水着選び
だからといって今更引く訳にもいかない。なんたって郁斗を一人試着室の前で待たせているのである
待たせている、という事は試着したものを見せる意思があるという事を示しているに他ならない
カーテン開いたらさっきと変わらぬ格好で「サイズ良い感じだったわ」なんて言われた日には肩透かしも良いところだろう
「ええい、ただ水着を見せるだけ、見せるだけ」
ただ見せるだけなのだと言い聞かせ、てかそもそも一度全裸を見られていることを思い出し一瞬死にたくなるほど恥ずかしくなった悠はぶんぶんと頭を振って余計な思考を頭から振り払う
そうやってしばらく一人であーだこーだとした後に思い切ってカーテンを開いた
「どう?似合う?」
出来るだけ自信満々と言った風に取り繕い、試着室前のベンチに座っていた郁斗に見せつける
これだけ可愛い子が近くにいるんだからね、と頭のどこかでそう思いながら
「……えっと、その、だ」
自分の選んだ水着を着て、自分に惜しげもなく晒された郁斗は珍しく言葉と視線をふらふらと彷徨わせながら、合わせていた指先を所在なさげに曲げ伸ばししている
「可愛い、じゃないな。そう、綺麗だ。綺麗で、凄く似合ってると思うぞ」
何とか少ない語彙で自分の思ったままの感想を述べてくれただろう郁斗のその言葉を聞いて、悠はどうしようもなく恥ずかしいような嬉しいような何とも言えない気持ちが胸の内から湧いて来て、思わず緩みそうになった口元を隠すように俯く
が、その耳や頬どころか首筋まで真っ赤になっているのは当の本人が嬉し恥ずかしな状態になっているのは傍目から見ても明らか
近くにいた数人の女性客もなんだかこそばゆくなってしまうような雰囲気がそこには出来上がっていた
「あ、ありがと。じゃあ折角だしこれにしようかな」
「そうか、ならよかった。ついでだから小物も見て行くか?」
「そうだね、着替えが終わったらそっちも一緒に」
「おう」
お互い、妙に膨れ上がった羞恥心を隠すように必死に普段通りの会話をするように心掛け、お互い逃げるように会話を打ち切ると、試着室の内と外で揃って小さくため息をついた
「なんか今日は調子狂うな」
「なんかあいつ変だよな。おかげでこっちも調子が狂う」
もう一度小さくため息を吐くと、二人は揃って気持ちを切り替えようと意気込むのだった
「どう?気に入ったのそろそろ見つかった?私は決まったんだけど」
「私も決まりました。最初のお店なんですけどね。悠ちゃんはどうですか?」
「私はここで購入。後は小物もちょいちょい買いたいからまた二人について回ってその辺のチェックかな」
「俺はここで荷物持ちにシフトチェンジだな」
それぞれ、買いたいものにも目星がついたようで絵梨、桃は今いるショップよりも前のお店で買いたいものが、悠は先程郁斗に選んでもらった物を既に購入済みで、その袋は郁斗が手に提げている
それを見て、目ざとく絵梨はにんまりと笑う
「またまた~、間に選んでもらってたクセに~。私見てたよ~」
「良いじゃん別に、悩んだから第三者の目が欲しかっただけ」
どうやら絵梨は先程のことの次第とやらを見ていたようで、それはもう獲物を見つけたタカの如く、否、美味しそうな恋バナを目ざとく発見した女子の目のそれであった




