夏休みスタート
「悠は、どうだ?」
高嶺 豪は厳格な人間だといくとは思っている。偏屈、とまでは行かないが自分の意思や決定は曲げない頑固な人柄だ
「最近は落ち着き始めて来たと思います。新しい友人も出来ましたし、クラスでも馴染んでますよ」
「そうか」
故に、突如として女の子になってしまった悠に対してどうやって接していいかを決めあぐねていると言うか、どう接すればいいのか分からなくなっている様だった
昔から馴染みのある、屈強でどっしりと構えている強い漢であるという認識がある郁斗からすると、これが中々面白く見えてしまう
「そんなの悠から直接聞けばいいのにこの人ったら……」
「それはそうなんだが……。どうも何を話したらいいのか分からなくてな……」
呆れる桜と困り顔の豪と、見たことがない二人の様子に郁斗も苦笑いで誤魔化すしかない
豪からすれば、息子として、道場を継ぐ弟子として15年間接して来たのに突然年頃の女子高生になってしまったのだからこれはある意味普通の反応なのだろう
どちらかと言うと直ぐに順応し、悠に女子としての教育を施した桜と、悠のサポート的な役割をかって出た郁斗の方が普通ではないのかもしれない
一番はあっさりと適応して今や完全に女子に紛れている悠がおかしいのだろうが
「問題は新一だろう。なんだかんだと理由をつけているが、あれは間違いなく俺以上に悠との接触に敏感になり過ぎている」
「そうなのよねぇ。もう半月近く家に戻ってないのも心配だし、ホントなんだって父兄揃って女の子が苦手なのかしら」
郁斗君を見習いなさいな、と桜に言われて豪の方はもう勘弁してくれといった様子で黙ってそうめんを啜る
それまた桜がため息をついて、悠を任せられるのは今のところ郁斗君だけねと太鼓判を押された郁斗もまた笑うしかなかった
「持って来たよー。ささっと食べて早く行こ?」
片手に清涼感漂う青い切子ガラスの器、もう片手に飲み物用のグラスと箸を持って悠が戻ってきたため、この話は打ち切り。四角い食卓の長い辺に座る郁斗の横に座り、ササっと自分の分と郁斗の分の麺つゆを用意する
今更なようだが、今日の高嶺家の昼食は冷やしそうめんである。薬味はネギ、生姜、ミョウガ、梅、ゴマなど種類多めのラインナップだ
「待ち合わせは2時だからそんな焦んなくても良いぞ」
「女子は準備に時間かかるんですー」
「へいへい」
完全に女子と化している悠の言葉を軽く受け流しながら、麺つゆの入った切子ガラスの器を受け取り、好みの量の薬味を投入して郁斗もそうめんを食べ始める
同じように悠も好みの薬味を入れ、そうめんを啜る
「ふふっ」
「ん?どうしたの急に?」
それを見て何かに気が付いたらしい桜が笑いだしたので悠が訝し気に見つめると桜が手を振って何でもないと意思表示をする
何でもないってことはないだろうが、予定もあるので一々構ってられないと判断した悠は郁斗をちらりと見るが小首を傾げるだけで終わり、結果黙って次のそうめんに手を伸ばすことにする
結局、桜が何に笑ったのかは二人が駅に向かう頃になっても分からず、その内忘れる事になるのだが
「あなた気が付いた?」
「何がだ?」
「あの子たち、入れる薬味も順番も丸っきり一緒なのよ?なんか気付いたらおかしくておかしくて」
「……まぁ、兄弟みたいに育ったもんだろうからな。似るところもあるだろう」
「そうねぇ、仲の良い兄弟みたいだったものね」
今のまま行けば、将来が楽しみねぇ。なんてぼやく桜に豪は理解が及ばず、首を傾げるだけだったが、これを郁斗の母の郁代に伝えたら大層話が盛り上がったそうで、豪は更に首を傾げる角度が大きなるのだが、それは大人たち側の話であった




