どうしてこうなったのか
高嶺家は代々古武術を伝えるその道では古く、由緒ある家柄である
昔から多くの武人、格闘家を輩出して来ており、現在道場を営む一家の主の高嶺 剛は5年ほど前まで総合格闘家として世界で名を馳せた知る人は知る有名人だ
そんな厳格極まりなさそうな名門と呼ぶに相応しい家系の現在の様子はえらくそわそわと浮足立ったものであった
「あぁ、あなた、もうちょっとで悠ちゃんが帰ってくるわ。男の子の時も新ちゃんのカッコイイのとは違う可愛いお顔だったのに、女の子になったらもっと可愛くなっちゃって。私女の子が一人でいいから欲しかったのだけれど流石にこの年になって子供を作るのはお互い大変でしょう?だから一緒にお買い物とかなんて出来ないなんて思ってたのだけれどまさかこんな事があるなんて思いもしなかったわ。ちょっと悠ちゃんは退院したてで疲れてるかもしれないけど少なくとも一週間分のお洋服と下着とパジャマくらいは必要だからこれからお買い物に行かなきゃならないんだけどああぁも楽しみだわ、悠ちゃんはどんなお洋服が似合うかしらやっぱりお顔からして可愛いお洋服が似合うと思うの。カッコイイ系でも悠ちゃんならビシッと決まりそうだけどお母さんからしたら女の子らしい恰好をして欲しいのよ。そう言えば最近は双子コーデなんて言うのが流行ってるらしいのだけれど私と悠ちゃんでやっても大丈夫かしら?ねぇ、あなたどう思う?」
「……桜、落ち着け」
典型的な日本家屋の高嶺家の居間でウロウロと忙しなく動き回りながら凄まじいマシンガントークを放っているのは悠の母親、桜である
既に40を超えた桜であるが若き頃の美貌を失わぬまま大人の奥ゆかしさを手に入れた、近所でも話題の美魔女足る彼女だが、その若々しい見た目に似合った落ち着きのなさを現在は身体中で表している
「ただいまー」
「お帰りゆうちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁん!!!」
「んぎゃぁ?!」
この状態に夫である剛も流石に手の付けようがないらしく、言葉で諭すも全く効果がない
それどころかたった今帰ってきた悠に物凄い勢いで居間を飛び出したかと思ったら玄関で撫でくり回している始末である
「母さんどうしたの」
「多分嬉しさ半分とどうしたらいいのか分からないのが半分でパニックになってると思うんだが、なんだ、ちょっと俺にはどうしたらいいのか分からなくてな」
「……とりあえず悠から引き剥がしてくる」
先が思いやられると頭を抱える新一に申し訳ないと思いつつもどうしたものかと剛は頭を悩ませる
その間にも撫でくりからセクハラに移行した桜につかまる悠からの悲鳴は途絶えることはない
「酷い目にあった……」
「お疲れさま、と言いたいところだがこれからお前の服を買いに行くぞ。女物の服なんて母さんのしかないしな」
帰宅早々疲弊している悠に苦笑いしながら新一がそう告げる
桜はちょっと剛にお説教されている、流石に見かねたようだ
「うえー、別に母さんのでもいいじゃん」
「下着はどうするんだ?まさかそれも母さんのを使うわけにはいかないだろう?今は病院から貰ったものを付けているって聞いたがそれだけじゃ足りないだろ。潔く自分のを買ってくることだな」
疲れた体を癒すため、悠は縁側でぐでっと横になる。その拍子に来ていた衣服がめくれてお腹が見えたが黙って新一が正して終わる
春の日差しは心地よく、昼寝にはもってこいの陽気だしばらくそうやって今から聞こえてくる剛の小言をBGMに悠はまどろむ