仙台散策と最初の再会
「で四つ目が、奴はそれを悠に伝えるつもりがある。という事だな」
「伝えるつもりって……、ちょっと回りくど過ぎない?何か目的があるならさっさと伝えた方が早いと思うけど」
そして四つ目に得られた情報と言うのが郁斗の言う『あの男はその情報を開示する意思がある』という事のようだ
それにしてはかなり面倒で遠回し過ぎる目的の達成の仕方に悠は疑問をぶつけるがそれに郁斗はそうでもない、とかぶりを振って答える
「さっきも言ったように奴の目的の一つに悠の実力の向上があると予想してるけど、奴はその実力の向上が何に繋がるかは漏らしてない。つまりそこが一番重要で隠しておきたい事柄なんだと思う」
「最終目的は秘密にしておきながら、私には目的を達成してほしいってこと?」
「そうだ」
悠の実力を上げる、それ自体は恐らく奴にとってバレようがバレまいが割とどうでもいい情報なのだろう。だから言葉の端々にそれが出て、悠たちに伝わる
だが、その理由。最も重要な実力を上げたことで何をさせたいのか、という目的はサッパリ漏れ出ていない。つまりこれは男が明確に意図して喋らないようにしている、と言えるんじゃないかというのが郁斗の推理であった
「最終目的は秘匿したい。でも目的は達成してほしい。だけど理由も話さずに知らない奴からあれこれやって欲しいなんて言われたって大抵の人間は拒否るだろ?じゃあ、どうするか」
「その目的が達成できるように、誘導する……。まさか?!」
何かに思い至った悠は目を見開き、郁斗と向き合う。郁斗もその何かに既に思考は行きついていたようで黙って頷きを返し
「誘導するには釣り餌がいる。それも誘導する奴が優先して行動するようなとてつもなく大きな釣り餌がな」
目的を明かさず、しかししてその目的を他者に達成させるにはその他者を操るないしそれとなく誘導する必要がある
その誘導するための餌は、大きく、明確であればあるほど誘導される側はそれ以外の事柄に目が向きにくい
そうなれば後は簡単。大きな餌を見せた後に、また別な餌を配置する。そうすれば周りの細かい情報や思慮をさせることなく誘導することが出来る
男がやろうとしているのはまさにそれだろう
「悠、もしだ。もし次に奴と会うときはこれだけは聞き出しとけよ。
――奴が、お前を元の姿に、高嶺 悠に戻す方法を持っているのかどうかを」
面会の時間が終わり、ギリギリの時間に戻って来た桜が悠の着替えを渡したところで郁斗も帰宅。桜も心配そうにしながらも帰宅する旨を伝えて、個室である病室は一気に静かになった
「戻れるかもしれない、か」
その中で、悠はぼそりと呟く
時間はまだ7月の17時、この頃の夕方はまだ日も十分に高く外は夕焼けとは言えまだ明るい時間帯で、病院の周囲に並ぶ街路樹にでもくっ付いているのだろう。ヒグラシが特徴的なカナカナカナカナと何処か哀愁漂わせる声で鳴いているのを耳にしながら呆然と悠は考える
「『俺』、元に戻りたいのかな……」
彼の純粋な気持ちから来た言葉は本人以外には誰にも届かず。夏の喧騒に埋もれて行く
「道場を継ぐなら、男、だよな」
道場は継ぐ、これは悠の夢であり、無理だと言われても意地でも継ぐつもりだ
今の実力は前に比べるとかなり衰えている
いや、衰えているというよりは身体が変わったことで動かし方に変化が生まれ、それにまだ対応しきれていない。というのが正しい
実際、剣を握れば並大抵の輩には負ける気がしない。あの男が別格なだけだ
父の剛にも先日言われたばかりだ。今は焦らなくていいと
今からもう一度研鑽を積み直し、また納得できる実力になるまで時間はあるだろうと
故に悠は悩む
「でも『私』は……」
ベッドに倒れ込むように身を投げながら仰いだ空には半分欠けた月が薄ぼんやりと浮かんでいた




