高嶺流
一撃必殺と言っても、その一振り一振りが人を屠る程の一撃を持っている訳ではない
それだけの一撃を持った技、それが先程から悠が繰り返し確認している【型】の事
「――頭を落とせ、【椿】ッ!!!」
高嶺流において、これらの型の事を【名付きの型】と呼び。それぞれに名称がつけられている
例えば、豪が最も得意とする拳術には頑強な岩石類の名前が
例えば、桜が最も得意とする柔術にはたゆたう水の流れや波の名前が
例えば、新一が最も得意とする槍術には鋭く切り裂く雷鳴の名前が
そして、悠が最も得意とする剣術には儚くも美しい草木の名前がそれぞれに名付けられている
この型を使えば人ひとり殺してしまうことも容易であるほど強力な技を扱えるそれこそが高嶺流の最も重要な、そしてまか不思議なことなのだがそれは現代には伝わっておらず、ただこの【名付きの型】のみが伝承されている
「蔓延れ、【蔓】!!」
その分かり易い象徴が今悠が使った【蔓】という技である。蔓はその字の通り、地面を這いずり、他の樹木に巻き付く蔓性の植物である
その名が叫ばれると同時に床を剣先で引っかくようにして逆袈裟気味に振り抜かれた剣からは【床を這いずるように斬撃が放たれた】のだ
普通にはあり得ないこの超常現象、これが【名付きの型】なのである。現実にはあり得ない異能の技。現代に語り継がれた魔法とでも言うべきか
勿論、これらの技は好き勝手使って良いわけではない
普段は高嶺家当主の豪指導の下、きつく無闇矢鱈と使ってはいけないと厳命されており過去の当主には許可なく使った子供を再起不能にした上で勘当した話まであるらしい
故に、悠はあの男との戦いにおいてもこの【名付きの型】を使うことは無かったという訳である
「はぁはぁはあぁ……」
この型も派閥によってはかなり種類に偏りがあり、剣術はその中でも一、二を争う豊富さで覚えるのも、そして練習するのも大変である
何せ使い手は悠以外いないのだ。高嶺流は基本的に一子相伝の流派で、既に学者の道を志した新一は五年以上前から槍を置き、この道場にも久しく入っていない。恐らく扱える型の種類も精々一つか二つだろう
代わりに高嶺流を継ぐ悠はこれ一筋である。豪のように無手での戦い方ではないため、総合格闘技において名だたる栄光を掴むことは出来ないだろうが、それでも剣の先生として食っていけるだけの腕と実力は持っている
はずっだった訳なのだが
「くっそ、こんなんじゃ……!!」
女の子になってしまった、というとんでもないトラブルにより、現在その実力は以前の半分と言ったところだろう
まだ女性の体に慣れてない以上、高望みをするのは禁物ではあるが家を継ぐ、という使命を帯びていた悠にとってこのトラブルは強い焦りを生むのだった
「もう一回……!!」
「そこら辺でやめておけ、身体を壊す」
汗だくになり肩で息をしていながらも納得のいかない悠はまだ練習を続けようとするが、それは道場の入り口から掛けられた豪の声で止められた
「親父……」
「焦るな、身体を壊せば元も子もない」
「でも!!」
優しく諭す父、豪に悠は噛み付く。家を継ぐ人間が、自分でも納得できない動きしかできないなんて無様で、情けなくて、此処まで積み重ねて来た努力を馬鹿にされたようで辛かった
女子になってしまったことより、悠にはそちらの方が堪えた。誇りに思う家の名前に泥を塗りたくは無かった
「焦らなくていいんだ。俺はまだまだ元気だ、時間はある」
「でもさっ!!こんなんじゃ、家、継げねぇよ……っ!!」
豪はその体格に見合わず優しい。だから、こうして声を掛けてくれる。それでも悠は自分の不甲斐無さに納得が出来なかった
まだ高校生の子供が直面する現実は抗いようもなく、超えようもない壁であった
「継がなくても、良い。俺はそう思う。お前が女の子になった時、悠になった時にそう思った。でも、お前は継ぐって言ってくれたからな。俺はそれが出来るまで待つさ。なに、お前なら出来る」
何たって俺の子供で、次期高嶺流当主だからな。そう言って豪は悠の頭を優しく撫でた。大きくてゴツゴツとした武骨な手は優しさにあふれた温かい手だった
「がん、ばる……」
悔しさやら嬉しさやら何だか色んなものが混ざってぐちゃぐちゃになった顔を必死で拭いながら悠は短くそう答えるのだった




