悪い。今笠山市内で変な事件起こってるだろ?親が過敏になっててさ、お袋と妹と一緒に悠の家に集まってるんだ」
【間君のお家と悠ちゃんのお家、お向かいさんで仲が良いもんね。私も家から出ちゃ駄目って言われてるし、じゃなくて!!絵梨ちゃんのこと!!】
悠の携帯に電話したはずなのに郁斗が電話に出て困惑し、話に流されそうになった桃だが、電話した理由を思い出し元に戻そうと声を荒げる
「何か知ってるのか?」
【ホントに行ったかどうかは分からないけど、昨日何処に行くって言ってたのは知ってるよ】
「ホントか?ちょっと待ってくれ、悠にも聞こえるようにする」
聞けば桃は絵梨が昨日何処に行くつもりなのかを知っているらしい
思わぬ身近なところからの情報に驚きながら郁斗は携帯から耳を離し、通話をスピーカーモードにしてテーブルに置く
「小高、聞こえるか?」
【聞こえるよ!!悠ちゃんやっほー!!】
「桃ちゃんやほー。早速だけど絵梨の事教えてもらっても良い?」
【うん。一昨日の夜、トークアプリでお喋りしてたんだけどね――】
挨拶もそこそこに早速桃に絵梨とどんなやり取りがあったのか、説明をしてもらう
幾つかの質問とやり取りをし、少ないものだが気になる話が2~3個出て来た
「笠山に行くって言ってたのか……」
【うん、明日は笠山の頂上まで行くって言ってたよ】
笠山と言うのは悠たちが住んでいる笠山市の地名の由来にもなった山と言うよりは小高い丘だ
市内の中心街から少し外れたところにあり、時期になれば幼稚園や小学校の遠足にも利用されるこの辺りに住む人なら一度くらいなら頂上まで昇ったことがあるような地元住民ゆかりの地
ただし、何かがあるかと言われるとあるのは精々見晴らしのいい展望台くらいで年頃の女の子がわざわざ足を運ぶような場所ではない
「人に会うって言ってたんだよね?どんな人かは言ってた?」
【誰かに会うってしか聞いて無いんだ。ごめんね、これくらいしか分からないの】
「いや、今までで一番の情報だ。ありがとう、こっちで早速動いてみる」
【うん、絵梨ちゃんの事、よろしくね。悠ちゃんと間君も無理しないでね?ニュースのこともあるし……】
そんなまさに年頃の、花の女子高生の絵梨が人と会うために笠山まで向かうと言っていたらしい
一体、誰と何をするために笠山に向かったのかは分からないが、場所が分かればまずはそこに向かってみるに限る
心配する桃と少し言葉を交わすと郁斗は通話を切り、よっしと一声上げて立ち上がる
「よしって、えっまさか郁にい笠山に行くの?」
「おう、折角得た情報だ。それに俺以上に待ち切れない奴がいるからな、保護者役だ」
「えっ」
気合いを入れるような様子に郁香はまさか出禁状態から抜け出すつもりなのかと驚くが、それ以上に気合いを入れているのがこの部屋の主である少女である
「……ハルねぇ、お手持ちのそれは?」
「木刀」
「……何をするおつもりで」
「もし絵梨に危害を加えた奴がいた場合、そいつをボコボコにするため」
「……郁にい」
「此処までブチ切れてるのは俺でも止められん。せめて笠山まで行ってブレーキ役になるのが精いっぱいだ」
「……お母さんには私から言っておくよ」
「悪いが頼む」
稽古用の木刀を運搬用のケースに入れている悠の目は完全に据わっている
服装は元より動きやすさや快適さを求めた夏らしい薄着だ。その雰囲気もいつもののほほんとした柔らかいものではなく、冷え切ったもので見ている側が身震いしてしまうレベル
完全にキレている悠がせめて暴走しない様にしよう。間兄妹は固く約束し、こっそりと悠と郁斗は高嶺家から抜け出すのだった




